7話『勇者、NPCに断られる』

チラシを配り終えた頃には、裏路地一帯はすっかり夕暮れの色に染まっていました。ゴロツキどもは「兄ちゃんありがとね〜!」「面接行くザマス〜!」などと好き勝手言いながら解散していき、私と勇者様はようやく解放されたのでした。


「はあ〜...やっと終わった」


「いや〜疲れた。でも、達成感あるっスねぇ…痛っ」


私は「一仕事終えたぜ」と黄昏る勇者の頭を叩きました。

誰のせいで疲れることになったと思っているのか問い詰めたいところです。ですが言っても返ってくるのは「だって」「でもでも」「だけど」「女神さんが」の3D女神だけですから、仕方がないので深呼吸で誤魔化しました。


「じゃ、報告するっスか」


そういって彼はスマホこと『凄く新時代な魔王お手製通信用写本』を取り出して、チャット欄に文字を打ち始めます。


【チラシ配り終わりました】


ツッコミのしすぎに無駄に疲れた首を回して、魔王の返信を静かに待ちました。

これで仕事も終わる。そう思えば変態たちの相手をしたとしても気は楽です。

これからは世界をより良くするために、勇者様御一行らしく冒険にでも...と、多少の期待をしていたところ、すぐさま魔王からの返信が返ってきました。


【よくやったのじゃ。では次の仕事を頼みたいのじゃ】


「え?次……?」


私は目を疑いました。


「ちょっと勇者様!次って何ですか次って!?」


「続くものとか2番目の意味じゃないっスかね」


「次自体の意味じゃねえよ!終わりじゃないの!?...そうだ契約書!契約書にはなんて書いてありました!?」


「え?あ〜...。なんか...いっぱい書いてて読んでないっス」


「読めぇええええええええ!!」


私は勇者様の胸ぐらを掴みました。それはもう、体格差なんて物ともせずにぐわんぐわんと揺さぶりました。


「よく分かんないものに名前書くんじゃないですよ!!」


「いや〜、字がちっちゃくって〜」


「そんなん詐欺の常套手段じゃないですか!!」


「でも〜」


「でもじゃねえ!」


そんな私の怒りをよそに、魔王からさらに追撃メッセージが届きます。


【こんどはポスターを貼ってきてほしいのじゃ。目立つところにな】


「ポポポーポ、ポォスター!?」


声が裏返るくらい叫んで、勇者様からスマホをかすめ取りました。そして小さな画面に齧りつきます。


何度読み返しても、表示されるのは【次の仕事】【ポスター貼ってね】の文字だけで、私の目がおかしくなったとかそんなんじゃあありません。

私はこの世界を救うためにやってきた女神なのに、転生ガチャでポンコツ勇者を引くやいなや闇バイトなんかに手を染めて、オマケにその契約書には何が書いてあるかわからないときた。

私の怒りはすでに沸点を突破して煮えたぎる溶岩すらも超す熱量。

このままスマホを握り潰してやろうかと思った時、魔王からの新たにメッセージがありました。


【ガンバ✌】


「ガンバじゃねえぇぇぇえええ!!!」


【ポスターは今データ送るから、どっかで印刷するのじゃ】


「どこでだよ!?まず印刷機あんのか!?」


【あとMajicaにポイントつけといて】


「ふざけんなクソ魔王が!お使いじゃねえんだよ!てかどこでポイントつけんだよ!おかしいだろ!?」


「確かにおかしいっすね...。魔王様、文面でも語尾に『じゃ』をつけるなんて...」


「だからそこじゃねええええええええええ!!!」


「女神さん、魔王様より魔王みたいになってますけど」


「うるせえアホ勇者!だいたい誰のせいでこうなったと思ってんだよ!」


「...え?、俺ッスか?」


「お前以外どこにいるんじゃあああああ!!」


悲鳴にも似た私の慟哭は、夕日に溶けることもなくずっとずっと響き続けました。



◆ ◆ ◆



慟哭から少し、思いの丈を勇者とスマホにぶつけまくり、「契約、契約だから」と自分をなんとか落ち着けた私は、気怠げな勇者のケツをしばきながら人通りの多い場所までやってきました。

コピー機なんてどこにあんだよ、なんて悪態をついていましたが、朝に行った場所とはまた別のギルドの前に「コピー機あり〼」なんて記述をみた時には、もう呆れて何も言いませんでした。


私たちはそこでおとなしくポスターを印刷しました。魔王からはあの後もいくつかメッセージがあって【目立つ場所に貼るのじゃ】【勝手に貼って怒られるなよ】なんて自分勝手も甚だしい命令ばかりが来ています。

私は怒りを何とか鎮めながら、早速どこかで見たことのあるギルドの受付嬢へと交渉を開始しました。


「すみません。こちらでポスターって掲示できますか?」


「──掲示ですね。自治体の許可印はございますか?」


「許可印?」


「─はい。自治体の公務を行っている者が許可したという印が必要です」


NPCじみた受付嬢はそういって、自身の左胸についたバッジに目をやりました。

どうやらそれが自治体に認められている者を示している、つまり公務員の証のようでした。


だったら、と私は上目遣いに受付嬢さんをチラと見ました。


「...受付嬢さんに許可をもらうことはできませんかね」


「──あなた方はギルド内の秩序を乱さんとした容疑がかけられておりますので」


「...つまり?」


「─帰れ」



またもやギルドに縁のない私たちが次に訪れたのは、賑わう市場。

ここならギルドもクソもありません。

屋台の主人にでも許可を取れば一件落着、無問題。

早速屋台の主人に話しかけようとしたところで、またもやどこかで見たことのある金髪女性と目が合いました。

ギルド嬢さんのものとは少しだけ形が違いますが、胸元にはバッジが輝いています。


「あの、すみません。ここってポスターとか」


「─ポスター掲示ですね。でしたら市場自治会組織のわたくしが受付をさせていただきます。─許可印をどうぞ」


「実は許可印ないんですけど、こちらでもらうことはできませんかね...?」


「─市場でのポスター、チラシ等の勧誘は自治体に認められた物だけを許可しております」


「...と、いうと」


「─帰れ」


ギルドの受付嬢にそっくりな市場自治会組織の職員は、ギルド嬢にそっくりな言い回しをして断固拒否。

オマケにもう一度「帰れ」の二文字を突きつけられたのでした。



次、役場。


「これを──」


「─帰れ」


秒で門前払い。



次、酒場。


「あの」


「─帰れ」



次、衛兵詰所。


「帰れ」



次、宿屋。


「一枚だけならいいわよ。でもそのかわりに言うことを一つ聞いてもらいましょうか。オジサンと一緒に今夜は──」


「帰る」



◆ ◆ ◆



「あああぁもう!どいつもこいつも硬ってえんだよぉおおおお!!」


私は宿屋の入り口に座り込んで、中くらいの声で叫びました。

ギルドも酒場も市場も全部ダメダメダメのオンパレードに心はすでにクタクタ。それに、衛兵詰所はまだしも役場にすらNOを突きつけられた時点で既に手詰まりも同然です。


「役場よぉ!仕事しろって!市民の困りごとに手を差し伸ばすのが役場ですよ普通!ねえ勇者様!そう思うよなあ!?」


「まあ、うん。そっスね」


「だろ!?そうだよな!?こちとら超絶優秀女神と勇者だぞ!!」


「でもまあ、俺も女神さんも今日来たばっかで、まだ市民じゃないから駄目なんじゃないっスかね」


「そりゃそうだ!あっはっは!」


着の身着のまま、身分証なし保証人なし何もなし、オマケに闇バイターな私たちが信頼されるすべは、よくよく考えなくても確かにありません。

その上町民たちは皆、どこか同じ顔で同じ声、同じ返事での実質NPC。

人情味あふれた一般人ならまだしも、この街の住民は揃いも揃ってこの挙動をする方々ですから、脳内までキッチリかっちりシステムじみてて取り付く島もありません。

そこを打破しそうだった宿屋も、結局能面のような顔を浮かべたドスケベ親父NPCという一番無駄な結果に終わりましたし。


実質、切るカードはもうありません。手詰まり、膠着、晴れふさがり。その上、空はもう薄暗いとくれば、私たちの打つ手はもうありませんでした。


ため息とともに、魔法なのか何なのか、街灯には明かりがともり始めました。


「契約...。どうしましょっか」


私は両手に顎を乗せて、闊歩するNPCの群れを見ました。

今回ばかりは勇者様のセールストークも役に立ちそうにありません。「魔王の手下め」が関の山。

...いっそ罰を受けてでも契約をなんて一瞬思いましたが、ゾクリとした身震いがその考えを消し飛ばします。


すると肩を落とした私の視界で、街灯の灯りに反射して何かがキラリと光ったような気がしました。


それは紛れもなく、あの公務員バッジでした。

それも、先ほどまで嫌というほど見たギルド嬢や役人がつけていたものとはまた違う、少しだけ豪華な物。きっとあのバッジ、まあまあお偉いさんに違いありません。


私はその人物をじっくりと目で追いました。


他のNPC達とは明らかに違う挙動──、建物にもぶつからなければ、人をきちんと避けて歩くその姿は、服装までもが異質です。

袖が長すぎるピンクのパーカーは、まるでズボンもスカートも履いていないといったブカブカ加減なのに、丈は膝よりだいぶ上。靴は厚底。ツインテールに結わえた髪は、長さも黒さも申し分ありません。

その上、この世界には絶対になさそうな真っ黒なマスクなんてつけちゃって...あれは明らかに──、


「地雷系女子!?」


私の中くらいの声が、街灯の光を揺らしました。

地雷系女子が見えなくなる前に、すぐさま勇者様に告げました。


「勇者様!見てください!あの地雷系女子!」


「ああいうの好きっス……」


「性癖の話じゃないです!」


私は勇者様の半目を無理やり両手でかっ開きました。


「よく見て!あのバッジ、役場の受付もつけてましたよね?ギルドの受付も!市場の人も!あれ街の職員がつけるやつですよ!」


「え、公務員なんスか...あれで...?どう見てもそういう人に見えないっすけど」


「いや、紛れもありません。公務員ですよあれ!」


「...でもおかしくないっすか?」


「おかしいです!おかしいんですよ!まあ服装はおいといたとしても、彼女、全くNPCっぽくな──」


「......地雷系なのにリュック背負ってないなんて」


「そこはいいだろ!?お前の性癖だろそれ!?」


そうこう話していると、その地雷系女子は私たちに気づいたらしく、遠くでこちらを振り向きました。


そして、バッチリ目が合うと──。



逃げた。



「なんで!?」


そういって勇者様を見ると、それはもう気持ちの悪い顔をして、地雷系女子のケツを見つめていました。


「......いいっすねえ」


「いいっすねえじゃねえよ!お前のせいで逃げてんだよ!」


「でも、女神さま、だってあれ、マジ...ふう」


「気持ちわりぃなあ!早く追え!追え!逃がすな!」


私は本日何度目かとなる勇者の襟元を引っ掴み、地雷系女子を追って走り出したのでした。




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