おくり狼とおくられ女豹
渡貫とゐち
第1話
「あゆむちゃん、送ってあげるよ」
「えー、いいですよー、自分で帰れますしー」
「おっと、危ないよ……酔っぱらってフラフラじゃないか、まったく……。夜道の交通事故とか怖いし、俺が駅まで送ってあげるからさ。頼ってよ、ね?」
好青年の印象を抱かせる男子大学生・
彼の本性を知る友人たちは、ぼそっと「(また言ってるよ……)」と呟いた。送り狼。守るよ、と言いながら女の子に近づき、ひとけのないところへ誘導して襲う――典型的な狼野郎だった。
そういう噂が学内で蔓延しているのだが、分かっていながら送られる女の子も多く、彼の誘いを受けた
そう思われているからこそ、周りの友人たちは誰も助けなかった。
「ほら、ちゃんと立って」
「ふへへー」
道坂が肩を貸す。
相原が密着した……伝わる肉感に、道坂が若干、鼻の穴を広げた。
「あ……、くっつき過ぎちゃいましたぁ……」
「構わないよ。あゆむちゃんって、結構でかいんだね……」
「着やせするんですよぉー? って、ちゃっかり触らないでくださいよー」
「当ててきたのはあゆむちゃんだろ?」
肩を貸し、道坂の腕が相原の腰へ回された。
相原は気づく素振りもなく、胸を押し付けるように道坂に密着する。こうでもしなければ倒れてしまうとは言え……送り狼でなくとも襲ってしまいたくなるほどの不用心さだった。
彼でなくとも志願していただろう。確かに、この子をひとりで歩かせるのは不安だ。駅まで、と言ったが、なにもしなくとも家まで送ってあげたいとも思わせる。
「道坂」
すると、今日の飲み会の幹事が声をかけた。
道坂を咎めるかと思いきや、もはやそういう段階はとうに越えているため、彼の口から出たのは溜息と、一言だ。
「……ほどほどにな」
「壊すつもりはないから安心しろ」
「つもりがなくとも、お前は壊すだろ。……まあいい、ほどほどに。それだけだ」
軽く手を振り、背中を見せた友人へ。
後ろから、道坂が言った。
「おこぼれが欲しければ残しておくが?」
「いらん。いいか? 怪我だけはさせるなよ? 狼になってもいいが、きちんと守れ」
「狼の俺が全部食べるんだから、守れってのは矛盾だなあ」
「そうじゃない。他人に食わせるなって話だ」
「ああ、そういう……――なら任せろ、誰にも渡さない」
脇に抱えているか弱い命。可愛い女の子。酔っぱらったせいなのか、だらしなく開いている口と寝言っぽい声が漏れている。寝てる……わけではなさそうだが。
その場合はお姫様だっこで持ち帰ってしまおうと企む道坂。
スマホから、ショートカットで飛べるホテルの予約ページを開いておき――飲み会メンバーと別れて駅へ向かって歩き出す。
相原は、相変わらず心許ないフラフラとした歩き方だ。
「そんなに飲んでたっけ?」
「ふっふっふっ……」
「なに笑ってんだよ。……いい夢でも見てるのかねー」
意識もなさそうなので、道坂は帰路を変えた――向かったのはやはり、ホテル街だ。
早速、送り狼である。
送るつもりがなく、実際に少しも送っていないのだから最初から狼だが……、これは相原が悪い。女の子なら警戒しておかなければならなかったのだ。
酔っぱらった――は、襲ってくださいと言っているようなものだ。
本人と風潮がどうあれ、彼からすれば酔っぱらったということは……つまりは、そういうことだろう? なのだった。
狼に伝わらなければ意味がない。食べられてからでは遅いのだから……。
「あゆむちゃん、ベッドに入りたくない? もう眠いでしょ、寝ちゃおうか」
まあ、寝かせる気などはないのだが――。
仮に寝たとしてもその間に……、色々とできる。道坂にとってはそれも楽しめるのだ。
女の子さえいればどんな食べ方でも美味しく頂ける。道坂は雑食なのだ。
「おっと、ほら、ちゃんと立って――」
ホテル前の、街灯で照らされた細道で。
さり気なく、だけどしっかりと、その手が相原の胸へ向かった。
むに、と道坂の手が、深く沈む。
着やせするからでかいし、触れば柔らかいし、何度も揉んで、既に道坂の脳内がパチパチと弾けていた。
全身の血流が早くなっていく感覚。体が熱く、熱く――だが。
「(いや…………柔らかいが……柔らか過ぎる、か……?)」
「ふへ」
「あゆむちゃん……?」
「――なに触ってんですか……、この変態ッ!!」
相原の肘が、道坂のみぞおちへ突き刺さった。
「がふっ!?」と、体の芯まで衝撃が抜け、道坂が膝をついて崩れ落ちる。
「あゆ、む、ちゃ……?」
「私、酔っぱらってませんから!! 最近、たくさん話しかけてくれるなー、と思って心を開いてたのにっ、こんなことをするなんて……っ。もう道坂くんとは飲み会いきません!!」
「うぇ、で、でも、俺の、噂は知って……っ?」
「知りませんよ!!」
――全員が全員、あなたに興味があるわけじゃない。
そう言われたらそうかもしれないが、なにもしなくとも噂は耳に入るだろう……、それだけ、『道坂くろう』は有名人なのだから。
「……罠を、張ったのか……。クソ、この女……狸寝入りしやがって……ッ」
「あなたが狼なら私は
八重歯を見せつけた相原が、うずくまる道坂の頭に足を乗せた。
「おまっ――」
「興奮してる? 道坂くん? やっぱり犬なのねー……狼だけに」
「調子、乗んな……ッ!」
「さて、写真を撮って……道坂くんの負け犬姿を共有しておこーっと!」
「っ、おい待てやコラァ!!」
ぐっ、と相原の足が、道坂の頭をさらに地面へ押し付けた。
「――これ以上、私にちょっかいをかけないでね。じゃないとこの負け犬写真、みんなにばら撒いちゃうから」
「…………」
「返事は? わんと鳴いてみなよ、道坂くん」
「…………おまえ、は……ッ」
「返事」
「わんっ」
屈辱の返事をした道坂はそのまま白く、灰となって――――
相原はご機嫌にスキップをしながら、帰路へついた。
#
「ただいまー」と、相原が家へ帰ると……
深夜にもかかわらず出迎えてくれたのは、相原――『あゆむ』だった。
「おかえりなさい、かける兄さん」
――相原かける。
あゆむの双子の兄である。
そう、あゆむの格好をして、胸パッドを入れて飲み会に行ったのは、兄の方だった――
つまり男。
あの送り狼は、同じく狼を食べようとしたわけだ。
女豹ですらなかった――。
「道坂くんはどうだった?」
「クロ。でもまあ、もう大丈夫だろ、安心しな――お前の大学生活は安泰だ」
ほら、と、スマホに保存しておいた負け犬写真を見せる。
これを盾にすれば、狼はあゆむという羊を襲うことはないだろう。……今もなお『羊』でい続けるあゆむにも問題はあったが、純粋無垢な妹の特徴を殺してしまうのはもったいない。
ここまで汚れていないのも珍しい……。
兄の過保護のおかげなのだが、その兄に自覚はなかった。
自分の「おかげ」とは思っていないし、同時に「せい」とも思っていない。
なるべくしてなった希少な生物とでも思っているのだろう――あゆむは悪くない。
「くくっ、あいつ、今でもおれのことをあゆむと思ってんのかなー……まさかこうも上手くいくとは思わなかったぜ。女装、意外と似合ってるのかね?」
「うん、すっごい可愛いよ、兄さん。まるで狐に化かされたみたいに」
そんなつもりはなかったが……結果、相原かけるは女豹の皮を被った狼であり、狸寝入りを経て狐として化けたのだった――結局、本来の自分はどれなのだろう?
あゆむになれるのなら、今後は男と女の境界線もなくなってくるのかもしれない。
「……もしかして、あゆむにお願いすれば、男装しておれの代わりにバイトへ行ってくれたりできるのか……!?」
「その時はお給料の二割くらいはもらうからね。……あと、それするなら私の授業の代返もしてほしくて……。うんっ、持ちつ持たれつ……双子だからいいじゃんっ――ね?」
「いつの間にか、お前は羊じゃなくなって……。小賢しい猿になってきたなあ」
「えへっ。知らなかったの、兄さん? 私、猫被ってるもん」
・・・おわり
おくり狼とおくられ女豹 渡貫とゐち @josho
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