まえがき 「鉄路断章」 ――祈りとしての記録――
秋定弦司
まえがき「線路に立った者の記録」
この本を開いてくださったあなたへ。今、あなたの周りに少しでも静かな空気があるのなら、どうかそのままで読み始めてください。ここに記す言葉は、拍手も賛美も求めていません。ただ、鉄と風と祈りの中で過ぎていった時間を、そっと置いておきたい――それだけの願いから生まれたものです。
私は、ある鉄道会社で列車見張員、そして工事管理者として三年間、線路のそばに立っていました。さらに、運転取扱補助員として列車の発着に携わった時期や、駅の営業子会社で働いた日々を合わせると、鉄道という場所とは通算六年ほどの関わりがありました。まだ空の色が夜と朝のあいだにある頃、作業靴の底に残る冷気を確かめながら現場に向かい、線路の上に立つたび、心の中でそっと小さく祈っていました。今日も、何事もなく終われますように、と。
真横を、時速百三十キロの鉄の塊が駆け抜ける。その風圧で身体が揺れ、旗の布が小さく震えます。油と鉄と、まだ夜の残り香のような冷たい空気。それが私にとっての朝でした。何度も死の気配を感じながら、それでも一度も「列車防護(列車を止めるための合図や装置、手順を使って、列車に「来るな」「止まれ」と知らせる行為)」を行う事態には至らず、作業員全員が無事に帰宅できました。あの三年間で何より誇りにしているのは、私ひとりが無事だったことではなく、「誰ひとり取り残さなかった」という事実です。
作業が終わると、同僚や工事管理者と缶コーヒーを分け合い、ときには笑い合いました。その笑いは、ふざけた冗談のように見えて、実は「今日も生きてここにいる」という小さな報告であり、祈りが形になった瞬間だったのだと思います。
線路を離れて二十年が経とうとしています。それでも夜、夢の中でレールのそばに立つことがあります。目覚めると、胸の奥に少し冷たいものが残っています。あの夢は懐かしさではなく、祈りの続き、あるいは祈りがまだ終わっていないという知らせなのかもしれません。
ここでひとつ、お願いがあります。私は「旅客営業制度」や「○○系電車」といった知識には疎く、語れることもほとんどありません。私が知っている鉄道は、レールと枕木と白旗、そして人の命の重さが交錯する、地上のほんの少しの場所だけです。語らないと決めたこと、墓場まで持っていくこともあります。どうか、それ以上を求めないでください。
そして、もうひとつ大切なことを伝えさせてください。
――私は「触車人身事故」について、自ら語ることはありません。語る資格があるとも思いません。それを軽く語ることは、亡くなった方やご遺族、そして今も線路に立つ人たちへの祈りを踏みにじることになるからです。
もし尋ねられても、私が返すのは沈黙です。その沈黙は拒否ではなく、祈りであり、せめてもの敬意です。
この書は、誰かを断罪するためのものでも、正しさを振りかざすためのものでもありません。ただ、誰にも聞こえない場所で交わされた祈りや沈黙を、そっと置いておこうと思っただけです。もしあなたが読み終えたとき、ほんの少しでも「誰かが今日も無事でありますように」と思ってくださるなら、それ以上の望みはありません。
そしてどうか、線路のそばに立ち続けるすべての人が、明日も無事に帰ることができますように。長い祈りのような願いを込めて。
秋定 弦司
まえがき 「鉄路断章」 ――祈りとしての記録―― 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX
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