第3話

 入学式が行われるホールは、予想よりもずっと立派なものだった。会場のホールには、ざっと見て百人ちかいローブを纏った平民の少年少女が集っている。開始時間前に来たつもりだが、席はもうほとんどが埋まっていた。


「よう、お前も一人か?」


 横から声をかけてきたのは、真新しいローブをまとった、がっしりした体格の少年だ。服の上からでも、筋肉がしっかりついているのが分かる。魔法使いより戦士見習いの方が似合いそうだ。


「ああ」


 俺が頷くと、少年はにかりと笑った。


「ゴードンだ。よろしくな」


 昔一緒に戦った戦士と同じ名前だ。名前を覚えるのは苦手だが、これなら覚えられるかもしれない。別の戦士の名前と混同しないように気をつけよう。


「ランディスだ」


 しかし、名乗ると、ゴードンは俺の顔と腰に挿した杖をまじまじと見比べて、納得したように頷く。


「その名前で、その杖…。お前もファンなのか?カッコいいもんな!」


 俺は首を傾げた。名前は本名だし、この杖は入学式に必要だと言うので、昔から使っているものを家から探し出して持ってきただけだ。


「でも、なんか俺が知ってるのと違うな?それっていつのランディスモデルだよ?」


 ランディスモデルって、なんだろう。そういえば、魔法学校用の教科書を買いに行った時も、なんだか杖をじろじろと見られていた。考え込んでいると、少年が慌てた様子で手を振った。


「悪い、家の事情もあるよな。あ、あそこ席二つ空いてるから、行こうぜ!」


 ゴードンに引っ張って行かれるまま、二人並んで腰を落ち着ける。間もなく、入学式が始まった。

 始まりは学校長の挨拶だった。髭をたっぷりと蓄えた、いかにも威厳があります!といったような風情のローブを着た老魔法使いは、簡単な自己紹介の後、おもむろに語り始めた。


「では、みなに、最も大切な話をしよう。これは、この国全ての魔法学校の入学式で、必ず話す決まりになっておる。教科書にも書かれておるし、勉強熱心なみなさんなら既にご存じのことじゃろうが、心して聞いてほしい」


 そこで、校長は一拍間を置いた。俺は思わず居住まいを正した。何だ。一体何を話してくれるんだ?魔法の真理とかだろうか。教科書は買ったが、一ページもめくらずに下宿先の部屋の床に積んである。一応読んでおけばよかったか。

 そして、そこから校長が続けた話は、一言で言えば、地獄だった。そう、地獄だ。

 それは、百年以上も昔に、魔法使いギルド創設に関わったある一人の魔法使いの一生についての話だった。

 曰く、恐ろしく強大な魔法使いで、国難をいくつも解決した。

 曰く、魔法使いの立場を改善して、魔法使いギルドの前身となる組織を立ち上げた。

 曰く、最後には強大な魔物が跋扈する秘境に姿を消して戻らなかった。


「マジかよ……」


 なんという壮大な人生だ。すごい魔法使いがいたものである。その魔法使いの名前はランディス=グレーというらしい。偶然にも俺と同じ名前だ。

 そう、偶然。なぜなら俺は姿を消してなんていないし。……いや、最後に孫弟子が訪ねてきたときの住まいは、確かに秘境と呼べる場所にあったかもしれない。いやいや気のせいだ、うん。絶対そう。……そうだよな?

 俺は引きつった顔で、そっと周囲を見回した。どこもかしこも地獄である。頬を紅潮させて、目を輝かせて聞き入っている若者ばかり。


「勘弁してくれ」


 そういえば、孫弟子が魔法学校の開校式に来てほしいとか言ってきたのを面倒だからと断ったときに、後悔しますよ、などと意味深長に笑っていた。まさかの、こういうことか。あの世で孫弟子が上げている高笑いが聞こえてくるような気がする。

 そこでふと、俺はゴードンの先ほどのセリフを思い出した。ファン。ランディスモデル。……まさか。ぱかりと口を開ける。

 ――魔法学校の入学に、同名の憧れの魔法使いをモデルにした杖を持ってくる、イタい奴認定をされた、とか?

 二百年生きてきて、こんなにも泣きたい気持ちになったのは初めてかもしれない。


「そういうわけじゃから、みなも偉大なる魔法使い、ランディス=グレーを目指して精進するように!」


 ビシィッ、と校長が締めのセリフを決めるころには、俺は完全に悟りの境地に達していた。

 ランディス=グレーは八十年前に秘境に消えて、戻らなかった。それでいい。むしろ、それがいい。

 かくも偉大な魔法使いが、昼寝三昧で面倒のあまり期限の切れた資格を八十年も放置したって言えるか?――無理。

 それを何とかしようとして、魔法使いギルドで怒られたって言えるか?――もう無理。

 ましてや資格証の新規発行のために、魔法使い学校に入学したなんて言えるか?――絶対無理。

 大魔法使いがそのまま死んでいてくれれば、各魔法学校の校長先生方は毎年の演説を修正したり、これまでの演説を気まずく思ったりする必要もないし、教科書を改訂する必要もない。大魔法使いは偉大な魔法使いのまま歴史に刻まれる。みんなハッピーだ。

 そして、俺は、ランディス=グレーと同じ型の杖を持ったイタいランディス……。考えるだけで、目の前が暗くなってくる。資格証の更新を忘れた自分が悪い……、とは全く思えないが、仕方がない。だって、こんな格好よく伝説にされてるのに、それを台無しになんてできるわけがない。


「おーい、どうした?余韻に浸ってるのか?やっぱりランディス=グレーの伝説はいいよな!」

「違う」


 俺は、きっと知り合ったばかりの少年を睨みつけた。


「え?」

「ゲオルグ」

「ゴードンだよ!」

「そうか。これだけは言っておく」


 一言一言に力を、いやさ魂を込めて、俺は断言する。


「お、おう?」

「俺は、ランディス=グレーのファンじゃない」


 そうだ、それだけは譲れない一線だ。いつか正体がバレたときに、ランディス=グレーは言うに事欠いて自分に憧れてるなんて言ってたイタいやつ、なんて語られるのだけは、絶対に、い、や、だ。


* * *


 ギルド会館に戻ったギルド長に、受付嬢のイリスが立ち上がってお辞儀する。


「お疲れさまでした、ギルド長。入学式はいかがでしたか?」

「やる気に満ちた若者たちがいっぱいいたよ。何人かは優秀な魔法使いとなってこの街で活躍してくれるといいんだがね。入学手続きをした子たちに有望そうな子はいたかな?」


 彼は、午前中に魔法学校の入学式に出席してきたところだった。


「特には。そういえば、数日前に、駆け込みで入学手続きに間に合った子がいたんですが」

「ほう?」

「親族の資格証を持ってきていました。あまりよろしくないですね」


 ギルド長は目を細めた。


「それで入学させたのかい?」

「元々入学許可証を持っていたので。資格証も、随分昔のものだったから、騙せるとも思っていなかったのかもしれませんね」

「そんなに昔のものだったのかい?」

「八十年前ですよ!もうカビだらけで、ところどころ黒くて名前も読めないですし」


 ギルド長は眉をひそめた。記憶に引っかかるものがあったのだ。


「八十年前……。その子の名前は?」

「ランディスですって。大魔法使いの名前をつけるなら、恥じない行動をとってほしいものですよね」

「……で、その子は入学を?」

「はい、そのはずですよ。下宿も決めてましたし」

「そうか……」

「どうかされたんですか?」

「いや、まさかね。何でもないよ。魔法学校に入学したなら、心配することもないだろう。先生方にお任せしよう」


 微笑んで首を振りながら、ギルド長は執務室に戻った。脳裏に、各ギルド長にだけ申し伝えられる、『大魔法使いの資格証の有効期限』を思い浮かべながら。


おわり

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200歳の大魔法使い、魔法学校に入学する 長月透子 @Nagatsuki_Toko

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