死体遊戯
雪音
死体遊戯
死体遊戯
三浦侑音
1
「颯太、起きろ。もうすぐ島に着くぞ」
船の狭い座席で目を閉じて蹲っていると、耳慣れた声が響いた。
「……雷斗か。ああ」
「おいおい…、まさか船酔いしたんじゃないだろうな?」
のぞき込んでくる雷斗の顔を見ると、からかうような笑みを浮かべていた。
「大丈夫。昨日の夜、遅くまでゲームやってただけだ。寝不足なだけだよ」
「お前なあ、今日からよく分からん島に行くんだぞ? 普通は遠足前の子供みたいに早く寝るもんだろ」
「しょうがないだろ。今日はソシャゲにログインできないんだから、その分を夜明けまでに消化しておかないとさ」
短い眠りのせいで、船の揺れがいつも以上に堪える。想像していたより小型の船で、波をかき分けるたびに視界が揺れ動いていた。
「本当にもうすぐみたいだよ」
横から声をかけてきたのは雪菜だった。彼女は、すでにデッキから双眼鏡を構え、前方をじっと覗いている。
「もう見えるのか?」
「うん。あれ……たぶん目的の島」
俺も身を起こし、湿った風を受けながら視線を前へ向けた。灰色の雲が空一面を覆い、光は弱々しく差し込むだけ。そんな曇天の下、ぼんやりとした影のように島が浮かんでいた。近づくにつれ、その異様な形がはっきりしてくる。島は大きな輪を描くように外縁が盛り上がり、外からは島の様子がほとんど見えない。まるで巨大な砦のように、外壁の森が中を隠している。
「なんか……城塞みたいだな」
「ほんと。中がどうなってるのか全然わかんない」
雷斗と雪菜の言葉に、俺も黙って頷いた。
2
三カ月前、五月のある日、俺たちのもとに突然ある人物からこの無人島への招待状が届いた。
『この度は突然の手紙を失礼致します。あなたを私の所有する島へ招待いたします。お仲間方と共に、楽しいひとときをお過ごしいただきたいです。三カ月後、指定の港までお越しください。船が島へとご案内いたします』
招待状の下のほうには、送り主の名前が書かれていた。
『奥上文隆』
工学系の分野において、知らない人がいないほど有名な博士その人の名前がそこにはかいてあった。奥上文隆博士は研究する分野が定まっておらず、建築学、機械工学など多様な分野で様々な功績を残しており、天才と呼ばれている存在だ。
そんな人物からの招待状を読んですぐは、奇妙ないたずらだろうと思ったが、暮らしている家から指定された港までチケット、他にも書留封筒と共に現金まで入っており、ただのいたずらではないことが分かった。また招待状には招待されている人物の名前が記されていた。
『吉岡颯太 妻夫木雷斗 橋本早雲 松空雪菜 尾上ひより 加納正美』
どうやら、高校時代の同級生が集められたようだ。
その後、この招待状を受け取った六人で、集まりこの島への招待に応じるかの話し合いが始まった。 皆で話あった挙句、結局は投票で決めることになり満場一致で島へ行くことが決まった。招待状に金銭が同封されていたとなっては、みなそれを無視するということができなかったようである。
やがて船は、島の外壁に沿ってゆっくりと進みはじめた。近づくほどに、その島の異様さが際立つ。外周は切り立った崖で覆われ、波打ち際には一か所、ぽっかりと開いた穴ような入口が口を開けている。
「……あれ、洞窟?」
雪菜が双眼鏡を下ろしながら呟いた。
「博士からの招待状に書いてあったろ。この島は外から中が見えない。唯一、あの洞窟を通って中央に入るんだってさ」
雷斗がそう言うと、後ろから笑い声が聞こえた。
「まるで秘密基地だね。天才の考えることはよく分かんないわ」
さっきまで船の逆側にいた正美がこちらに来ていた。船は速度を落とし、その暗い裂け目へと吸い込まれるように入っていく。
中はひんやりと湿っており、岩肌から滴る水が音を立てて海に落ちている。エンジンの音が反響して、腹の底に響く。
「本当にこの先に開けた場所があるの?」
「手紙では、洞窟を抜けると中央の池に出るって」雪菜が言う。
「島全体がすり鉢みたいな地形なんだ。外縁が高くて、真ん中が凹んでる」
暗闇の中を少し進むと、視界がふいに開けた。
洞窟の出口の向こう、灰色の光が反射してまぶしい。船が抜け出た瞬間、全員の口から小さく息が漏れた。
そこは、外の世界とは切り離された静かな空間だった。
中央には円形の池、いや湖というべきだろうものが広がり、崖に囲まれた内側の空間がまるで巨大な皿のように広がっている。水面は鏡のように滑らかだが、潮の香りはなくならない。
「これが……あの博士の島か」
雷斗が呟いた。
「ああ」
みんなは、いま自分たちの目の前にある異様なものに釘付けになっていた。
俺達は一旦船を桟橋に固定し、荷物を下ろしてから島の概要を確認することにした。桟橋の木材は新しく、つい最近まで人の手が入っていたようだった。だが、その“人”の姿はどこにもない。
「迎えがいるって話じゃ…、どうやらなさそうだな」
雷斗が辺りを見回す。
「手紙には『到着後は自由にお過ごしください』ってだけだったよ。変な招待状だよね」
雪菜が眉をひそめる。
外海では波が少し荒れていたのに、この内側では嘘のように静かだった。崖に囲まれた空間は音を吸い込み、潮風さえ届かない。
「あんな大きさの見たことないよな……」
低く落ち着いた声、早雲だった。俺と雷斗、そしてもう一人の男、早雲が小さく息を呑む。
視線の先、池の上空に金属の光があった。
巨大な円盤――ではなく、時計。池の外周をなぞるように設置され、短針と長針が突き出ている。音はしないが、博士からの招待状に書いてあった内容によると、実際の時計と同じで時を刻んでいるようだ。
「なんか“実験装置”って感じだな」
「博士、こういうことを趣味でやる人なんでしょ? 建築も機械も扱えるってニュースで聞いたけど……」
雪菜がそう言って、すぐに口を閉ざした。
池の縁から放射状にいくつもの小道が延びている。道の先には、いくつかの木造の小屋が建っていた。
「この地図の方向が書いてないな」
確かに博士からもらった島の地図にはよく見る方角を示したマークはない。
「ちょうどいい、地図で見るとこの時計の短針が真上をさしているし、短針のさす方角で場所を表せばいいんじゃないか?」
「私もそれが分かりやすいと思う」
早雲の言葉に対して島に来た女性陣のひとりである、ひよりが同意した。
早雲とひよりは高校時代が付き合っていて、二人とも同じ大学に進学している。島に来るまでも二人はずっと行動を共にしていた。
結局俺たちは早雲の意見に同意する形となった。
「まず、地図によるとここは広場のようなものらしい。ここは地図の上を時計の一二時とすると四時の方角ぐらいに位置している」
その後早雲は島に関する簡単な位置関係の説明を行った。
どうやらこの島には大きめの小屋が一時の方向と七時の方向の二つあるらしい。広場からそれぞれの小屋へ整備されている道沿いに池を回るように向かえば一五分ほどで着くようだ。しかし、この広場と池を挟んで向かい、八時から一二時までの二つの小屋を挟む場所は木が生い茂り、急な勾配もあるため人が入っていけるような場所ではない。
「一つの小屋には五つしかベットがないみたいだし男子と女子で分かれて小屋を使う感じにするか」
「そうね小屋から小屋まで歩いて三十分近くもするみたいだけど、ベットで寝られないよりはましだわ」
雷斗の提案に正美が同意した。
「それにしても静かだな」
雷斗が腕を組んで空を見上げる。
「風も止んでるし、鳥の声も聞こえない。島って、こんなに音がしないもんかね」
「崖が音を全部吸ってるんだろう。閉じ込められてるみたいだ」
早雲の言葉に、ひよりが不安げに池を見た。
「博士って、どんな人なんだろうね」
「俺もニュースで名前を聞いたくらいだ。顔も知らない」
「うちの研究室の教授が、『あんなの狂人と紙一重の天才だ」って言ってた」
雪菜の言葉に、雷斗が苦笑する。
「そりゃ招待状送る相手もおかしいわけだ」
会話がそこで途切れた。曇った空の下、池の水面は微動だにせず、だけど、針だけはゆっくりと回り続けているのだろう。その様子は、時間が止まった世界で“それだけが生きている”ように見えた。
「とりあえず、荷物を運んで各自の小屋に入るか」
早雲が声をかけ、全員が頷く。
俺たちはそれぞれの荷物を抱えて散っていった。
小屋の前につくと俺と雷斗、早雲はそれぞれの部屋を決めそれぞれの部屋に入った。
小屋に入り荷物の整理も済むと俺はあまりの眠さにベッドに横になった。
時刻は二時をまわっていた。
3
「うわあああっ!」
甲高い叫び声は、俺の意識を一気に現実に引き戻した。飛び起きると、雷斗の声が小屋の廊下のほうから響いていた。
「雷斗!? どうした!」
ドアを開けて外に出ると、雷斗が顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
「おい…トイレ、見てみろ…」
「トイレ?」
「いいから来いって!」
促されるままに共用トイレへ向かう。小屋の奥、木造の扉の前には早雲の姿もあった。
雷斗は無言で顎をしゃくった。
「中にある」
雷斗は扉の取っ手に手をかけたが、ためらいがちに押し開ける。その瞬間、乾いた臭いが少し鼻をかすめた。
トイレの中に一つある個室の床の隅――そこに、白く不気味なものが転がっていた。
骨。
動物の死骸だった。猫か、もしくは小型の犬か。肉はすっかり落ち、骨だけが絡み合うように並んでいる。まるで、わざと形を整えたかのように。便器には何もない。ただ、その死骸が、まるで“飾られた”ように床に置かれていた。
「……誰かの悪趣味なイタズラじゃねえのか」
雷斗が震えた声で言う。
「匂いはそんなにしないな。かなり前に死んだやつだ」
早雲が淡々と観察している。
「でも、こんな場所に置くか? 普通」
俺は言葉を失っていた。
「博士が研究で使ってた動物かも」
「なら何でここに?」
雷斗が吐き捨てるように言った。俺たちは一度個室のドアを閉め、廊下に出た。
「どうするよ?これ」
「特に害はなさそうだけど…」
誰が何のために置いたのか分からない。そのまま使う気には到底なれなかった。
「とりあえず、ここを使うのはやめておいて、女子の小屋のほうのトイレを使わせてもらえるよう相談しよう」
早雲の言葉に俺たちは頷いた。トイレの件といい、この島の空気はどこか思い。
窓の外では、相変わらず灰色の雲が垂れ込めている。
夕方、時計の針が五時を指したころ、俺たちは広場に集まることになっていた。
博士があらかじめ用意していた道具や、食材を使って、バーベキューをすることにしたのだ。バーベキューに必要な道具は小屋の中にあった。他にもキャンプ道具や山小屋にありそうな様々な動画がきゃの倉庫には並べられていた。
冷蔵庫には肉、魚、野菜、飲み物まで整然と並べられていた。俺たちはそれらをもって広場に移動した。
「誰もいないのに、準備だけは完璧なんだよな……」
雷斗が炭を起こしながら言う。
「だから余計に気味悪いんだよ」
正美が苦笑した。煙が立ち上り、香ばしい匂いが広場を満たす。それだけなら、普通のキャンプの風景だ。だがこの島には、波の音も鳥の声もない。静寂の中に、肉の焼ける音だけが響いていた。
「うめぇ~」
雷斗の顔を見て皆が笑った。
「そんな顔になるほど美味しいわけ?」
そういって正美も肉を口に運んだ。
「………。確かにおいしいわね」
「だろ?」
どうやら博士は相当いい食材を用意してくれていたらしい。俺たちはバーべーキューを楽しんだ。
先程は見えなかった、例の時計の短針は今は五時の位置、俺たちのすぐ近くに移動している。曇天の下で見ると、その短針は鈍い茶色に光って見えた。
「ねえ颯太、あの時計の針……茶色っぽいよね」
雪菜が言う。
「うん。長針はさっき見た時、色なんてついてなかった」
「そうだよね。なんで短針だけ?」
「長針と短針を区別するためじゃないか」
「でも二つの長さは明らかに違うしなぁ」
「そこまできにすることでもないだろ」
そのとき、正美が小さく「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
「ピアス、片方なくしたかも。たぶん池のほうに落とした」
彼女は耳に手を当て、少し焦った表情を浮かべる。
どうやら落としたのは俺たちが島についた直後で、池のそばを通った時に何か転がっていった気がしたが気に留めなかったそうだ。
「私、なんとなく場所覚えてるから、探してくる」
懐中電灯を手にそう言って正美は広場から女子の泊まる小屋のほうに歩いて行った。
俺たちは先程キャンプファイヤー代わりに用意した火のそばに残り、正美の姿が暗がりに溶けていくのを見送った。池の向こうには、あの巨大な時計が沈黙のまま佇んでいる。短針は鈍い茶色に見え、薄暗がりの下でその輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。風も波もない。
やがて、懐中電灯の光がゆらりと戻ってくる。
「見つかった?」
雪菜が尋ねる。
「うん、見つかった」
正美はそう言って小さく息をつき、火のそばに腰を下ろした。その後俺たちはそれぞれの近況など他愛のない話に花を咲かせた。
それからしばらくして、ひよりが立ち上がった。
「私、もう小屋に戻るね。少し寒くなってきた」
「俺も小屋に戻って寝るかな。ひより、暗いし送っていくよ」
早雲が続いた。
「ふたりだけか、なんか新婚旅行みたいだな」
雷斗が冗談めかして言う。
「はいはい、バカ言ってろ」
早雲が苦笑して肩をすくめる。ひよりは小さく会釈し、二人は池を回って女性陣の泊まる小屋へと歩いていった。
その後広場に早雲だけが戻ってきた。
「おやすみ」
そういうとすぐ、先程とは別の小屋に早雲はそのまま歩いて行った。
4
火の色がゆっくりと落ち着き、夜が深まっていった。
早雲とひよりがそれぞれの小屋に戻ったあと、広場に残ったのは俺と雷斗、雪菜、そして正美の四人だった。
炭の赤みだけが頼りで、空は依然として厚い雲に覆われている。
波の音も、虫の声も聞こえない。世界が音を失ってしまったかのようだった。
「……静かだな」
雷斗が言った。
「キャンプって、もっと騒がしいもんだと思ってた」
「さっきから風の音すらしないもんね」
雪菜の声が、夜気の中に消えていく。
俺たちの小屋のトイレは、あの死骸のせいで使えない。
早雲の提案どおり、必要があれば女子の泊まる小屋のトイレを使わせてもらうことにしていたが、池を回るには片道十数分。
夜の中を一人で歩くのは、できれば避けたい距離だった。それでも、最初に立ち上がったのは正美だった。
「ちょっと、トイレ行ってくるね。向こうの方使わせてもらう」
「一人で大丈夫か?」
雷斗が心配そうに言うと、正美は肩をすくめて笑った。
「平気。スマホのライトあるし、夜風も気持ちいいじゃん」
懐中電灯を手に、正美は池の縁を回って消えていった。
時刻は九時半を少し過ぎたころ。火を囲みながら、俺たちは取り留めのない話をした。大学生活のこと、教授の愚痴、そして卒業後の話。炭が爆ぜる音が、会話の合間を埋めていた。
「お待たせ~」
正美が息を吐きながら腰を下ろした。
「暗いと、池の向こうがどこまで続いてるのか分からなくて、ちょっと怖いね」
「何かいた?」
「なにも。……静かすぎるだけ」
正美が焚火を見つめる。その横顔にちらりと火の粉が跳ねた。
十時を回り、島は完全に闇に沈んだ。その頃、雷斗が立ち上がった。
「あ、俺トランプ持ってくるの忘れてた。小屋戻って見てくる」
「さっき私に言えば取ってきてあげたのに」
「走って取ってくるから、待っててくれ」
そう言って雷斗は懐中電灯を持ち、闇の中に消えていった。彼が戻る頃には、炭はほとんど灰になっていた。
雷斗が持ってきたトランプを囲み、俺たちは簡単なカードゲームを楽しんだ。その笑い声がこの静かな島を満たした。
しばらくして、雪菜が立ち上がった。
「私、颯太たちが泊まってる小屋の方、見てみたいんだけどいい? さっき颯太から本があるって聞いたから」
雪菜は高校の頃から本を読むのが好きだった。
「俺もついていくよ。一人じゃ怖いだろ」
「うん。ありがとう」
「私のときはそんなこと言わなかったくせに」
「それは正美が“平気”って言ったからだろ」
俺は思わず声を上げた。
「気をつけろよ。懐中電灯切れると真っ暗だから」
「分かってる」
時刻は十一時。俺と雪菜は頷き合い、小屋へ向かった。
小屋に着くと、雪菜はまっすぐ本棚の方へ歩いていった。
「俺、トイレ行ってくる」
「うん。でもいいの? あのトイレ、動物の死骸が置いてあるんでしょ」
「あるのは奥の個室のほうだから。小さいほうなら問題ない」
俺はトイレの方に向かった。
戻ると、雪菜は本棚の近くに座り、本を読み始めていた。
「面白そう?」
「うん……博士の研究資料みたい。ここで書かれたのかも」
ページをめくる音がやけに大きく響いた。
「俺、広場戻るよ。二人を心配させたくないしな」
長時間雪菜と二人きりでいると、また正美にどやされかねない。
「私はもう少し読んでいくね」
雪菜はそう言って本に目を落とした。
俺は懐中電灯を手に外へ出た。
時計を見ると一一時半前。
広場へ戻ると、正美が焚き火のそばで丸くなっていた。雷斗の姿はない。
「……雷斗は?」
「さっき、トイレ行ってくるって。まだ戻ってないの」
正美が火ばさみで灰をつつきながら答える。
火はほとんど消えかけており、風もないのに灰だけが小さく舞っていた。
しばらくして、池の向こうと反対側から、別々の方向に二つの光がゆらゆらと現れた。
一つは女子の泊まる小屋の方向から、もう一つは俺たちの小屋側から。
「おーい、待たせたな」
女子のほうから来たのは雷斗。その後ろ姿はどこか力が抜けていた。もう一つの光のほうからは雪菜が小走りで近づいてくる。
「腹、痛くなってさ……。全然おさまんなかったし、帰り道ちょっと迷った」
「道一本しかないのに迷うかよ」
「夜は方向感覚おかしくなるんだって」
そう言って、雷斗は苦笑した。
時刻は一時を少し回っていた。火を少しだけ起こし直し、再び四人で身を寄せる。あくびが出始めたころ、雪菜が立ち上がった。
「もう二時過ぎたね……。私、トイレ行ってくる」
「大丈夫? 一人で」
「平気。行って戻るだけだから」
雪菜は懐中電灯を手に歩き出した。静けさが戻る。火の音だけが夜を埋めていた。雪菜はトイレに行ってから二十分ほどですぐに戻って来た。そのあいだ、俺と雷斗は焚き火の火を絶やさないように炭を動かしていた。
空はさらに暗く、霧が薄く流れ込んでくる。
時計の針は相変わらず静止して見えたが、どこか呼吸のようにかすかに揺れている気がした。
雪菜が戻った後、四人は言葉少なに火を囲んだ。疲労と眠気が混ざり、時間の感覚が遠のいていく。
三時。
今度は正美が立ち上がった。
「ちょっと、雷斗たちの泊まってる小屋のほう見てくる。小腹すいちゃった。こっちには何もなかったけど、そっちの冷蔵庫には食材があったわけだから、なんかあるかもしんないしね」
「俺たちの分もとってきてくれ」
「全くあんたたちは…。はいはい。わかりましたよ」
正美はポケットからイヤホンを取り出して笑い、懐中電灯を手に夜の闇に消えていった。
三十分ほどして正美が戻ってきた。
「ふぅ、真っ暗すぎて方向分かんなくなるね」
そう言って焚き火のそばに腰を下ろす。
「なんも手に持ってないってことは何もなかったのか?」
「うん。小腹を満たせるようなものはなかった」
俺たちは今日の夕方に船がきて帰ることになる。食事はバーベキューで使ったものと、自分たちで持参した2食ちょっとしかない。残っているのは明日の昼分くらいだった。
それから、俺たちは明るくなるまで語り明かした。
昼間寝たせいか、眠気も疲労も感じない。
やがて空が白み始めた。
5
五時。
俺たちは寒さに耐えきれず、ようやくそれぞれの部屋へ戻った。
雷斗と部屋の前で分かれた後、ベッドに横になったものの眠れなかった。小屋の中は薄暗く、壁越しに聞こえる音もない。
俺は男子小屋の玄関前にある椅子で本を読みながら時間を潰すことにした。ここからは広場のほう池の縁から山の端までが一望できる。外は寒かったがこんな漫画の中にしかないような世界をぼんやりと眺める経験はそうそうないので時間がすぐに過ぎていった。
時刻は九時となり、早朝の静けさに、中学生時代の朝練に向かう道中を思い出す。
同じような灰色の空。空気が、世界を止めてしまったようだった。窓につく水滴が雨の知らせを連れてくる。
体を起こし、外に出た。湿った空気が肌にまとわりつく。まだ小雨のようだ。
曇天の下、島全体が静止している。ただ、遠くで潮が満ちるような、低い音だけが響いていた。
散歩のつもりで歩き出した。
池を回り、自分たちの泊まる小屋の裏手へ続く細い道に差しかかる。木の根が露出した地面を踏みしめた瞬間、視界の端に何かが見えた。
人の形をしたものが、土の上に倒れていた。
最初は誰かが眠っているのかと思った。だが近づくにつれ、違和感が全身を駆け上がった。それは、眠っている姿ではなかった。
首が切断されていた。
服装で、それが誰なのかすぐに分かった。
――早雲。
血の匂いはほとんどしない。俺はその傍らに、転がる首を見た。
長い髪。細い輪郭。その首の太さは体とは明らかに不釣り合いに見える。
それは――ひよりの首だった。
呼吸が止まる。喉の奥がひきつり、声にならない音が漏れた。全身が硬直したまま、俺は数歩あとずさった。
どれくらい立ち尽くしていたか分からない。
ようやく体が動き、俺は走り出した。
広場へ戻り、雷斗を探す。
「雷斗っ! 起きろ、早雲が……!」
寝ぼけ眼の雷斗が顔を上げた。
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「小屋の裏で……早雲が……死んでる。首が……」
早雲が…。俺はひよりの首を思い出しその言葉に吐き気すら感じる気持ち悪さを覚えた。
雷斗の表情から血の気が引いた。
「は? おい、颯太、何言ってんだよ……」
「見に来い。嘘じゃない」
自分の声が震えているのが分かった。喉の奥が焼けるように痛い。雷斗は無言のまま俺を睨み、それから重い足取りで歩き出した。二人で裏手へ回る。
そこに、早雲がいた。
土の上に仰向けで倒れ、首と体にはあるはずのない隙間があった。
血は乾き、傷口はまるで偽物のように滑らかだった。雷斗は一歩、二歩と近づき、息を呑む。
「……なんだよ、これ……。どういう……」
声が掠れている。その目がゆっくりと横に動いた。
そこに、転がっていた。長い髪が泥に張りつき、空を向いた首。細い顎。小さな口。
間違いなく、ひよりだった。
雷斗は一瞬、息を止めたまま動かなくなった。その肩がわずかに震え、やがて膝が崩れるように地面に落ちた。
「……ひより……なんで……お前……」
言葉にならない声が漏れる。頭を押さえ、何度も首を振っていた。俺は声をかけられなかった。どんな言葉をかけても無意味だと分かっていた。
胸の奥が空洞みたいに冷えていく。
しばらくの沈黙のあと、雷斗がかすれた声で言った。
「……行こう。ひよりの体を……探さないと」
涙を堪えた顔で、まっすぐ前を見据えていた。その横顔を見て、俺もうなずくしかなかった。
池の縁を回り、女子の泊まる小屋へ向かう。霧が濃く、湿った空気が肌にまとわりつく。靴底が泥を踏む音だけが響いていた。
朝の光は弱く、灰色の世界に何の温度もない。
そして――
小屋の裏に差しかかったとき、雷斗が小さく息を呑んだ。
足元の泥の上に、人の形があった。懐中電灯の光が照らし出したのは、倒れた体。
ひより。
「ああ…。やっぱり」
その首は、なかった。少し離れた草の上に、短髪の首が転がっていた。
早雲の顔。
雷斗はその場に膝をつき、喉の奥から呻き声を漏らした。吐き気を堪えきれず、うつむいたまま地面に手をつく。
俺は何も言えず、ただ空を見上げた。
灰色の雲。崖の上にそびえる巨大な時計。針は――動いているのか、それとも止まっているのか。
どちらとも、もう分からなかった。
6
息が苦しい。喉の奥に鉄の味が残っていた。
俺と雷斗は言葉を交わす余裕もなく、ぬかるむ地面を蹴って走った。霧が濃く、木々の影がゆらゆらと揺れて見える。
女子小屋が見えてくる。玄関の前で雷斗が叫んだ。
「雪菜! 正美! 起きろ!」
ドアを叩く。返事がない。
「おい、頼む、出てこい!」
もう一度叩くと、内側で布の擦れる音がした。ためらうことなく扉を開け放つ。薄暗い部屋の中、雪菜が眠たげな目でこちらを見た。隣の
部屋から正美が顔を出す。
「……どうしたの? こんな時間に」
「早雲とひよりが――死んでた」
言葉を吐き出した瞬間、部屋の空気が一変した。雪菜の手が震え、正美は顔を引きつらせたまま立ち尽くす。
「……は?」
「首を切られてた。俺と雷斗が見た」
口に出すたびに喉が締め付けられる。胸の奥が焼けるように痛い。
「嘘でしょ……?」
雪菜の声は震え、息のようにかすれた。雷斗は壁に手をつき、低く言う。
「本当だ。床にも血がなかった。……それに、首が入れ替わってた」
その一言で、正美が息を飲み、雪菜が顔を覆った。
「どうしてそんなことを……誰が……」
「分からない。でも外から来た奴じゃない。船も来てないし、通信も切れてる。この島にいるのは――俺たち四人だけだ」
雪菜が俯き、顔を上げる。
「……自分の目で確かめたい」
「やめたほうが……」
「見ないと信じられない」
雪菜の声は震えていたが、強い意志が宿っていた。正美も唇を噛みしめて頷く。
「行こう。私も行く」
四人で小屋を出て裏手へ回る。霧が裂け、泥の上に倒れた体が露わになった。
ひより――首のないその体の少し先、草に短髪の“頭”が置かれている。正美が足をもつれさせ、雪菜が口元を押さえた。
誰も声を出せないまま、俺は言う。
「部屋も見る。痕跡が残ってるはずだ」
俺たちはひよりが泊まっていた部屋へと向かう。扉を開けると、湿った空気が流れ出る。
中は整頓されたままだった。ベッドの上の布団が少し乱れている。窓は内側から鍵がかかっている。正美が震える指で布団をめくり、短く息を呑んだ。
「……これ」
ベッドの上、被せられた布団の中に銀色の金属が覗いていた。引きずり出すと、油の匂いが鼻を刺す。錆のないチェーンソー。燃料タンクの蓋には、手の跡が残っていた。
「……まさか、これで」
雷斗が呟く。
「切られたのか?」
雪菜が言う。
「可能性は高い。……でも音は?」
「聞こえなかった。距離を考えれば聞こえなくてもおかしくはない」
俺は部屋を見渡した。
血の跡はない。壁も床も、きれいすぎるほどに異常はなかった。
まるで何も起こっていないみたいに。
「……ここで絞められたんだ」
「絞められた?」
「そうだ。暴れた跡がない。抵抗したなら何かしら痕跡があるはずだ。でもない。つまり、眠ってる間に首を絞められた。それならシーツの乱れしか残らない」
「それから布団をかけて……チェーンソーで切った」
雪菜が小さく呟く。
「ああ…。返り血を浴びないように」
「……そんな、冷静にできるわけない」
俺たちは沈黙のまま部屋を出た。男子小屋の裏。土の上に早雲の体。少し離れた草に、長い髪の頭。喉がきしむ。男子小屋へ。早雲の部屋に向かう。
扉を開けると、空気がひどく冷たい。ベッドの横、壁際に一台のチェーンソーが置かれていた。ひよりの部屋のものと同じ型。刃先には、細かい白い繊維が絡まっていた。
布団の端の切れ端のように見える。
「……布をかぶせて切ったんだ」
俺が言うと、雪菜が頷いた。
「首を絞めて殺してから、布団をかけて切る。そうすれば血は飛ばない」
「床に血が落ちてなかったのも納得だ」
雷斗はベッドの端に座り、震える声で言った。
「……でも、どうして首を入れ替えたんだ? 何の意味がある?」
その言葉に、全員の視線がぶつかる。
確かに。
どうやって、なぜ。二人の首を入れ替える理由が見えない。
しかも、もう一つ大きな疑問が残った。もし犯人が俺たちの中にすると、どうやって首を移動させた?広場の反対、この島の八時から一二時の位置には人が通れるような道はない。つまり、小屋を移動するには広場を通るしかない。でも、みんなが広場に戻ってくるときにそんなものは持っていなかった。
俺は早雲の体を見つけるまで、小屋の前にずっといた。もし広場のほうから人が来れば気づくはずだ。俺はそのことをみんなに話した。
「……どうやって動かした?」
雷斗も俺の同じことを考えていたようだ。
「広場を通る以外には考えられない」
「でも、そんな大きなもの持って帰ってきた人いなかったよ?颯太もみんなが分かれた後男子小屋の前を通った人はいないって言ってるし」
正美が答える。
「普通のやり方じゃない」
その言葉が落ちた瞬間、外で金属がこすれるような低い音が響いた。
まるで、それが答えのように。
全員が反射的に窓の外を見た。崖の上。灰色の空の下――巨大な時計の短針が、ゆっくりと十を指していた。
針の表面は昨日よりも濃く、赤黒く染まっている。それは血の色のようで、けれど血ではなかった。
ただ、不気味に脈を打つように、わずかに震えているように見えた。まるで、この島そのものが、静かに息をしているように。
7
「こん中に犯人がいるにせよ、いないにせよ夕方には船が来て、警察と連絡がつく。俺たちはもう固まってるだけでいいんじゃないか?」
確かに雷斗の言ってることはもっともだ。
「でも、犯人はどうやって首を池の上の時計を挟んで反対に持ってたんだろ?秘密のボートでもあれば広場を通らなくて済むけどそんなものなかったよね?」
雪菜はか細い声で話した。
「池を泳いできたってのはどうだ?この距離ならいけなくもない」
「それが本当だとしたら島に他の奴がやったってことで決まりだろうな。広場でみんな一人になるタイミングはあったけど濡れてるやつはいなかった。それに状況的に考えて往復しなきゃいけないしそんな時間もなかったしな」
「ならそういうことだって。川の流れはほとんどないし、島に潜んでるやつがやったんだよ」
雷斗の言葉に反応して雪菜が突然呟いた。
「川の流れにのって…」
「どうかしたか?雪菜」
「ちょっとお昼までに試したことがあるんだけどいい?」
「試したいことって何?」
「ついてきて」
時刻は十二時、俺たちは女子小屋の前の池の外縁にきた。
「ここに余った炭を詰めた袋がある」
そういうと雪菜はその袋をそっと池の中に入れた。
「そんなことして何になるんだ?」
「この場所に目印をつけて、とりあえず2時間待ってみよう」
ちょうど二時間がたち、俺たちはさっき雪菜が袋を入れた場所に戻って来た。
「あれ入れた袋は?」
俺は目の前の光景に目を疑った。雪菜の入れた袋が池の縁をそうように広場のほうに移動している。
「やっぱりこの池には流れがあったってことか?」
雪菜はこの場所にも目印をつけ、さっき目印を付けた場所と今炭が入った袋がある場所の大体の距離を歩幅で測り始めた。
「もう二時間待ってみよう」
時刻はきっかり二時間後、帰りの船が島にくるまであと2時間となった時。俺たちは池の方を見に行くと、予想通り袋は移動していた。雪菜はまた同じように距離を測り始めた。
「やっぱり…」
「何か分かったのか?」
「二時間たって袋が移動した距離は最初の二時間と後の二時間全く同じなんだ」
それが意味することが俺には分からなかった。
雷斗も正美も何も言わない。
「流れる速さが一定だったらそういうことも起こりえるじゃないか?」
「でも、こうも考えられない?この島のほうが動いてるって」
8
俺は雪菜の言ってる意味がさっぱり分からなかった。
「仮説でしかないけどこの島が時計の周りを回転しているとしてもこの状況は説明できると思うの」
「そんなことって可能なのか?この島、そんな動かせるほどちゃちなもんじゃないだろ」
俺は雷斗の意見に賛同するしかなかった。
「でも、そういうふうにとれる根拠が何個かあるの。まず、なんでこの島自体が動いてるなんて考えになったか。それはあの時計を構成してる短針の先端」
俺たちは四時となった今、先ほど雪菜が池に入れた袋の移動もあり俺たちは広場、つまり短針のすぐ近くに集まっていた。
「長針は先端に色なんてついてないのに、短針の先端は茶色になってるように見えた。あの先端の色最初は茶色に見えたけどもともとは赤だったんじゃないかな。あれは、方位磁石の先端部分のようなもので、私たちは短針がまるでちゃんと動いているように回転してる。方位磁石を使う時みたいに赤い先端。つまり短針はずっと北を向いたまま動かずに固定されていたんだよ」
俺は黙って聞くしかできなかった。
「長針がどうやって短針とかみ合うように動いていたかは分からない。私たちはみんな時計を持っていたから池の上の時計の時刻をちゃんと確認するようなことはしなかったからね」
皆が呆然とする中、雪菜は話をつづけた。
「そしてこの雲もそう思った根拠の一つ。私たちが回転していれば、空の太陽を見れば気づいたはず。でも私たちがこの島についてから天気はずっと曇りか雨だった。それが私たちを惑わせたんだよ」
確かに、俺たちが来てからこの島で太陽を見てはいない。雪菜の突拍子もない仮説が真実味を帯び、得体のしれない恐怖が浮かび上がってきた。
「雪菜の言い分は分かった。でも、それが本当だとして今回の殺人にどう関係してるんだよ?」
雷斗は雪菜の言いたいことを見定めているようだ。
「私は犯人はこの事実を知って犯行に及んだんだと思う。私は犯人はひよりと早雲の首を切断した後、それぞれの小屋の前に、いや小屋が首の前に来るように池に入れたんだと思う。「袋に空気を入れて浮かせ、布で包んで外から見えにくくする。反対の岸で回収。頭部も濡れずにできる」」
「この考えがあっているなら犯人は絞れるはず」
「絞れるって…どこから…?」
この得体のしれない恐怖、それは雪菜の説が本当なら犯人はこの中にいても成立してしまうのではないか、そこからくる恐怖だったのかもしれない。
俺は昨夜の行動を頭の中で並べ直す。
九時半、正美は女子小屋へトイレに向かった。
その間、俺と雷斗と雪菜の三人は広場に残って火を囲み、正美が戻ってきたのは三十分ほどあとだった。
十一時前、雷斗が「トランプを忘れた」と言って男子小屋に戻った。
二五分ほどして雷斗が広場に戻り、そのしばらくあとに雪菜が「男子の小屋に本を見に行く」と言って出ていった。
俺は雪菜を途中まで送って男子小屋まで同行し、彼女が本を読み始めたのを確認してから、十一時半ごろ広場へ戻った。
そのとき、広場には正美だけがいて、雷斗は再びトイレに行っていた。
日付が変わって一時すぎ、雪菜が「トイレに行く」と言って女子小屋へ向かい、十五分ほどで戻ってきた。
そのあいだ、俺と雷斗は広場に残っていた。
そして三時。
正美が「小腹がすいたから男子小屋の冷蔵庫を見てくる」と言って立ち上がり、懐中電灯を手に出ていった。
戻ってきたのは三十分後、三時半。両手は空のままだった。
その間、俺と雷斗と雪菜の三人は広場から動いていない。
――つまり、三時から三時半までのあいだ。
俺たち全員の行動が完全に重ならない時間が、そこだけにある。
雪菜が低く言う。
「“ひより側”から浮かせたものは夜の間に岸が入れ替わる。三時ごろ男子小屋側で回収できる。逆も同じ。三時半ごろに早雲の頭を池に入れておけば私たちが解散した後九時半頃に回収することができる」
視線が正美に集まる。
正美は小さく息を呑み、唇を震わせた。
「ちょっと待てよ。三時に行ったのは、食べ物を――」
「でも戻ったとき、両手は空だった」
俺は思わず、雷斗が正美をかばうのを遮ってしまった。
雪菜は淡々と続けた。
「夕方、正美は『ピアスを池のほうで落とした』と言って離れた。あのとき、この島が動いてることに正美も気づいたんじゃない?」
「半信半疑だったけどね。こんなにうまくいくとは思わなかった」。
9
「どうしてこんな首を入れ替えるなんて意味不明なことしたんだよ」
雷斗の言葉に正美は困った風に返した。
「中学時代から私とひよりは中がよかった、高校になって雪菜も仲良くなったけど、私はひよりに友達以上の特別な感情を抱くようになったの。でもひよりには早雲っていう彼氏ができて幸せそうに見えた…。昨日まではね」
話が見えてこない。みんな黙って正美の話の続きを聞いた。
「私が昨日トイレに行ったとき、ひよりの部屋に行ったの、呼んだんだけど返事がなくて、寝てるのかなと思って部屋に入ったらひより倒れて息をしてなかった。多分睡眠薬を過剰に飲んで…」
「え…」
ひよりの部屋にはそんな形跡はなかった。恐らく正美が証拠を隠したのだろう。
「なんでそんなことをしたのか分からなかったけど、机の上にあった遺書なのか日記なのかもわからない紙に書いてあることを見て分かった。早雲はいい奴なんかじゃなくて最低なおとこだったのよ。
「それを見て、私は早雲への憎しみに耐えられなくなった。そんなときに昼間のピアスのことを思い出したの。別に島に警察がきて、どうせ私が犯人だっていう証拠が見つかる。それからなら、捕まってもよかった。でも、この島にいる間みんなの目が殺人鬼として私を見るのは耐えられなかったの」
「だからこんな紛らわしいことを…」
「雪菜がいったことは全部正しいわ。でも、私が二人の首を入れ替えた理由はそれだけじゃない、私ゆがんでるんだ…。ひよりを私の望む体にしたかった」
「それって…」
正美は自分の歪んだ願望のために、ひよりと早雲の死体の首を切断した。例え最愛のひよりの体をもて遊ぶようなまねをしてでも。
「もういいだろう。警察を待とう」
島の時計は俺たちの話など意に介さずに決められた時を刻んでいる。こうしてこの島での物語は幕を閉じた。
死体遊戯 雪音 @snow_sd
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