大げさな予知夢

@me262

大げさな予知夢

 大学時代の友人と久々に店で飲んでいる時、おもむろにこんな事を言い出した。

「実は俺、予知夢を見るようになった……」

「何?予知夢?何を言ってるんだ?もう酔ったのか?」

 俺が呆れていると彼は小さく溜め息を吐く。

「白状するが俺は1度も夢を見た事がない。物心ついてから今まで、夢なんて見なかった。それがこの間から、突然見る様になったんだ。毎日眠ると必ず見る。我ながら、これが夢ってやつなんだと驚いたよ」

 夢を見ない人間はいない。実際には見ているが記憶に残っていないだけだ。だが急に深刻な表情になった彼は、そんな事など百も承知だと俺は気付いた。

「問題はその内容だよ……。宇宙人が攻めてきたり、怪獣が現れたり、大地震が起こったりゾンビが街に溢れたりで世の中がとんでもない事になっていた」

 ずいぶん大げさな、子供じみた内容の夢だと俺は思った。友人は俺の反応には構わずに話を続ける。

「変な話じゃないか……。この歳になるまで1度も夢を見てこなかった俺が、いきなりこんな大げさな夢を見る様になったんだ。どれもフルカラー、大音量サウンドで、とてつもなく現実味のある夢だった。何か啓示的な意味があると思うのは当然だろう?夢は本来、睡眠中に脳が記憶や経験を整理する時に見るものだ。もしも何かの理由で、脳が未来の記憶を感知したら、それが予知夢として現れるのかもしれない……」

 相手がオカルトめいた話をしだしたので、俺は咄嗟に両手で制した。

「まあ落ち着けよ。予知夢って事は、これから宇宙人が攻めてきたり、怪獣が出現したりするのか?大地震はともかく、いくらなんでもあり得ないだろう?」

 こいつは明らかに尋常ではない。こんなにメンタルの脆い奴だったのかと内心驚いた。

 学生の頃の友人はどちらかと言うとのんびりとして、あまり動じない性格だったので意外な一面を垣間見た俺は、人と言うのは複雑な生き物だと感じた。

「……自分が常識はずれの事を言っているのはわかっているよ……。だけどそうとしか思えないんだ……」

 弱々しい口調に変わった友人は頭を抱えて泣き出しそうだったので、俺は努めて明るい声で彼を励ました。

「原因はわからないけど、生まれて初めて見た夢の内容があまりにも大げさ過ぎているから、お前は動揺しているんだ。弱気になれば、ろくな事を考えなくなるのも無理はない。とにかくしばらく様子を見ろよ。何事も起きない事を知って、夢は夢に過ぎないと気付くから。そんな他愛のない事は飲んで忘れちまえ」

 俺が差し出すビールジョッキを受け取って、友人は小さく頷いた。結局その日は2人ともかなり酔ったが、別れ際の彼はそれでも自分の夢の事を引きずっている風だった。

 友人の事が気になった俺は次の週末にも飲みに誘う事にした。とは言え金欠状態だったので店には行けず、酒とつまみを買い込んで宅飲みになった。

 仕事帰りに俺のアパートを訪れた彼は前に会った時よりも更に深刻そうな顔をして、こう告げた。

「昨日、核戦争が起きる夢を見た……」

 いよいよ重症だ。飲んでる途中、さりげなく心療内科を受診する事を勧めた方がいいかもしれない。そう思いながらBGM替わりにテレビを点けて缶ビールの栓を開ける。

「その話は一旦置いとこう。今日は昔話でもしようじゃないか。そう言えば同窓会のハガキが来たんだよ。お前の所にも……」

 彼は話を聞かずにテレビに釘付けになっていた。その様子に俺が更に声をかけると、呆然とした口調で答える。

「これ、俺が夢で見たやつだ……」

 友人が指差す先を辿ると、液晶画面の中で巨大なUFOが大都市を破壊している。但し、それは数年前のSF映画だった。


「つっ、つまりっ、お前が見た予知夢ってのは、これからお前が見るテレビ番組だったって言うのかっ……。それも映画のっ……」

 ここまで言うと、俺は堪えきれずに爆笑した。

 飲み屋のテーブルで向かい側に座っている友人はバツの悪そうな顔で頷いた。

 俺の部屋で宅飲みをしてから1ヶ月程経ち、彼の予知夢の正体が判明した。UFOが出てきた映像を放送していたのは毎週末の夜に放送しているテレビの映画劇場だった。友人がその番組を入念にチェックしたところ、夢に見た光景がことごとく出てきたらしい。それぞれ宇宙人や怪獣、大地震やゾンビ物の映画だった。

 元々友人はあまり映画を見る方ではない。流行りの作品など興味はないし、俳優や監督の名前にも疎い。そんな男が映画の中身を夢で見れば、現実の事だと誤解しても不思議ではないだろう。フルカラー、大音量サウンドで現実味があるのは当然だ。映画なのだから。

「確かに予知夢には違いないけれど、何の役にも立たないな!」

 俺はげらげらと大笑いする。将来自分がテレビで見る映画を予知しても、実生活には全く影響はない。番組の予告CMを見る様なものだ。

「せめて競馬中継の予知夢でもしていれば、ひと山当てられたのに、公開して何年も経っている映画を予知しても何の得にもならないぜ!まあ、お前みたいな人畜無害な奴にはお似合いの超能力だ!」

 俺の煽りに友人は不貞腐れた様子で答えた。

「それ以上言うなよ。俺としてはホッとしているんだ。これで安心して寝られるんだからな」

「良かったじゃないか。まあ、面白そうな映画の予知夢を見たら教えてくれよ。ナントカの刃の最新作が良いな」

「この間から、また夢を見なくなっちまった。俺の超能力タイムは終わりさ。とにかくこれで全て元通りだ。今日は美味い酒が飲めるよ」

 そう言って友人は久々に明るい笑顔を見せた。俺達は乾杯して夜通し飲み明かした。

 全ては元通り。そう思っていた。

 しかし……。


 しばらくして異変が起こった。番組の改編期に合わせて件の映画劇場が終了してしまったのだ。ネット配信のせいでテレビ業界は景気が悪い。それが原因だろう。後番組は何の変哲もないニュースバラエティ番組になった。

 たまたま俺が自分の部屋で、その番組の初回放送を眺めていると友人から電話がかかってきた。彼の口調は再び沈んでいた。

「なあ、俺の予知夢に出ていた映画劇場が終わっちまったよ……」

「ああ、知っている。今見ているよ。それがどうしたんだ?」

「最後の予知夢は核戦争物だって話したよな。実は俺、未だその映画だけ見ていないんだよ……。未だ見ていないのに、番組の方が終わっちまったんだ……」

 友人の言葉は途切れるが、言いたいことは理解出来た。

 もし……。もし彼の予知夢が例の映画劇場の内容ではなく、この時間、このチャンネルで彼が見るすべての番組の内容を当てているとしたら、それは今放送しているニュースバラエティも含まれる事になる。バラエティとは言えニュース番組だ。そこで核戦争の映像が出てくるのならば……。

「夢の中では世界中の都市が核爆発で消滅するんだ……。フルカラー、大音量サウンドで、とてつもなく現実味のある夢だったんだ……」

 震える声で押し出す様にそう告げた友人の言葉を聞きながら、俺は愕然としてテレビ画面を見つめていた。その局の名物アナウンサーが明るい調子で挨拶をする。

『はいこんばんは。今日から始まった新番組ですが、これからは世界中の最新ニュースをいち早くお伝えしてまいります。では始めに……』

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