緘口令の噴煙の明け暮れ時

たけすみ

緘口令の噴煙の明け暮れ時

 糠臭い5キロ2680円のカルフォルニア米の飯を食む。味がしない。

 今夜もテレビは日本を褒める白人を垂れ流している。今日も平和だ、味が、しない。

 ……味が、しない。

 箸を持つ手が慄え、耳鳴りと瞼の痙攣が始まる。


 脳内は灰の降る黄昏時、滑稽なる思考の帷が上がる。


 もとの青いスーツの赤の女王がぶっぱなした。

 その口紅のような真っ赤な飛沫が、彼の国の国旗のように血の色に全てを染めていくのか。

 霜すら降りない霜月の気候変動の晩秋、始まった。


 ただ線香花火の赤い丸が落ちるのを見つめるように、

 『私』は過剰な言論とデマの礫が、灰が、熱狂の噴石のごとく降る中で身動ぎすらできなかった。


 誰も本当の事を話してはならぬ。


 テレビは熊害ゆうがいの有害性を唱え、迷彩服に棒っ切れの銃をもって、山へ進んでいく。上等そうなスーツを着たヤツほど女王の歪さを指摘しない。

 空はどんどんと烟ってゆくのに、灰色の新聞写真では空の色もわからない。


 誰も本当の事を話してはならぬ。


 ほら、灯台の明かりが消えるように、ラジオすら歴史の警句の引用を始めたよ。

 紅白旗の臣民どもの燃やす赤い旗の火は、いずれこの足元に転がる噴石をも焼くだろう。

 そして私は『言葉』という名の一張羅すら降り止まぬ灰にけがれるのだろう。


 詩人たちが言葉を握りしめ、口元を覆い、薄く開いた唇でうたを紡ぐ頃、

 記者たちは大声で大本営発表を謳う。


 私は、どこへいけばいいのか。

 私の名はエンターテインメント


 太平洋の向こうでは金髪の強権者達の張り巡らせたカミソリワイヤーで血まみれになりながら、

 舞っている虹色の同胞がいる。

 声色豊かに自由を唄い、青白い朝日の中でエンパワーメントを――。

 彼もまた、エンターテイメント。

 彼こそが、エンターテイメント!


 一方、火薬の匂いのし始めたこの街の夜は始まったばかり。

 くすぶり始めたのもとで、私はどこへ――。


 緘口令は田舎町に着弾しないミサイルの、デジタルノイズのサイレンを鳴らしている。

 誰も語ってはならない、誰もが目にしているのに!


 抗う者達だけが灰白の小部屋エコーチェンバーの中で言葉を放ち続けている。

 AIたちは道化のように事実を極端に嘯く。

 コメンテーターは中立という名の忖度のマスクで口を塞いでいる。

 ともすれば誰かが彼を指さして声高に「コノサヨク」と叫ぶ。

 その声を一度浴びれば1000人の無言電話が鳴り始める。


 その雑音の中で古いラジオが警句を囁く。

 戦争は国が始めるのではない。

 戦争は大砲が始めるのではない。

 戦争は、人々の熱狂が始める。

 灰の降る煙の掛かった空の下では

 うすら寒い暮れ時の明星の差す、最後の光すら目にはできない。


 私の顔も明日ののもとでは白々しい胡粉の面のような笑顔を強いられることだろう。

 私の名はエンターテインメント。

 この声が歌であるうちに、静かな夕焼けにもう一度唱えよう。

 全てが燃える夜が来る前に、熱狂と混沌のま暗っ闇が訪れる前に。


 私の名は、エンターテインメント! 全てを引用し、全てを表象し、自由という舞曲で踊っていた奔放な子供!

 もうあの頃のようには踊れないのかもしれない。

 またあの頃のように踊れないのかもしれない。

 この国の声達は既に震え上がって真実をうたわない。


 言いっぱなしのデマと真偽不明の情報ばかりが息吹いて火の粉と灰を巻き上げている。

 事実はただ薪のように燃えている。

 のもとは、この国だというのに。


 私は私を確かめるために繰り返すことしかできない。


 まだ夜ではない。

 だから、まだ――


 私の名はエンターテインメント、虚構フィクションというステージで踊り続けた自由の象徴。


 私の名は――。


 ――ああ、火山の如き大砲の音が、花火のような熱狂が、私の声をかき消していく。

 声を出すには息を吸う。吸った息は灰混じり、

 肺は灰にまみれ、臣民はデマと熱狂にまみれ、

 もはや息もできない!


 私の名は、異世界の無双なのに余多あまたいる勇者、ポリコレを嘲笑う作り物、政府の思想に味方をする民衆から餌をねだるやせこけた狗。


 私――は、歌の喉笛を潰された、軍歌で踊る人形。赤い旗を燃やすもとの女神。


 私――は、かつて――エンターテインメントエンパワーメントであった――モノ。


 私の名は――『黄昏時の滑稽な嘘エンターテイメント

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緘口令の噴煙の明け暮れ時 たけすみ @takesmithkaku

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