異世界賢者の置き土産っ! 〜スキル【ブロックチェーン】を託された俺は、【暗号淑女】と世界の【秘密鍵】を探し求める〜

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プロローグ

001 旅立ち


 とある村の、一軒家の軒先。


 晴れ渡った青空から、柔らかい日差しが降り注ぐ。


 そんな場所にて――



「ありがとう、感謝する」



 そう言って、俺は深々と頭を下げた。


「みんなには本当に良くしてもらった。この恩は、一生忘れない」


 一呼吸おいてから、俺は下げていた頭を上げ、お礼の言葉を続ける。


 すると、俺の目の前に立っている人たちに、反応があった。


「なに言ってんだい、礼を言うのはこっちさね!」


「そうだよアルト君。君にはいくら感謝しても足りないくらいだ!」


 そう言って微笑んだのは、俺がお世話になったこの村の村長と、その旦那さんである。


 ふたりとも、きれいな刺繍ししゅうとアクセサリーが特徴的な衣装を着用しており、村長はそのトレードマークである大きな羽飾りのついた帽子を、自身の頭に載せている。


「そうさね、あんたが孫を助けてくれたこと、本当に感謝してるよ!」


「……そうか、そう言ってもらえたら幸いだ。少しでも恩が返せたのなら、俺としても嬉しく思う」


 村長の言葉に俺は頷く。すると彼女はにっこりと微笑み、それから自身の脇に視線を移す。


 そこには村長の陰に隠れるようにして立っている、ひとりの人物の姿があった。


「ほらニナ、お前も挨拶しないと」


「……」


 村長が自身の孫である少女に声をかけるが、彼女は反応を示さない。村長の服のそでをきゅっと握りながら、ただ黙ってうつむいている。


「ニナ。君にも本当に世話になった。ありがとう」


 俺は彼女の元へ歩み寄ると、目線を合わせるように地面に膝をつき、やさしく声をかけた。


「っ……!」


 ニナの肩がぴくりと震える。それからほんの一瞬だけ俺を見たが、すぐにぷいっと顔をそむけてしまった。


「こら、ニナ――」


「いや、いいんだ、村長さん」


 俺は別に構わないというふうに、村長に向かって手を振ってみせる。


 それからニナを見て、もう一度"ありがとう"と伝えてから、ゆっくりと立ち上がった。


「では、そろそろ行くとしよう」


「――それじゃ、私が村の入り口まで送るよ」


 俺が出発しようとすると、ひとりの人物が声を上げた。


 彼女は村長の娘であり、ニナの母親でもあるナイラだ。


「いや、そこまでしてもらうわけには……」


「いいさ。私がそうしたいんだ」


「……そうか。であれば、よろしく頼む」


 優しく微笑むナイラを見て、俺は一つ頷いた。


「……では、村長さん、エランさん、お元気で」


「おうさ、あんたもしっかりやるんだよ!」


「アルト君も、体に気をつけて」


 それからもう一度、村長と旦那さんに深く頭を下げ、俺はナイラと並んで歩き出す。


 すると、その時だった。


「待って!ママ、わ、わたしも行く!」


 振り返ると、ニナが小さな足でこちらへ駆け寄ってきた。


「まったく、この子は……」


 それを見たナイラは、苦笑しながらも優しく娘の手を取る。


 そうして俺たち三人は一緒に歩き始めた。


「あのパン屋は、今日も盛況のようだな。とても良い香りだ」


「まあね、村で唯一にして最高のパン屋だから。アルトも気に入ったんでしょ?」


「……ああ、油で揚げた“フライブレッド”といったか。外はこんがりで中はふんわりとした食感が、とても素晴らしかった」


「トッピングのハチミツも美味しかったでしょ」


「そうだな、最高だった」


 歩きながら、俺とナイラは他愛ない会話をする。その間、母親に手を引かれるニナはずっとうつむいたままだった。


 それからほどなくして、木造の簡素な門が見えてくる。


 いよいよ、この村ともお別れだ。


 最後にふたりへ挨拶をするため、歩みを止めて振り返ろうとした、その時だった。


「……せいぜい、気をつけなさいよねっ!」


 突然、ニナが大きな声を張り上げた。


 見ると今までうつむいていた顔を上げ、こちらをまっすぐに見据えている。


「ありがとう、ニナ。君も元気で」


 俺も彼女の目を見つめながら言葉を返す。


 すると、ニナは途端にぷいっと顔を背けた。それに合わせて胸元まで伸びたおさげの黒髪もぷいっと揺れる。


「べ、別に勘違いしないでよねっ! わたしはあんたのことなんて、これっぽっちも心配してないんだから!」


 ふくれっ面でそう言う彼女の頬は、ほんのり赤く染まっている。


「だけど……」


 それから彼女は何かを言いかけて、ちらりとこちらに視線を向けた。


「あの時、わたしを助けてくれたことには……その、礼を言うわ。だから、もし……帰ってきたら……」


 彼女は言いにくそうに口ごもり、再び視線をそらす。


 それから震える声で何かをつぶやいた。


「……あんたを、私のお婿むこさんにしてあげても、いい……かも……」


 それは風にまぎれそうなほどに、小さい声。


 だがしっかりと、俺の耳には届いた。


「……お婿さん、か。……そうだな、君のような可愛い子にそう言ってもらえて、とても嬉しく思う」


「か、か、可愛い……!?」


 ニナは顔を真っ赤にして驚いたように目を見開く。


 俺はその目を真っ直ぐに見つめながら、静かに言葉を続けた。


「だけど、すまない。君の気持ちには応えられない」


「え……?」


 キョトンとした顔でニナの動きが止まる。


「君はまだ若い。これからきっと、たくさんの出会いがあるだろう。どうか、いろんな世界を見て、たくさんの経験をして、それから君の幸せを見つけてほしい」


「っ!……」


 ニナは一瞬何を言われたのか分からないというような顔をした。


 しかしすぐに彼女はきゅっと唇を噛みしめながらうつむき、拳をぎゅっと握りしめる。


 そうして沈黙することしばし。


「……うぅっ、やっぱりあんたなんか、大っ嫌い!」


 そう叫ぶやいなや、ニナはきびすを返し、今来た道へと走り去ってしまった。


「……」


 遠ざかってゆく彼女の背中を俺が目で追いかけていると、すぐ隣から声が聞こえた。


「ハハ、何やってんだい」


 振り返ると、ナイラが苦笑しながらこちらを見ている。


「そういうときはさ、ほら……“君が大きくなったら、必ず迎えに来る”とか、そういうことを言うもんじゃないのかい?」


 そう言って少しあきれたように笑うナイラ。


 そんな彼女を見て、俺は素直な思いを口にした。


「いや……たとえ幼くても、彼女は一人の淑女レディだ。だからこそ、あまりいい加減なことは言いたくないと思ってな」


「……まったく、本当にあんたは真面目だねぇ」


 するとナイラは肩をすくめながらも、どこか嬉しそうに頷いた。


 それから彼女はふと何かを思いついたように、いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「……それともなにかい? ひょっとして、あんたが興味あるのは、私のほうだったりして?」


 冗談めいたようにそう言って、ニヤリと俺を見つめるナイラ。


 その瞳は柔らかな雰囲気を帯びた濃い茶色。


 短く整えられた黒髪が、やや赤みがかった褐色の肌とともに、陽の光を浴びて美しく煌めいている。


 彼女はまごうことなき美人だ。


「興味……か。そうだな……」


 俺は少し考えた後、再び口を開いた。


「女手ひとつでここまであの子を育てたこと、本当に尊敬に値する。旦那さんを早くに亡くされて、言い知れない苦労もたくさんあったはずだ。それでも……あのニナの笑顔を見ると、彼女がどれだけ愛されて育ったかがよくわかる」


 それからナイラの瞳を見つめながら言葉を続ける。


「良き母親として――そういった意味ではナイラさん、俺はあんたのことをとても好ましく思っている」


 すると、ナイラは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。


 だがしかし、すぐさま慌てるようにして、俺から視線を逸らす。


「……もう、何言ってんだい……」


 彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっていく。


 それから彼女はそっぽを向き、なにやら小さくつぶやいた。


「……まったく、そういうところだよ、バカ……」


 その姿はまるでさっきのニナのようだったが、ややあって彼女は俺に向き直り、真剣な表情で口を開いた。


「なあ……アルト、やっぱり、この村で暮らしてみないかい? 娘はあんたのことを気に入ってるし……その、私も、さ……」


 そう言って、少し目を伏せるナイラ。


 そんな彼女を見つめながら、俺はゆっくりと言葉をつむいだ。


「ありがとう。そう言ってもらえるのは、本当に嬉しい……だが、すまない。俺にはどうしても、やらなければならないことがある」


「……前に言ってた、使命ってやつかい?」


「ああ。俺はなんとしても、“彼女たち”に会わなければならない」


「そうかい。……それじゃ、仕方ないね」


 少し寂しげな表情をするナイラ。


 だがすぐに、彼女はいつもの明るい笑みを浮かべながら口を開いた。


「だったら、祈ってるよ。あんたがその使命を果たせるように。だから――負けるんじゃないよ」


 そう言って、ナイラは右の拳を突き出してきた。


「ああ、もちろんだ。ありがとう」


 俺も同じように拳を突き出し、コツンと彼女の拳に自分の拳を合わせた。


 すると彼女はにっと笑みを浮かべ、俺もまた微笑み返した。


「それじゃあ、行ってくる」


 そう告げてナイラに背を向け、俺が一歩を踏み出そうとした――その時だった。


「待って!」


 必死に叫ぶ声が聞こえた。


 振り返ると、さっき村へと走り去っていったはずのニナが、こちらに向かって駆けて来るのが見える。


 彼女はこちらに着くなり、肩で息をしながら、真っ赤な顔で俺の前に立ちはだかった。


「ちょっと待ってよ!……なんであんた、……わたしにちゃんと挨拶もしないで、……勝手に行こうとしてんのよ!」


「ああ、すまないニナ。けど君はさっき俺のことを――」


「――大嫌いよ! 言ったわよ、大嫌いって」


 そう言ってニナはキッと俺を睨みつける。


「言ったけど、でも……」


 震える声でそこまで言って、それから何を言うか迷ったように彼女はうつむく。


「ニナ――」


 そんな彼女に俺が声をかけようとした、その時だった。


「――絶対、帰ってきなさいよね……!」


 ニナが意を決したように力強く叫んだ。


 その瞳には涙が浮かんでいるが、それでもまっすぐに俺を見上げている。


「……」


 俺は村長の家の前でそうしたように、片膝を地面について再びニナと目線の高さを合わせた。


「っ!……」


 一瞬ビクリと肩を震わせるニナ。


 そんな不安げな彼女の瞳を見つめながら、俺はしっかりと頷いた。


「もちろんだ。またここに戻ってこよう」


「…………ほ、ほんと?」


 すると少しの沈黙の後、ニナは恐る恐るといった様子で聞き返してきた。


「ああ、本当だとも」


「……ほんとに、本当?」


「ああ、約束しよう」


 俺が何度も頷くと、やがてニナも安心したようにうんと頷く。


 それから彼女は、その小さな目からこぼれた涙を拭って、再び俺を見た。


「ほんとよ……? ほんとに本当、絶対なんだからっ!」


 そう言ってニナは微笑む。


 それは、彼女が今までに見せた中で一番の、とびきりの“笑顔”であった。


 ――それから俺たち三人は、村での出来事や思い出話を語り合った。


 話をしながら、ナイラがニナの頬を愛おしそうに優しく撫でる。


 そうしているうちにニナの呼吸もすっかり落ち着いた。


「さて、そろそろ行くとしよう」


「……あっ、ちょっと待って!」


 頃合いを見てふたりに別れの挨拶をしようとしたその時、ニナがふと何かを思い出したように声を上げた。


「これ、あんたにあげるっ」


 そう言って差し出された手のひらには、小さな何かが載っている。


「あれ、ニナ、それって……」


 するとそれを見たナイラが、何かに気づいたような顔になる。


「ふふ、いきなり『作り方教えて』なんて言うから変だと思ってたけど……なるほどね」


「なっ、ママっ!!」


 微笑むナイラを見て、ニナは顔を耳まで赤く染めながら、ぶんぶんと首を振った。


「ち、違うからっ! べ、別に、あんたのために作ろうとしたとかじゃなくて、その……! と、とにかく、わたしだと思って大事にしなさいよねっ!」


 言いながら、ニナはその手を俺の胸に押し付けるようにして勢いよく差し出してきた。


「ああ、ありがとう。大切にしよう」


 そう言って彼女から受け取ったものを確認してみる。


 するとそれは、“縦笛を吹くキリギリス”を模した、小さな人形だった。


 少し不格好だが、きっと一生懸命作ったのだろうと感じられる一品だ。


「それじゃ元気でね、アルト!」


「かぜなんかひいたら、許さないんだからっ!」


 笑顔で見送ってくれるナイラとニナ。


「ありがとう、みんな。――必ず、また会おう」


 彼女たちに手を振って、俺は世話になった村を後にした。




 ――歩み出した俺の背中を、村を通り抜ける風が優しく押す。


 見上げれば、晴れ晴れとした空には一点の曇りもない。


 そんな心地よい日の旅立ちであった。

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2026年1月2日 21:31 毎日 21:31

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