第3話「ある一人の少女と少年」

「で、この傷が今もあるわけだ。どうだ不憫で泣けるだろ」


 少女は少年の無くなった足を一瞥し、少年の目を見た。


「泣くことを求められてる?」


「求めてねぇよ。自然に泣かなきゃ、おまえそりゃ演技って言うんだぜ。てか、機械でなんで泣く機能があんだ?」


 その質問に天使の輪が紫色に光り、少女は硬直した。今までで一番長い思考時間に無言の時間が続く。少年は少女のことが心配になり声をかけた。


「おい、大丈夫か?」


「疑問に対する推測を重ね分析中」


「そうか。まぁ、なんともねぇなら話を続けるぞ。その後、俺は悪い男どもにアジトまで連れ去られてな、そこである少女に助けられた」








 古びた一軒家の地下。

 少年はそこで無造作に牢獄に入れられ、連れ去った者たちの会話が激痛に耐えながらも耳に入った。


「あのガキ結局どうするんすか?」


「う〜ん。まぁ、臓器売るルートか奴隷ルートかな。あ!!でも、片足ないんじゃ奴隷は無理か!!まぁ、どっちにしても僕たちが儲かればそれでいいだろ」


 ゲラゲラと楽しげな笑い声が扉越しに聞こえてくる。しかし、それに対する怒りを持てるほど少年には余裕がなかった。


 牢獄には小さな格子がつき、そこから月の明かりが差し込んでいる。だから、目を覚まし辺りが何も見えないほど牢獄は闇に染まってはいなかった。


 それで、自身の足元がはっきり見え少年は怒りを覚えるところではなくなった。


 伸ばしていた足の片方が引きちぎられなくなっていたのだから。

 しかし、痛み止めを打ってあるのか、耐え難い痛みは感じなかった。


 それでも、恐怖と焦りが呼吸を荒くし汗が全身から噴き出た。


「はぁ、クソッ。星なんか見に行かなきゃよかった。ったく人生最悪の誕生日だ」


 壁に寄りかかり少年は上を見上げる。

 その時、見上げた格子から物音が聞こえた。


 最初は動物の仕業だろうと少年は虚ろな目で格子を見る。


 大抵アジトというものは見つかりにくい場所にある。迷いこんで来れる場所ではないと少年は分かっていた。だから期待はしなかったのだ。


 だが、その時格子の外から幼くも落ち着いた声が聞こえ少年は目を見開いた。


「捕まっているのか?君は?」


 正しく求めていた助けという名の希望を前に少年の頭は瞬時に思考を始める。


 それと同時、静かな夜に似合わない響く声の大きさに少年は少女に小声で言葉を発する。


「バカッ、静かにしろ。勘付かれんだろ」


「すまない。それで見るからに捕まっているようだが、助けてほしいか?」


 今度は声の大きさを落とし、少女は会話を続けた。


「ん?なんか、今知らねぇ声が聞こえなかったか?」


 扉の奥から攫った大人たちの声が聞こえた。

 やはり最初の少女の声に気づいたのか、二人ほど足音が近づいて来るのが聞こえた。


「ああ、見れば分かるとおりだ。なぁ、この場所を頼りになる治安官に伝えられるか?攫われた子供がいるって。おまぇしか頼れねぇ」


「……その必要はなくなった」


 少女の言葉の後、部屋の扉が勢いよく開かれ、二人の悪い大人の姿が目に入った。


「おいおい、逃げてねぇじゃねえか。さっきのは気のせいかよ。ったく、外に行かせた意味無くなっちまった」


 頭をかき、男は天井を見てつまらなそうに部屋を立ち去ろうとする。


「外、だと……」


(まずい、このままじゃ)


 少年の予想通り、最悪の未来は的中する。


「おいおい、いましたぜ、一人。可愛らしい女子おなごが」


 格子越しに楽しげな男の声が聞こえる。

 やはり、少女が見つかった。


(最悪だ。俺のせいで捕まっちまう!!)


「ま、まて!!俺はいいからそいつは」


「駄目だよ〜。一人逃がせばここがばれちゃう。残念だね〜。せっかく助けてもらえると思ったのに、そいつが使えない無能だったせいで君は臓器を売られるんだから」


「は、はは。んなこと、思ってねーよ、バーカ」


 少年は下を向いて笑うと、下から男を上目遣いで見て挑発的な言葉を口にした。


 その笑い声は作り笑いではなく思わず出た笑い声で、それは少年の視界に入る光景があまりにも面白かったからだった。


「そうか。立場を弁えてないわけだ。なら、教育してやるのが大人ってもんだよなぁ!!」


 牢獄の鍵を開け、男は少年に思いっきり蹴りを入れようとする。


 しかし、


「動くな」


 落ち着いた少女の声が牢獄に響く。


 首元にナイフを当てられ男は動きを止めた。

 男は冷や汗を浮かべ驚愕の表情を浮かべるが、目を瞑ると同時余裕そうな表情を取り戻す。


 そして、男は格子の外にいたはずの後ろの少女に普通に会話を始めた。


「動くなって言うってことは脅しているのかな?残念だけど、君がナイフで血管を切り裂くより先に僕は動ける。そもそもその声じゃ歳はそこまでいってないだろ。殺す気概のない人間に脅されても何にもな」


 銃声が地下の牢獄で鳴り響く。

 それと同時に大人の男の言葉が途中で途切れ、大の大人が前のめりに冷たい地面に倒れ伏す。


 直後、少女は銃をリロードする。

 翡翠の両目が暗闇で光り、少女は月明かりに照らされた男の後頭部目掛けもう一発弾丸を放つ。


 銃声とともに大量の血が牢獄内に飛び散った。

 脳天を撃ち抜かれた紛れもない死を目の前に二人は互いを見つめ合う。


 数十秒の静寂が二人の間で流れ、少年が沈黙を破った。


「とりあえず、これ解いてくれね?」


 両手についた錠をわざと鳴らし、少年は少女に外すように言った。


「……後ろにいる男の殺し方を誰にも言わないなら解こう」


「当たりめぇだ。どうせ、俺が言ったところで信じてもらえねぇだろうし、言う必要もねぇしな」


(頭に手乗せて人を気絶させれるなんて誰が信じれるか。ったく、死体は見慣れてるが目の前で殺されると流石に応える)


 汗がにじみ少女の返答をゆっくりと待つ。

 心臓の鼓動を強く聞き、気が遠くなりそうだったが少女はすぐに返答した。


「分かった。錠を外そう」


 少女は躊躇いもなく、男の死体を踏んで近づく。

 それでようやく、月明かりのおかげかはっきりと少女の姿が見えた。


 紫髮の短髪に、外套で身を隠す少女。

 顔はまた幼く、しかし不自然なまでに非現実的に美しい。まるで人形のように整った顔だと、少年が思うほどに。


「ありがとよ。助かった」


「ああ。それじゃ銃は渡すから後は一人で」


「おい」


 踵を返す少女が牢獄の扉に手をかけようとし、少年は少女の腕を掴む。壁を使って片足で立ち上がったからか少女に寄りかかる形になったが少年はそれでよかった。


「なんだ?」


「俺は今片足しかない。おまけに出血で死ぬかもしれねぇ。このひでぇざまを見てどう思うよ」


「なるほど。手当てが受けれる場所まで運んでほしいと。そうか。だが、ここまでが私の気まぐれだ。仕事に影響しない範囲でなおかつ、やって後悔しないことを私はした。これ以上は君みたいな人間に関わると人に情が湧き、仕事場で判断が鈍る。無理だと言わざるを得ない」


 少女は振り向かず出口へと歩みを進める。

 しかし、少年は少女の最後の言葉に引っかかる。まるで、自身に言い聞かせるように言ったそれには後悔が宿っていると少年は感じとった。


「なら、俺を見捨てるか?そしたら、おまぇはただの人殺しになっちまうぜ。三人もの人間をだ」


「悪党はいくら死んでも構わない」


「なら悪党でもない俺は死んだら構うように聞こえるな」


 その言葉でやっと少女は止まり、少年の元へと戻ってきた。


「どこまで行けばいい?」


 困った顔で少女は少年を支え、少年の言葉を聞いた。

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滅亡世界の機械と少年 がみれ @gamire

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