第66話 「渋谷の蟻地獄と禁断の落とし穴」
日曜日の渋谷。
スクランブル交差点付近は、パニック映画さながらの惨状を呈していた。
アスファルトが捲れ上がり、巨大なすり鉢状の穴がいくつも開いている。
その中心に陣取るのは、体長10メートル級の『昆虫型無銭』。
巨大な顎と、鋼鉄の棘を持つその姿は、さながら神話の怪物だ。
「キシャアアアア!!」
怪物が咆哮し、地面を流砂のように操って周囲の車や看板を飲み込んでいく。
都市型のアリジゴクだ。
「撮影班、いい絵を撮んなさいよ!」
上空から、勝ち気な声が降ってきた。
真紅のドレスを翻し、炎を纏って降臨したのは、企業系魔法少女フレイム・ローズ(井上香奈)。
「鳳凰飲料プレゼンツ! 悪を焼く紅蓮の炎! フレイム・ローズ、只今参上!」
香奈はカメラに向かってウインクすると、杖を構えた。
こういう「絵になる」大型の敵は、企業系魔法少女の稼ぎ時だ。派手な戦闘はそのまま企業の宣伝になる。
「オラァァァ! 燃え上がりなさいっ!」
香奈が杖を振るうと、火炎の渦が巻き起こり、『無銭』を包囲した。
熱波が周囲の空気を歪ませる。
***
「……相変わらず、派手にやってるなぁ」
ビルの屋上の給水塔。
黒ずくめの男――常闇が、呆れたように戦況を見下ろしていた。
彼は組織の任務で、この『無銭』のサンプルを回収に来ていたのだ。
「あの巨乳……香奈って言ったっけ。火力バカにも程があるぞ」
常闇の手には、採取したばかりの『無銭』の体液が入ったアンプルがある。
任務は完了だ。あとは帰るだけだが――。
ズドォォォォォン!!
香奈の放った最大火力の火球が、『無銭』に直撃した。
怪物は悲鳴を上げて爆散する。
しかし、やりすぎた。
爆発の衝撃で、アリジゴク状になっていた地盤が一気に崩壊したのだ。
「きゃあああ!?」
足場を失った香奈が落下する。
そして、運悪くその真下のビルの縁にいた常闇も、崩落に巻き込まれた。
「げっ、マジかよ!?」
瓦礫と共に、二つの影が奈落の底へと吸い込まれていった。
***
――30分後。
崩落した地下空洞。
深さは地下鉄のトンネルよりも深い。
地上からの光は遥か彼方で、薄暗く、湿った土の匂いが充満していた。
シトシトと、空から冷たい雨が降り注いでいる。
「……ッ、痛た……」
香奈が身を起こす。
奇跡的に、柔かい土がクッションになって怪我はない。
だが、自慢のドレスは泥だらけだ。
「最悪……。早く戻らないと……」
香奈が立ち上がろうとすると、肩からバサリと何かが落ちた。
黒いコートだ。
男物の、少しタバコの匂いがするコート。
「……気がついたか?」
闇の中から声がした。
岩陰に、シャツ姿の常闇が座り込んでいた。
「アンタ……」
「奴が開けた穴の底まで落ちたみたいだ。深いな……厄介だ」
常闇は上空を見上げた。
出口は豆粒のように小さい。
壁は崩れやすい関東ローム層の赤土。触手を突き刺して登ろうとすれば、さらに崩落して生き埋めになるだろう。
「……これ」
香奈がコートを握りしめる。
「雨が降ってきたからな」
常闇はぶっきらぼうに言った。自分は雨に濡れながら。
(……なによ)
香奈の胸が、少しだけトクンと跳ねた。
「会社(スポンサー)に助けは求められないのか?」
「……嫌よ。こんなドジ踏んだなんて知られたら、査定に響くし、鳳凰飲料の株価にも関わるわ」
香奈は唇を噛んだ。プライドが高いのだ。
「そうか……」
「どうしたら……。あ、あいつらだったら!」
香奈はスマホを取り出した。 プライドは許さないが、背に腹は変えられない。 連絡先を知っている、唯一の「貸し」がある相手。
『もしもし? ミカ? ちょっと助けてほしいんだけど!』
***
「……で、なんでアタシが?」
数分後。穴の縁。
呼び出されたミカが、不満たらたらで下を覗き込んでいた。
横には、巻き込まれた山本とダインもいる。
「文句言わないでよ!」
穴の底から香奈の声が響く。
「はいはい……。ほら、掴まりなさいよ」
ミカがロープを垂らす。
しかし、やたらと長いロープ、重量がそれなりにある。雨でぬかるんだ地面で踏ん張れずミカはバランスを崩す。
ズルッ!
「あ」
ヒュゥゥゥゥ――。
ドサッ!!
「いったぁ〜……」
ミカが泥だらけで着地した。香奈と常闇の目の前に。
「……」
「……」
「……」
沈黙。
「あなたまで落ちてどうするのよ!!」
香奈が絶叫した。
「しょうがないじゃん! 滑ったんだもん!」
「こういう時に使える魔法とかないの!?」
「ないわよ! あったってコストがかかるから使いたくないし!」
「このドケチ!」
「この見栄っ張り!」
「お前ら、落ち着け……」
常闇が頭を抱える。状況が悪化しただけだ。
「ダインタソー! 助けてぇ!」
ミカが上に向かって叫ぶ。
穴の上。
「無理だ。我輩の力では引き上げられん」
ダインが首を振る。
山本も困り果てていたが、ふと閃いた。
***
「……なんなんだ、急に呼び出しやがって」
10分後。
不機嫌そうに現れたのは、黒いロングドレスを着た魔法少女――小野麗香だった。
魔法少女ダイヤモンド・ダスト。
ダインが指示を出す。
「香奈! お前は自分たちの周りに炎の壁を展開しろ! 焼けない程度にな!」
「え? なんで?」
「いいからやれ!」
香奈はわけもわからず、杖を振ってミカと常闇、そして自分を囲むように弱い炎の結界を作った。
「いくぞ!」
麗香が杖を掲げる。冷気が渦を巻く。
「凍てつけ! 『アブソリュート・ゼロ(絶対零度)』!!」
パキパキパキパキ……!!
麗香が放った冷気が穴の中に充満し、湿った土壁の水分を一瞬にして凍結させた。
崩れやすかった土の壁が、カチコチの永久凍土へと変わる。
底にいる三人は、香奈の炎のおかげで凍えずに済んだ。
「常闇さん! 壁が固まりました! これなら登れるはずです!」
山本が叫ぶ。
「なるほどな。冴えてるぜ、メガネくん!」
常闇はニヤリと笑うと、背中から黒い触手を伸ばした。
鋭利な触手が、凍った壁にガシッと突き刺さる。
強度は十分だ。
「捕まってろ!」
常闇は、右腕で香奈を、左腕でミカを抱え、触手をピッケルのように使って、垂直の壁を高速で登り始めた。
風を切る音。
香奈の顔のすぐ横に、常闇の顔がある。
真剣な眼差し。汗の混じったタバコの匂い。そして、自分を支える腕の力強さ。
(……っ)
香奈の顔が、ドレスよりも赤く染まる。
ダンッ!
常闇が地上に着地した。
二人を降ろすと、彼は息一つ切らしていなかった。
「ふぅ。助かった。山本くん、ナイスアイデアだ」
「いえ! 皆さんの力が合わさったおかげです!」
常闇は、自分のコートを香奈から受け取った。
「……礼を言うわ」
香奈が小さな声で言う。
「気にするな。貸し借りなしだ」
常闇はコートを羽織ると、背を向けた。
「じゃあな」
黒い影が、雨の降る渋谷の街へと消えていく。
香奈は、その背中が見えなくなるまで、動けずにいた。
(……何気に、かっこよかったじゃない……)
胸の奥がキュンとする。
まさか。
敵組織の幹部。しかも陰気で無愛想な男。
そんな相手に、この私が?
(……好き……好きなの? 私? まさか、禁断の恋!?)
ボッ!
香奈の全身から、物理的な炎が吹き出した。
「うおぉぉぉぉぉ! 燃えるぅ! 燃えてきたぁぁぁ!!」
「うわ熱っ! なになに!?」
ミカが飛び退く。
「なんなの? コイツ?」
麗香がドン引きしている。
「……なんなんだろうね」
ミカは肩をすくめた。
雨はいつの間にか止んでいたが、香奈のハートには、消えない火がついたようだった。
『残高:77,500円』
魔法少女はコスパが命! 〜今日も赤字(マイナス)と戦います〜 perchin @perchin
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