言の葉の山
藤泉都理
言の葉の山
凛と降る雪のように冷たい純白の短髪。
熟れる林檎のように美味しそうな真っ赤な瞳。
微笑む赤子のように愛くるしい垂れ目。
神獣のような野性味を帯びた神々しさを纏う小柄の体形。
鏡から出て来た十代の少年の外見をした
今日は十一月十一日。
毎年この日は、神楽は丸一日間昏々と眠り続ける。
常ならば鏡の神である斉耶に分け与える力は制御できて共に活動できるのだが、鏡の力が強まってしまうこの日は制御できずに眠り続けてしまうのである。
「悪い。行ってくる」
斉耶は神楽の頭を優しく撫でてのち、部屋を、そして一軒家を背に歩き出した。
首を傾げるような半月が浮かぶ夜空の下。
厳かに一歩また一歩と。
神楽と斉耶の相棒である九尾の妖狐を助ける為に。
黄色のかつら。
橙色のいろはもみじ。
紅色のそめいよしの。
紫色のなんきんはぜ。
薄桃色のさざんか。
はらはらと、
九尾の妖狐を助けようとしているのだろうか。
はらはら。
はらはら。
はらりはらり。
凪の中、絶え間なく、緩やかに、紅葉と花びらが舞い散り続けては、九尾の妖狐が蹲る一か所に優しく積み重なっていく。
はらはらと、
はらはら。
はらはら。
はらりはらり。
九尾の妖狐が守護する山の中。
斉耶は紅葉と花びらを舞い散らせ続けてくれる植物たちに感謝の言葉をかけたのち、こんもりと紅葉と花びらを纏い山を形成する九尾の妖狐の
応えはないと分かってはいた。
山を守護する九尾の妖狐。
優しく気高く責任感の強い妖怪。
時に人間から、時に自然から発生しては中てられ苦しむ妖怪から引き剥がしては自らの身の内に瘴気を溜め込んで溜め込んで溜め込んだ結果、瘴気を浄化する事ができず自らが苦しむ事になる。
斉耶も神楽も瘴気を引き受け過ぎないように再三注意しても辜月は聞く耳を持たずないがゆえに、辜月が限界を迎える前に、神楽は舞で浄化をし、斉耶は鏡で浄化をしてきたのだが、今回はよほど強い瘴気を一気に引き受けてしまったのだろう。
早くも限界を迎えてしまった辜月に対し、こちらも限界が近いと腸が煮え繰り返る斉耶であった。
「神楽はおまえの性分だ仕方ないと微笑むだけだがな。私はもう受け入れきれないからな」
斉耶は紅葉と花びらで埋もれて辜月が見えないながらも、的確に胸倉を掴んでは一気に引き寄せた。
はらはらと、
はらはら。
はらはら。
はらりはらり。
黄のかつら。
橙のいろはもみじ。
赤のそめいよしの。
紫のなんきんはぜ。
薄桃のさざんか。
紅葉と花びらが舞い散り続ける。
首を傾げる半月が雲に隠れながらも、不思議と神秘を纏う光が絶える事はなかった。
「………すまない。手間をかける」
「ああ。まったくその通りだな」
厳かに波打ちながら光る銀色の長髪、衣に隠された部分の鍛え抜かれた長身の肉体は傷だらけにもかかわらず、傷一つ刻まれておらず透き通るような肌を保たれている美しくも雄々しい顔立ちと長い手指。
金色の瞳を漸く見せた辜月の胸倉から乱雑に手を離した斉耶は今、辜月と同じ姿形になっていた。
「………手間をかけさせておいてこのような事を願い出るのは烏滸がましいと重々承知しているのだが言わせてもらう。我の姿ではなく常の姿に戻ってほしい」
「無理だな。おまえが貪った瘴気が強大過ぎて戻る事はできない。鏡の力が強まる今日この日を以てしてもな。少なくとも半日はおまえの姿のままだ。このまま傍に居てやる。思う存分おまえを見て反省しろ」
「………すまない。心配をかけた」
「神楽が愛する山を守護しているからおまえに助力している。すべては神楽の為だ。おまえの為ではない」
「まことの言の葉か?」
「………」
「我の為ではないのか?」
「………」
「斉耶」
「私は神楽を守護する者。おまえの為に動いた事など一度もない」
「………斉耶」
「山を守護さえしていなければ、さっさと神楽に見捨てさせるものを。山を守護して、神楽の視線を奪う。言葉を奪う。笑顔を奪う。おまえは本当にずるいやつだ。私から神楽を奪うとは」
「我が本当に神楽を貴様から奪おうとしていると考えているのか?」
「………」
「我が本当に奪いたいのは、貴様だと。知っておるのだろう?」
「知っているから何だ? 何も変わらない。私は神楽を守護し続けるだけだ。おまえは瘴気を貪ってすぐに死にかけて、私と神楽に助けられ続けるだけだ」
「………」
辜月と立って相対していた斉耶は舌打ちをした。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするな。おまえの心など、私だけではなく神楽も重々承知している」
「………まことか?」
「ああ」
「………そうか。我の気持ちは言の葉がなくとも貴様に伝わっておったのか」
「安心しろ。おまえから無意識に放たれ続ける心は、火を放って消し炭にして空へと撒いてなきものにしてやったから、私の心に一切合切積もる事はない」
「………手厳しいな」
「ッハ。言の葉を口に出す勇気もない臆病者に靡いてたまるか」
「まったくその通り………」
辜月はやおら目を見開いた。
「斉耶」
「ッハ。おまえの姿形をした私を口説けるのか?」
「口説ける」
辜月は素早く斉耶の両の手を包み込んでは顔を近づけた。
「口説ける」
「………」
雲が退き再び姿を見せた半月よりもなお、神々しさを以て煌めく辜月の金色の瞳から目を逸らしはしなかった斉耶。好きにしろと言いたくなる唇を御しては、ふざけるなと言の葉を紡いでは、辜月の高い鼻に思いきり歯を食い込ませてのち、身を退かせた。
「斉耶」
「神楽の前で堂々と言ったら考えないでもない」
「まことか?」
「ああ」
「では。神楽の前で貴様を口説く。よいな」
「ああ」
辜月は厳然たる表情を僅かにゆるめてのち、自身の両の手で包み込んだ斉耶の両の手を額へと強く押し当てて、必ず口説くと言ったのであった。
翌日。
「瘴気を貪り自分を大切にせずみんなに心配をかけてばかりで僕と斉耶の手を煩わせてばかりの九尾の妖狐との交際を認めるわけないでしょう」
「神楽の許可が出ないのならば仕方ないな。諦めろ」
「………」
柔和な微笑を浮かべたままの神楽と素っ気ない態度を取る斉耶を前に、改めるので見ていてくれと言の葉を絞り出す事しかできない辜月であった。
「斉耶。必ずや山の守護者に相応しい不動のものになり、貴様を口説く」
「是非そうしてください。ね。斉耶」
「ああ。その日が来るのがいつになるのか楽しみだな。神楽」
「見ていてくれ。必ずや」
(2025.11.12)
言の葉の山 藤泉都理 @fujitori
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