GOAT
香久山 ゆみ
GOAT
最後の一歩を踏みしめる。見晴るかすと、足元より下に雲がぷかぷか浮かんでる。
「やっほー!」
子ヤギはついに、アルプスの山頂に到着した。
ボク、すごいでしょ。えへん! すごいから、歌にもなったんだぞ!
「♪アルプス一万尺~、子ヤギの上で~」
なんで登ったの?
意味なんてないよ! そこに山があるからさ!
ご機嫌な子ヤギは、山頂でぽこぽこステップを踏みながら歌をうたう。
ふと、頭上に影ができた。
あれ? ここは雲より上だから、影なんてできるはずないのに。見上げると、子ヤギのさらに上に、誰かいる。頭からしゅっと長い
悔しい!
子ヤギは、ただ高い場所からの景色が大好きだったのに、その日からは「アイツに勝ちたい」が山を登る理由になった。
けれど、どれだけ登っても、アイツに勝てない。当然だ。アイツは角だけじゃなく、空を飛ぶ翼まで持っているのだから。
「ずるい!」
そんなの勝てっこない。
空に向かってめぇめぇ鳴くと、アイツが下りてきた。子ヤギよりも一回りも二回りも大きな体をしている。
「ずるい! ずるい!」とめぇめぇ鳴く子ヤギに、
「ボウヤ。今でこそ神話の存在といわれるが、私も昔は実存するただの
そんなバカな。ウマならまだしも、ヤギだって?! けど、確かにユニコーンの顎鬚は雄山羊のものにそっくりだ。
Greatness Of All Time(史上最高にイカした奴)――略してGOATという英語表現を知らない子ヤギは、文字通り素直に受け取った。
「本当? なら、ボクもいつかあなたみたいに高い場所まで行けるようになるかな」
子ヤギの問いに、ユニコーンは静かに頷いた。
ここから、ユニコーンと子ヤギの熱い修行が始まった。
ユニコーンは、子ヤギを秘密の洞窟に案内した。
洞窟の地面には、放心円状の幾何学模様が描かれている。
「なにこれ? 魔方陣? 魔法で強くなるの?」
「
「準備はいいか?」
「もちろんだよ!」
子ヤギは大きく頷いた。
出された課題を一つずつクリアしていく。
まずは、この地で一番高い山に登ること。余裕!
次は、国で一番の山。うん、大丈夫。
それから、世界一の山。ふぅ、ふぅ、へっちゃらさ。
山だけでなく、いろんな所に上った。高い木の上、崖の上、ビルの上。
新しいバランス感覚を手に入れるためだと、小槍の上に立たされたりもした。失敗したらユニコーンからデコピンされる。
高い場所だけでなく、大きな谷を翔けおりて平らなところに着地するってのもあった。
また、二十四時間以内に世界中に散った七つの宝玉を集める課題には絶望したが、仲間が協力してくれてなんとか全部集めた。失格になるかと思ったけど、それで正解なのだといわれた。
いろんな場所へ行くために蹄を固くしたり、角を磨いたり、外国語の勉強もした。
真面目な子ヤギはとてもよく頑張った。えらい!
日々の課題をクリアしたって、ゆっくり休めない。
「エサはこの木の葉っぱを食べるんだよ」とユニコーンが用意した木はとても成長が早くて、毎日必死に食事をとるうちに、子ヤギの脚力も上がっていった。
そんな毎日だから、一日を終えるとへとへとで、十時間以上眠ったりした。ぐっすり眠る子ヤギの頭を、ユニコーンはやさしく撫でた。大きくなるんだよって。
そうしてついに、曼荼羅の中央のマスに到達した。
最後の課題。この世で最も高いオリンポス山への登頂。それさえ子ヤギはクリアした!
見渡す限り満天の星空で、眼下では火山が噴煙を上げており、壮大な眺めが広がる。
子ヤギの隣にはユニコーンが立っている。
結局勝てなかった。けれど、いつの間にか、負けたくないという気持ちよりも、自分はどこまで高く行けるだろうという思いが再燃していた。
「ユニコーンはいいなあ。ボクも翼があったらな」
純粋に尊敬を向ける子ヤギに、ユニコーンは微笑む。
子ヤギには立派な翼が見えるユニコーンだが、絵画では翼のある姿で描かれることはほとんどない。一本気な性格は、強暴だと揶揄されることもある。純潔の象徴とされる一方で、悪魔といわれたこともある。
「世界の見方は人それぞれで、願えばなんでも叶うものさ」
「へえ!」
ユニコーンが溢した溜め息を、子ヤギのキラキラした瞳が吹き飛ばす。
もしも願いが叶うなら、ユニコーンの翼みたいに、自分も何か欲しい。子ヤギは「なんかください」って星にうんとお願いした。
そしたら翼じゃなくて、足が魚になっちゃった!
ふたりでげらげら大笑いする。それで、ユニコーンほど高くは飛べないけれど、ユニコーンよりも速く泳げるようになった。
そうして、その後もふたりは誰よりも高い場所を目指して切磋琢磨して、ついには星座となって今も天頂で輝いている。
GOAT 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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