第3話 巡り合わせ

あの日からどのくらい経っただろう。

あれから一度も彼の姿を見かけない。

衝撃的な出来事は偶然だったのだろうか。

あまり考えすぎても良くないし名前すら知らない人のことを思うことは気持ちが悪いとわかっていたが、花にとっては非日常で新鮮で、何よりワクワクしてたまらなかった。


どういう心境の変化なのか、今まで躊躇していたあの本屋に足を踏み入れた。


中は平凡としていて見た目通りの本屋だった。

田舎のおばあちゃん家に行った時に嗅いだような、どこか懐かしく思えるそんな空間だった。

本棚に並んでいる本を見ながら店内を歩いていると、奥から声がした。


「いらっしゃいませ!」


声がした方を見てみると白髪混じりのおじさんが段ボールに入った本の整理をしていた。

花は浅く会釈をした。


「いやー、最近はなかなか人が入ってこないからこうして人が本を見ている姿はなんだか新鮮だねぇ」と照れくさそうに頭をかきながらおじさんは言う。


「本好きな若者は減ってしまったなぁ…わしが子供の頃はみんな本が好きだったよ。」


どこか寂しそうに見えた。


そんな姿を見てつい、

「私も本が好きです…!」花は勢いで言った。


おじさんは少し驚きながら、

「そうか!そんなことを言ってくれるのは君と涼くらいだよ!」と、とても嬉しそうだった。


「りょう…?」


「あぁ、ここで働いている子でね。口数は少ないがよく気がきく子なんだよ!

そうそう!この間入院した時も、血の気が引いた顔をしてお見舞いに来てくれてね。ただの検査入院だって伝えたのにとんで来てくれたんだよ!」


「優しい方ですね」


「あんな心優しい子はそういないよ…

お嬢ちゃんはそこの大学生かい?」

  

「あ、はい…」


「そうかい!そうかい!君なら涼と気が合いそうだよ。今度紹介するよ!」と笑いながら言った。


「えっ…」

突拍子もないことを言うおじさんに花は少し戸惑ったが、少し嬉しい気持ちもあった。


手ぶらで店を出るのもおじさんに悪いと思い、一冊本を買って帰った。



それから、店の前を通るときおじさんは花に話しかけるようになった。

「花ちゃん〜おはよう!今日も行ってらっしゃい‼︎」朝から元気に手を振ってくれる。花はそれに応えるかのように手を振りかえす。

今ではこれが日課である。



ある日、大学の帰りにおじさんが花に話しかける。


「花ちゃん!ちょっといいかい?」


普段通りに店に入りおじさんの方を見る。


「どうかしました…か…?」


時の流れが止まったかのように、思考が全て遮断され硬直してしまった。


ただ、花の目の奥だけは輝いていた。








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こころの灯火 月と太陽 @sunmoon_8

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