君に心を奪われた。

αβーアルファベーター

第1話 一目惚れ。

◇◆◇


桜舞う今日このごろ、俺は都立A高等学校に入学する。


春の空は、どこまでも透き通っていた。

駅から続く坂道を歩くたびに、緊張と期待が少しずつ混ざり合っていく。

制服の襟がまだ硬くて、首筋にあたる感触がくすぐったい。


「おーいっ、竹島!まじで頑張ったんだな?」


振り向くと、手をぶんぶん振りながら走ってくるやつがいる。

岡田蓮王。幼稚園からの腐れ縁で、何をするにも一緒だった親友だ。

笑うと犬歯が光る。名前とその運動神経から、

中学時代からのあだ名は“ライオン”。


「まあな。偏差値高めのこの学校に入学できたのは、

 正直言って奇跡が起きたかと思ったよ。」


「だよな! お前、去年の夏休みなんて部屋でずっと寝てたもんな!」


「お前もな。昼飯食ってから部活行って帰ってきて、

 またうちでゲームしてたじゃねぇか。」


「ははっ、確かに。……でも、こうして合格できたんだから、

 結果オーライってやつだな!」


蓮王の笑い声が春の風に混じって、どこか遠くまで響いた気がした。

俺は少しだけ、胸の奥が温かくなる。


「まあ良いや、竹島、遅れるから早く行こうぜ。」


「おう。」


俺たちは桜のトンネルを抜け、校門をくぐった。

新しい制服に身を包んだ生徒たちが、

まだ慣れない笑顔で言葉を交わしている。

期待と不安がごちゃまぜになった空気の中を、

俺たちは歩き出した。


◇◆◇


玄関口には、クラス分けの一覧表が貼り出されていた。

ざわざわとした人の波をかき分けながら、自分の名前を探す。


――あった。「1年3組 竹島悠真」


「……3組、っと。」


「お、俺は……2組か。離れちまったな。」


蓮王が少し残念そうに言う。

俺も、胸の奥がちょっとだけ沈むのを感じた。


「ま、どうせ休み時間とか一緒に飯食えるしな。」


「そうだな。」


軽く拳を合わせ、俺たちは別々の教室へ向かった。


◇◆◇


「……ここが3組か。」


まだ新品の机と椅子。

黒板の上には、金色に輝く“入学おめでとう”の文字。

窓際の席に座ると、外の桜がよく見えた。

花びらが風に乗って、まるで誰かの新しい人生を祝っているようだった。


「……ふう。」


息を吐いて、少し落ち着こうとしたそのとき。


「隣、いい?」


振り向くと、肩までの髪が光を受けて揺れる女子が立っていた。

少し緊張した笑みを浮かべながら、俺の隣の席を指している。


「え、あ、ああ。どうぞ。」


「ありがとう。」


彼女は静かに席に着き、筆箱を並べはじめた。

どこか上品な雰囲気のある子で、俺はなぜか言葉を失った。


――なんか、いきなり春が眩しい。


そんなふうに思っていたら、教室のドアが開いた。


「はい、入学おめでとう。私は皆さんの担任をする水瀬庵みなせいおりです。

 好きな食べ物はラーメンよ。これからよろしくね。」


若い女性教師で、笑顔にどこか柔らかい余裕がある。

その一言だけで、教室の空気が少し和んだ。


水瀬先生は黒板に“3組 担任 水瀬 庵”と書くと、

ゆったりとした声でこの後の入学式の説明を始めた。


「このあと体育館に移動します。

 新入生代表の挨拶があるから、しっかり聞いてあげてね。」


――高校生活、始まるんだな。


窓の外では、桜がもう一度、風に乗って舞い上がっていた。


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