第2話 娘を嫁にやったら、義息子から泣きつかれたのだけれど。

 義理の息子からわたくし宛に急ぎの手紙が届いた。これまで「自分は平民なので」と引け目を見せ、男爵位を授かった後でもその態度を変えなかった、あの色男から。

 恋文をもらったような気分ですぐに封を切る。まあ、わかっているわ。娘の主人よ。かっこいい男性からお手紙をいただいて、ちょっとはしゃいでしまっただけよ。許してちょうだい。


 わたくしの主人であるアビントン子爵は、実に平々凡々とした容姿の男性。すっと伸びた眉、切れ長のまなじりに、よく宝石に例えられた蒼く大きな瞳。長く通った鼻筋に小鼻、微笑んでいるような口元。今はいくらか年を取って、若いころよりはずっと素敵だと思うけれど。それでもわたくし自身が凡庸な容姿なので、釣り合いがとれた夫婦だと自分で思う。

 惜しむらくは、子どもたちまでわたくしたちの可もなく不可もない容姿に似て生まれてしまったことかしら。仕方がないことだけれど。


 娘が自分の婚約者に、とアビントン伯爵領内の首都でみつけてきた男性は、物語もかくやというような素敵すぎる容姿の男性だった。わたくしの初恋の相手、実家に薪を納品していた木こりのジョイス様を彷彿とさせるあの大きな鼻に小さな瞳は、すぐにでも腕のいい彫刻師を呼んで記念彫像を作りましょうと提案しかけたほど。素敵。我が娘ながらなんという目利きかしら。

 亡くなってしまったかつての娘の婚約者、ディーくんは、とても性格の良い紳士だったけれど見た目はぱっとしない子だった。もちろん、容姿に関わりなくわたくしたちはあの子を愛していたけれども。娘自身ももちろんそうで、彼を失ってしまったという事実は、娘を失意のどん底へと叩きつけるに十分だった。

 四年。長すぎる喪に服し娘が身を起こした理由が、かっこいい男性へのひとめ惚れだなんて、流行りの恋愛小説みたいじゃない。素敵。


「たあさま。リーヴァイが素敵すぎるの。わたくし、こんな普通の容姿で、彼の隣に立っていいのかしら」


 涙ながらに訴えてきた娘に、わたくしは言葉もなかった。色は主人に、相貌はわたくしにそっくりに産んでしまったことを、これまでも申し訳なく思ってはきたけれど。わかるわ。わたくしもついぞ、木こりのジョイス様へ思いを打ち明けることはできずにお嫁へ来たから。あんな素敵な方に添うだなんて、夢のようで怖いことでしょうね。


「ロザリー。もっとかわいらしく産んであげられなくてごめんなさいね。たあさまも、この容姿で悩んだこともあったわ。でもね、見た目がどうあれ、人間は中身が勝負よ。あなたはとても気立てがいい。そしてとても賢くて慎ましく、愛らしいわ。自信を持って」

「ありがとう……リーヴァイもそう言ってくれるけれど。でも、領主の娘に言い寄られたら、断れないものではない? わたくし、彼の弱みをつかんで無理にそう言わせているように思えるの」


 すごくわかるわ。わたくしも木こりのジョイス様を権力でねじ伏せて結婚してしまおうかと考えたことがあったもの。嫌われてしまうのが怖くてできなかったけれど。


「でも、そうしてでもいっしょになりたい気持ちもあって、でもいけないことをしている気がして、とてもつらいの」


 はらはらと涙をこぼす娘に、わたくしは言った。


「ロザリー。問題ないわ。素敵な男性を捕まえるのに、正攻法なんてなくてよ。あなた、リーヴァイが他の女性といっしょになっても良いというの?」

「いや!」

「でしょう。気張りなさい。そして堂々としていなさい。あなたにはあなたの良さがある。リーヴァイはちゃんとそれを見ることができる男性だわ」


 愛娘が結婚したいと連れてきた相手だもの。ちゃんとお顔だけでなく人となりも見ております。主人がちょっとどころではなく渋ったくらいで、申し分のない立派な青年だわ。


「いい? 女は愛嬌よ。つなぎとめなさい!」


 あんな男性が義理の息子になるだなんて、最高じゃない。


 そう。そんな素敵義息子からの手紙。とてもきれいな文字で時候の挨拶と、急な連絡を詫びる言葉。あら、いつくださってもかまわないわ。折り入っての相談、という胸をくすぐる文字が目に入ってきた。


「……まあ、ウィンビー!」


 なんてなつかしいこと。わたくしが娘に、小さいころに聞かせた物語。わたくし自身も聞かされていたおとぎ話。

 わたくしの実家では、娘にウィンビーについて話すのが慣わしになっていた。すべてを信じていたわけではなかったけれども、わたくしも嫁ぐまで、妻になるということがどういうことなのかをはっきりと理解していたわけではなかったの。

 結婚式の前に、主人にウィンビーの話をしたものだわね。聞いた後に主人は無言で部屋の中をぐるぐると歩き回り続けていた。そして初夜の日、なにもしないで手をつないでいっしょに寝てくれた。とても大切にされていると今でも思う。


「そうね……わたくしも、こうして娘へ説く年齢になったのね」


 義理の息子からのお願いは、ウィンビーを信じ切っている娘へ、夫婦についての説明をしてくれないかということだった。自分なりにどうにかしようとしたみたいね。好ましいわ。なんていい男。素敵。


「アリシア、リーヴァイから、なんだって?」


 ノックがあって応じると、主人がそわそわとそう尋ねてくる。娘をあんなかっこいい男性にとられて、ずっと愚痴を言っているの。いいかげんあきらめたらいいのに。


「ウィンビーと夫婦について、ロザリーに説明してほしいとのことよ」


 主人があー、ともうーともつかない声をあげた。「ああ、うちの娘が! かわいい私のロザリーが! 不埒な男の手に!」と頭を抱えて叫ぶ。あきらめなさい!


「お返事、なんて書こうかしらね」


 はずむ気持ちでペンを手に取った。ロザリーを呼んで、ひさしぶりに母と娘の話をしましょう。だれにもないしょの、二人だけのお茶会よ。早いうちがいいわね。主人がいないのはいつかしら。

 すらすらと書いて、封をした。執事に託してすぐに届けさせる。


「わたくしも通って来た道だわ。一肌脱ぎましょう」


 主人がまだ大げさに嘆いている。わたくしの父も、わたくしを嫁に出したときこうだったのかしら。

 さて、どう説明しましょうか。

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妻の処女をもらったら、離婚を切り出されたんだが。 つこさん。 @tsuco3

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