第65話 「家系ラーメンと横浜の赤い流星」
横浜駅西口。
人混みをかき分け、天野ミカは鼻歌まじりに歩いていた。
「家系〜♪ 家系〜♪」
今日の目的地は、横浜家系ラーメンの聖地『吉村家』。
家系ラーメンが好きなミカに、山本の提案で、はるばる池袋から遠征してきたのだ。
「楽しみですね、ミカさん! スープの濃度、麺の硬さ、鶏油の量……全てが芸術です!」
山本が興奮気味に語る。
「うんうん! アタシ、濃いめ多めでいっちゃうもんねー!」
同行者はいつものメンバー。
山本、光、そしてダインだ。
ダインも今日は「ラーメンを堪能する」という名目で、珍しく人間態(ツイードジャケットの渋いおじさん)になっている。
ビックカメラとドン・キホーテの前を通り過ぎ、少し離れた路地へ。
そこには、長蛇の列ができていた。
「うおっ、すご!」
『待ち時間:約100分』の案内板。
「くーっ! ……この焦らしプレイ、最高かよ」
ミカは武者震いした。
「待てば待つほど、スープが五臓六腑に染み渡るってわけね!」
一行はワクワクしながら列に並んだ。
スマホでメニューを確認し、トッピングのシミュレーションをする。
あと少し。あと少しで順番だ。
その時。
全員のスマホが、空気を読まないアラート音を鳴らした。
【緊急依頼:横浜エリア応援要請】
【場所:保土ヶ谷区星川・ビジネスビル】
【内容:『無銭』多数発生による制圧協力】
【報酬:20,000円 】
「……は?」
ミカの笑顔が凍りついた。
「なんで横浜まで来て依頼が入んのよ!? 」
「横浜市は政令指定都市で最大の人口だ。渋谷や池袋より『無銭』のリスクは高い」
人間態のダインが冷静に解説する。
「さらに今、みなとみらいで国際会議が行われていて、地元の魔法少女が警備に駆り出されているらしい。その隙を突かれたのだろう」
「えー……」
ミカは行列を見た。あと少しなのに。
でも、緊急応援要請を無視するのは、魔法少女としての仁義に関わる。
「……しゃあないか。チャチャッと片付けて戻ってこよう!」
ミカたちは列を抜け、タクシーに飛び乗った。
***
星川のビジネスビル。
現場はカオスだった。サラリーマンの形をした『無銭』の大群が埋め尽くしている。
「応援感謝します!」
現場で孤軍奮闘していたのは、ミニスカートのチャイナドレスを着た魔法少女だった。
お団子頭に、徒手空拳(カンフー)スタイル。
「めっちゃ可愛いなオイ!」
ミカが変身しながら叫ぶ。
「東京からの応援!? 超嬉しい! 私は『ドラゴン・リン』! よろしくね!」
リンは明るく手を振り、回し蹴りで『無銭』を吹っ飛ばした。
強い。
「行くわよ! 『ゴールデン・ラッシュ』!」
「『ドリーム・イリュージョン』!」
ミカと光も参戦する。
リンのカンフーと、ミカの物理聖杖、そして光の幻術。
異色のコラボレーションで、『無銭』の群れは次々と浄化されていった。
「ふぅ……片付いた!」
リンが汗を拭う。
「助かった! お礼に中華街で肉まん奢るよ!」
「ごめん! アタシたち用があるから!」
ミカは食い気味に断った。
「え? そうなの?」
ミカたちは風のように去っていった。
目指すは横浜駅西口、『吉村家』。
***
再び行列に並び直す。
時刻は夕方。列はさらに伸びていた。
「……まあ、いい運動になったしね」
ミカがお腹をさする。
空腹は最高のスパイスだ。
あと30分。
あと15分。
店員が食券の確認に来た。いよいよだ。
ピロリン♪
無慈悲な通知音。
【依頼:戦闘後処理(瓦礫撤去)】
【場所:同上】
【報酬:10,000円】
「……嘘でしょ?」
ミカが膝から崩れ落ちる。
「さっきの戦闘でビルの一部が崩れたらしい。撤去作業の人手が足りないそうだ」
ダインが無情な事実を告げる。
「えー……ま、まあ……しゃあないか……アタシらが壊した分もあるし……」
ミカは泣く泣く列を離れた。
ラーメンの湯気が、蜃気楼のように遠のいていく。
***
撤去作業が終わった頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。
民間業者や、他の魔法少女たちに混じって瓦礫を運ぶミカたち。
体はクタクタ、お腹はペコペコだ。
「ありがとう! 本当に助かったよ!」
リンが駆け寄ってくる。
「あ、どうも……。じゃ、急いでるんで……」
ミカは腕時計を見た。
『吉村家』の閉店時間まで、あとわずか。
移動時間を考えると、絶望的だ。
「ミカさん……間に合わないかもです」
山本が悲痛な声を上げる。
「えー……トホホ……」
ミカはその場にへたり込んだ。
今日一日、ラーメンのために戦い、働き、我慢してきたのに。
「あの、どうかしました?」
リンが心配そうに覗き込む。
ミカは力なく、事情を話した。家系ラーメンへの愛と、度重なる不運について。
「……なるほど。そういうことでしたら」
リンはニカッと笑った。
「任せてください!」
リンが指笛を吹くと、道路の向こうから真っ赤なスポーツカーが爆音と共に現れた。
ドアが跳ね上がる。
「乗って! 急ぎますよ!」
ミカたちが呆気に取られて乗り込むと、スポーツカーの前方に、神奈川県警のパトカーが2台ついた。
回転灯が回り、サイレンが鳴る。
「うおっ!? 警察が先導!?」
山本が驚愕する。
「かっこいい!」
光が目を輝かせる。
「横浜は、今回みたいに国際会議とかが多くて、魔法少女と警察が『官民一体』で対処するスタイルなんです」
リンがハンドルを握りながら解説する。
「ですので、警察も魔法少女側の問題には協力的なんです」
「魔法少女側の問題って……今回、アタシがラーメン食べたいだけだけど!?」
ミカがツッコむ。
「大問題ですよ!」
スポーツカーが猛スピードで横浜の街を駆け抜ける。
信号はオールグリーン。渋滞もパトカーが切り開く。
「ほう。場所が変われば違うものだな」
ダインが感心して髭を撫でた。
「東京の警察とはえらい違いだ」
***
『吉村家』前。 パトカーとスポーツカーが横付けされる。
「間に合ったぁぁ!」
ミカたちは行列に滑り込む。
目の前に置かれたのは、湯気を立てる家系ラーメン。
茶褐色のスープ、黄金色の鶏油、ほうれん草、海苔、そしてチャーシュー。
「いただきまーす!!」
ミカはスープを一口飲んだ。
濃厚な豚骨醤油の旨味が、疲れた体に染み渡る。
「……んん〜っ!!」
ミカは天を仰いだ。
「なんて美味しいんだろう……!」
ミカはスープを飲み干し、ドンブリを置いた。
最高のラーメン。横浜遠征は、大勝利で幕を閉じた。
『報酬:20,000円』
『ラーメン代:5,000円(4人分)』
『残高:77,500円』
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