黄金坑の囚人
をはち
黄金坑の囚人
南朝の長慶天皇が隠れ住み、金山を開いたという古い伝説が、津軽の山奥に残る。
場所は長慶森と呼ばれる深い森。
そこには古い坑道の跡が口を開け、苔むした岩肌が湿った息を吐き、訪れる者を神秘的な闇で包み込む。
弘前市相馬地区と秋田県大館市田代地区の県境に位置すると噂され、長慶金山として村人に語り継がれている。
かつて坑夫たちを生き埋めにしたという衝撃的な話が囁かれ、村人たちは決して口外しない。
過疎が進み、両村には老人しか残っていない。
稀に黄金伝説に惹かれて若者が訪れても、一目で何もないと悟り、すぐに消え失せる。
そんな村に、岸辺太郎という青年が金を探してやってきた。
二十代半ばの都会育ちで、失業の末に古い地図を頼りに山道を登った。
村の入り口は朽ちた鳥居が傾き、雑草が道を覆う。
家々は板戸が剥がれ、風が隙間を不気味に鳴らす。
太郎は空腹にこらえつつ、老人たちに声を掛けた。
「あの、黄金の話、聞かせてもらえませんか?」
老人たちは無言で顔を見合わせ、皺だらけの手で山を指した。
太郎は一人で森へ入る。
木々が密集し、日光がまばらに落ちる。やがて、岩肌に開いた穴を見つけた。坑道だ。
中から金属の音が響く。
覗くと、老人たちが数人、ツルハシを振るい、金色の欠片を掘り出していた。
腰は曲がり、息は荒いが、目は異様な光を宿す。
太郎は声を上げた。
「じいさんたち、大変そうですね。俺も手伝いますよ。金、俺も欲しいんです」
老人たちは驚いた様子で振り返り、すぐに頷いた。
「おぉ、若い者が来るなんて珍しい。歓迎じゃ。混ざれ、混ざれ」
太郎は喜んで加わった。岩を運び、土を崩す。
老人たちの手は震え、力仕事は骨身に応える。
太郎の若い腕が加わると、作業は捗った。夕暮れには村の広場で酒宴が開かれた。
焚き火が赤く揺れ、焼酎が回る。
老人たちは笑い、歌い、太郎を囲んだ。
「黄金はここにある。運べば富だ」
太郎は酔い、満足げに眠りに落ちた。
朝、目覚めると首に冷たい鉄の首輪が嵌まり、足には重い足かせが鎖で繋がれていた。
体は動かず、頭が痛む。
薄暗い洞窟の奥。湿った空気が肺に染み、苔の臭いが鼻を突く。
「若いの、よう醒めたな」
声の主は、性別不明の瘦せた老人だった。
おかっぱ頭がぼさぼさで、ムツゴロウのような顔に皺が刻まれ、目は窪んで光る。
手には木製のバット。胸に笛を下げている。
「わしは高山ハツ。この山でお前らみたいなのを指導する。以後、先生と呼べ」
太郎は混乱し、声を絞り出した。
「はい…先生」
ハツは満足げに頷き、洞窟を進むよう命じた。
足かせがじゃらじゃらと音を立て、鎖が皮膚を擦る。痛みが走るが、従うしかない。
やがてハツは笛を口に当て、鋭く吹いた。
「ピーーー!」
洞窟の奥から、足音が一斉に響いた。
男たちが現れる。皆、首輪と足かせを付け、目は虚ろ。
肌は土と汗で汚れ、髪は伸び放題。二十人、いや三十人か。じゃらじゃらという鎖の音が、洞窟を満たす。
ハツの目が一人の男に止まった。
「おい、お前! いつもぼんやり口を開いてる奴。そう、お前だ!」
男は慌てて近づくが、歩く速度だ。
「駆け足集合の笛だろ! 歩いてきたな、お前」
「いえ、距離が近かったもので…」
「意見は聞いとらん。この笛は何だ!」
「駆け足集合の合図です」
「前に来い」
「はい」
ハツはバットを振り上げ、男の尻を狙う。
「ケツバット二十発だ。いーち! にー! …十九、二十!」
男はよろよろと崩れ、痛みに顔を歪め、意識が薄れる。
洞窟の壁に反響する打撃音が、骨を震わせる。
ハツは息を吐き、皆を見回した。
「いいか、お前らは平成生まれだろ。あの時代は最悪だ。昭和の頃は、殺さなきゃ何をしても許された。
ケツバットを平成にやったら、教育委員会から首だ。ふざけんなっての。お前らもそう思うだろ?」
男たちは揃って叫んだ。
「はい!」
「おお、いい声だ! 今日から新入りだ。面倒見てやれ」
太郎は震えながら加わった。
ここは高山ハツが支配する坑道。
いや、その背後には誰かがいる。影の存在。
金は掘られ、上へ運ばれる。それがどうなるかは知らない。
ただ、死ぬまで働かされる。黄金の輝きは、鎖の冷たさと痛みの記憶に変わる。
長慶天皇の伝説は、永遠の呪いとして森に息づいていた。
太郎の叫びは、昭和という教育の闇に、何事も無く消えていくのだ――。
黄金坑の囚人 をはち @kaginoo8
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