「物件」(ESTATE)
ナカメグミ
「物件」(ESTATE)
いい加減にしろよ。3連休のど真ん中。午後3時。ハンドルを指で小刻みにたたく。湧くいら立ちを紛らわせる。物件の内見の立ち会いだ。
県庁所在地から1時間半の中規模都市。数年前に大企業の工場進出が決まった。
大人数の雇用がうまれた。住まいが必要になる。
今、このまちは不動産業が活況だ。
宅地建物取引士の資格を取って、22歳でこの業界に入って8年目。
地元で名の知れた不動産賃貸業の会社に勤めたら、意外と才能があった。
故郷の建設会社にスカウトされて、その不動産部門に勤め始めた。
最近の若いのは、目端の利くヤツも多い。20代で不動産取引の勉強会に参加して、会社勤めの傍ら、将来、賃貸収入で生活しようとする熱心なヤツもいる。
おかげさまで忙しいが、連休真ん中。見込みのない客。絶対に売れない物件。
三拍子がそろうと、さすがにいらつく。
玄関前に雑草が生い茂る。細かい草がスラックスに付く。うっとうしい。
築47年の中古住宅。裏手に川が流れていて、このあたりの地盤一体が傾いている。この物件は特にひどい。 玄関ドアを開ける。軋む。ドアが既に傾いている。
靴箱の上に紙袋を置く。スリッパを3足出して並べる。到着したらしい。外に出る。
* * *
外車が停まる。50歳代と思われる夫婦が降りてきた。2人ともメガネ。
夫は会社員だという。老後を見据えて、不動産取引に興味を持ったらしい。
売買だ。投資できる金額が限られている会社員が、この物件を買うわけがない。
「今日はよろしくお願いいたします。遠かったですよね。運転、疲れませんでした?」
営業用スマイルに切り替える。出すな、いら立ち。
* * *
物件の中に入る。住宅自体は、昭和に流行った作りの2階建て木造。玄関を入って左手に居間、その奥に台所。右側に和室。廊下奥にトイレと風呂。細い階段を登ると、和室が2つ。押入れと仏壇を置く場所がやたらある、古い家。
売れるわけがないのは、10畳の居間の傾き。道路に面したベランダにかけて、左前方に床がわずかに沈む。
「ここの傾き、何度ですかね。傾斜測定器はお持ちですか?」
夫が尋ねた。
持ってきてねえよ、そんなもの。
スマホのアプリで、できるらしいけど、使ったことねえよ。
「持ってきてない、ですね。まあご覧の通り傾いてるんですよね。裏手が川で。このあたりの土地、全体が」
夫が重ねて言う。
「地盤の傾きをなおす企業が東京にあるらしいんですよね。解体して、地盤なおしたら、どうかな」
解体して、地盤の傾きなおしたら、いくらかかると思う?
この土地と住宅の500万円に、数百万の上乗せだよ?
会社員のあんたに出せる?
妻が言う。「この傾き、歩けばわかるほどきついし。費用かかるし。どうかな」
だろう?
とりあえず2階の和室に案内。妻が言う。「裏手の川の紅葉、きれいですね」。
トンチンカンなこと、言うなよ。ここ、紅葉狩りする場所じゃねえから。
だれも買わないであろうこの物件の内見案内に立ち会うのは、これまでに軽く50人を超える。
営業所長、ホームページの物件紹介に書いとけよ。
床、傾いてるって。たった数行だろう?
夫婦を見送った。コンビニでビールと弁当を買って帰る。自宅のテレビを真っ先につけた。録画した競馬番組。今日は今シーズン初めてのG1レース。
仕事を忘れるための、週末のお楽しみ。入念にデータを研究して、スマホで馬券を買った。1着を当てる単勝と、3着以内の2頭をあてるワイドを買った。
立ったまま、レースの再生を見る。全部負けた。
リモコンをベッドの上に放り投げた。
* * *
久しぶりの日曜日の休日。午前9時に家を出て、県庁所在地に車を走らせた。
よく晴れている。道沿いにススキが揺れる。その向こうの山には赤と黄色。
あのババアの言ったこと。少しは合ってるな。
1時間を超える運転は久々だ。音楽は聴かない。振動が心地よい。気分がいい。
* * *
今日のG1レースは午後3時40分の発走。牝馬の研究は既に済ませた。あとは
直前の馬の様子を見て、最終的に馬券を買う。家電量販店の駐車場に車を入れた。
わずかばかりに出た夏のボーナス。休日出勤の我慢が、報われた感が強い。
「自分へのご褒美」ってガラでもないが、何か欲しい。毎日身につけて、テンションが上がるもの。腕時計だ。2階の売り場に向かった。
* * *
にぎわう売り場。さすが県庁所在地は人が多い。計算機でお馴染みのメーカーの腕時計に決めていた。今の時代、スマホは絶えず客からのLINE、メール、電話がくる。計算するとき、客に金額を示すとき。このメーカーの小型の計算機を愛用している。事前にスマホで腕時計を調べたら、テーマは「タフネス」だって。
なんか、いいじゃん。
売り場の前を、何度か往復する。店員はまったく寄って来ない。
8人ほどの店員はすべて、アジア圏からの旅行客とみられる、家族連れ数組に対応していた。
子どもは売り場を走り回る。親らしい男女は、鍵がかかったガラスのショーケースを覗き込む。言語が通じる店員が、手袋をして商品を取り出す。黒い布地が敷かれたトレイに置く。
肩越しに覗き込んだその価格は、俺が買おうとした商品の30倍。30倍、か。
帰ろう。でもなんで?なんで帰る?
売り場に戻った。会計が終わりそうな外国人客を待って、店員に声をかけた。
左手首に身につけて帰った。3万円なり。ズシリと重い。
* * *
次の休日の昼間。傾いた物件の前。鍵を開けて、段ボール箱に入れた道具を居間の床に置く。
あのメガネババアはもう1つ、言っていた。物件に興味がなかったババアは、居間の壁にかけっぱなしだった、子猫のカレンダーを見て言った。
「これ、2022年11月って。3年前のカレンダーですね」。気味悪そうに。
ありがとう。
会社のヤツ全員が、この物件は売れるはずがないと決めつけているから、壁は直前の居住者が出ていったまんま。カレンダーも、居間のガラスドアに貼った黄ばんだキャラクターシールも、そのまんま。
今、事故物件って流行ってるんだろう?
俺がつくってやるよ。
あ、俺がここで、死ぬんじゃないよ?
それって安易じゃん。
高校のころ、美術部だった。俺好みの理想の事故物件つくって、内見に来たやつ、震え上がらせてやる。それこそ、エンターテイメントだろ?
今日は11月16日、日曜日。俺の新しい電子時計。アナログ盤見たら、日付けも曜日もわかるんだ。さすが、タフネス。3万円。宝石とかついてなくたって、機能は十分だ。
* * *
絵の具を出した。アクリルガッシュのブラック。どこからいこうかな。
まずは洗面所の鏡だな。
アクリルガッシュは鏡に塗れる。でもそのままじゃダメ。表面の汚れを拭って。
専用の下地を塗って。
洗面所の鏡にテン、テン、テン。
大きさ、濃さ。微妙に変えて、テン、テン、テン。
いい感じ。乾いて変色した血しぶきっぽい。
なんか、ワケアリっぽい。いいね。
次は台所の床。古いシンクの前。ここはアクリルガッシュだとマットすぎる。
ブラックとグレーとワインレッド。水を混ぜて微調整。
人が吐いたような。血のような。 直径30センチほどのシミをつくる。
見にきた人、勝手に想像して。
想像力は大事だろ?
仕上げまで、あと2工程。
この前、内見に立ち会った古い物件に、傘ほどある大きなクモの巣があった。
ジョロウグモ。その巣は3重構造。いかにも毒々しく獲物に絡みつく。
夜にしりのあたりから糸を出していたそれを捕まえて、居間に放つ。
これだけ古けりゃ、獲物の虫くらい、いるんじゃんない?。頑張れ。
最後の仕上げだ。このまちで生きていく俺の意思表示。
だいたい嫌いなんだよ。いるだろ?
ちょっとアジアの国、まわって。人生観、かわりましたって簡単にいうヤツ。
それはちがう景色見て、ちがう文化ちょっとさわって、
刺激受けました、っていうのが正しいの。
ホントの人生観なんて、
首までどっぷり浸かった逃げようがない場所で、
あがいて変わるもんなんじゃないの?
ペインティングナイフを右手に持つ。左手の3本の指先を切る。
少しずつ湧いた血で、カレンダーの子猫を撫でる。完成。
このまちで生き抜いてやる。
おいしいところ、味わい尽くしてやる。
楽しみは自分で見つけてやる。
賃貸でも売買でも、契約取って。毎週馬券、買って。
この物件、見に来たヤツの怖がるツラ、見て。心ん中で大笑いして。
あーあ、俺って、ホント意地悪。
(了)
「物件」(ESTATE) ナカメグミ @megu1113
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