No.1 Girl

真田紳士郎






 ステージに出た瞬間、自分が透明人間になった気がした。


 六人組のアイドルグループに対して客席のペンライトは五色。

 私の担当カラーである白のペンライトを振ってるファンは一人も居ない。客席からの目線、誰も私のことを観ていない。まるで私なんてステージ上に居ないみたい。透明な存在だ。

 平静を装ってパフォーマンスしながらも、あちゃー今日は自分推しのファン、ゼロ人の日だったかー、たしかに告知に『行くよ』ってコメントなかったもんなー。と心の中はざわついていた。

 そんな状況だから当然私の歌うパートでも、


『……』


 はい、無いですよね。そりゃそうですよね、だと思いました。

 歌ってもコールは無いし踊っても誰も観てくれてない。心からみるみる自信が漏れ出ていく。ダンスする身体の輪郭もおぼろげで透き通っていくかのようだった。

 いっそこのまま袖に逃げ込みたい気持ちをぐっとこらえてステージに踏みとどまる。


『アユミー!!』

『メルちー!!』

 

 半年前に新メンバーとして加入したアユミとメルのパートでは大きなコールが起こってる。後輩にすら追い抜かれてる現状、きつい。

 ツーコーラス目からは哀れに思ったのか、他推たおしのファンの人たちが私のパートで『はるかー!』と叫んでくれた。ありがたい。ありがたいけど優しさが傷口に沁みます、タハハ。って笑い事じゃないや。




「笑い事じゃないって分かってるよね?」


 対バンライブ終わり、事務所のレッスン場に戻ってからマネージャーさんにお叱りを受ける。


「あなたもうすぐステージデビューして三年なのよ。それなのに今日みたいな日があったらダメでしょ。あなた目当ての動員はずっと低空飛行が続いちゃってる。その認識あるよね?」

「……あります」


 私たち地下アイドルは『ライブアイドル』とも言われる。主な活動がライブ出演だからだ。一カ月のライブ本数は二十本近くある。そうなると、自分推しのファンが不在の日も出てしまうのだ。


「自覚があるんだったら努力してください。もっと『はるかちゃんに会いに行きたいな』『はるかちゃんのために時間とお金を使いたいな』ってファンの人たちに思ってもらえるアイドル像を模索して実践してください。後輩のふたりはそれが出来てますからね」


 やっぱ後輩を引き合いに出して詰めてくるかー、きっつー。

 私は私なりの『可愛い』を追求しているつもりなんだけど、その成果はまだ数字には表れていない。

 そのあともチェキや個別グッズの売り上げが悪いことなどをひとつひとつ指摘されては平謝りするばかり。


「もうこれ以上アレコレ言わせないでね。それじゃあ、よろしくお願いします」


 マネージャーさんからのお説教が終わり、去っていく彼女の背中にもう一度深々と頭を下げる。

 オーディション審査の時にあの人が強く推薦してくれたから私はアイドルになれた。人気が低迷したままで居るのは私だけじゃなく彼女の立場まで悪くしてしまう。それはさすがに申し訳ない。

 なんとかここから脱却しなくては! と顔をあげた瞬間、後輩のアユミとメルが目の前に立っていた。


「うっわ、気まず。お疲れ様です」


 アユミは思ったことがすぐに口から出るタイプ。アイドルになる前はコンセプトカフェの店員として人気だったらしく、その頃のお客さんも現場に通っている。


「……ッス」


 もう一人のメルはストリーマー? だっけ。配信で人気だったらしい。こちらもその時代からのファンをガッチリつかんだままアイドルになった。彼女はファンの少ない私のことを見下しているようだった。


「ごめんなさいはるかさん。あたしとっさに変なこと言っちゃった」

「ううん、いいんだよアユミちゃん。聞こえちゃった? なんかごめんね」

「いえいえ、今来たところだから全然。ま、いろいろありますよね」


 いや絶対聞こえてたでしょ。


「あ! あたしら今からコンビニに行きますけど、はるかさん、何か欲しいものとかあります? よかったら買ってきますよ?」

「今はとくにないかな、大丈夫。ありがとう」


 思ったことがすぐに口から出るアユミは気遣いの鬼でもある。そういう可愛げが人気なのだろう。

 ずっと彼女の後ろで黙っていたメルがずずいと私のそばに寄ってくる。


「あの」

「なにメルちゃん」

「前から言いたかったんすけど、はるかさん、もっとしっかりしてもらえます?」

「……えっ」


 メルは上目遣いながらも攻撃的な視線で私を刺してくる。


「はるかさんのオタク全然現場に居ないし、チェキだって全然撮ってもらえてないじゃないすか」

「ちょっとメルち」

「いいから。もうウチらの方がオタク多いし、売り上げもある。正直、はるかさんみたいな人を先輩扱いするのこっちもしんどいんすよね」

「……うん。ごめんね、メルちゃん」

「や、別に謝ってもらいたいわけじゃないんすけど、今のままだと先輩、ウチらの売り上げにタダ乗りして活動してるようなもんじゃないすか」


 何も言い返せなくて黙ってしまう。


「仕事選んでる場合じゃないんじゃないすか」


 メルは吐き捨てるように言葉をぶつけてきた。

 おそらく彼女は、事務所からの水着仕事の打診を私が断ったことを言ってるのだろう。アイドルには水着姿の需要があるのは分かっているし散々悩んだけど、どうしても私は水着で人前に立つ仕事を受けることが出来なかった。


「ごめんなさいはるかさん、メルち勝手にキレてて。あたしからよく言い聞かせておきますから。ね、もう行くよ」


 アユミはおさまりのつかないメルを抱きかかえるように引っ張ってその場を通り過ぎる。

 階段を降りていく足音が聞こえる中、


「名乗れば誰でもアイドルになれるわけじゃねーから」


 メルの私への言葉が響く。

 名乗れば誰でもアイドルになれるわけじゃない。

 その通りだ。

 私を推してくれるファンの人たちが居なきゃ、私はただの自称アイドルなんだ。

 何も言い返せない。


 ウチは事務所内の先輩後輩・上下関係についてあまり厳しくない。そのため、どうしても売り上げ重視というか、人気のあるメンバーの発言力が強い傾向にある。本当なら後輩の態度が悪かったら先輩として注意するべきなんだろうけど、ファンの少ない先輩からの言葉なんて聞く耳を持ってもらえない。

 それに彼女たちの前職であるコンカフェと配信。きっとシビアな数字の争いを勝ち抜いて今のふたりがあるんだろう。彼女たちに比べたら私はアイドル事務所に所属できただけで安心して、のほほんとしていたのかもしれない。


 もっとしっかりしなきゃ。

 あんなことを言われてるようじゃ……。

 ううん。そうじゃない。

 後輩にあんなことを言わせちゃいけない。

 きちんと尊敬されて見上げられる先輩にならなくちゃ。

 レッスンの後にはファミレスでアルバイトがある。




 目を覚ましたら家を出る時間だった。

 ヤッバ、完全にやらかした。

 アルバイトから終電で帰宅していつの間にか寝落ちしてしまったらしい。夜の配信もできなかった。アラームを止めた記憶もない。そんなことより早く準備して出なくちゃ。ライブに間に合わなくなっちゃう。急いで……。

 ほんの一瞬、頭の中に悪い考えがよぎる。


 体調不良だって嘘をついて休んでしまおうか。


 今日のライブの告知にも行くよのコメントはついてない。それでもライブに行くのか。また私のパートだけ静かなライブに立つのか。ファンのライブレポで私の名前を見ることは少ない。後輩にはお荷物扱いされている。昨日のアイドルとしての売り上げ(チェキバック)は千円程度。ファミレスでは六千円稼いだ。私はなにをしているのだろうか。やりたいことでお金を稼ぐ、ご飯を食べるってなんて苦しいんだろう。覚悟していたつもりだったけど、文字通りでしかなかった。ここまで苦しいとは思わなかった。肌を露出してでもファンを掴まなきゃいけない。いや本当は怖いだけだ。水着になること以上に、水着になっても不人気のままだったら。それが怖かっただけなんだ。いっそのことただのフリーターになったらどんなに気が楽だろう。二度寝して次のバイトの時間までまったりしようか。夕方のドラマの再放送も観放題だ。アハハ。スマホを持つ手、事務所に電話をかけようか悩む。私を推薦してくれたマネージャーさんのあの時の笑顔と昨日の眉間の皺が思い浮かぶ。何が正解なのか。アイドルとしての自分を観て欲しいが観てもらえない日も多い。すべては私の魅力不足、自己責任だ。スマホ画面を見つめる。指先が震えている。今日逃げたら終わり、自分でも分かる。アイドルやりたくて滋賀から出てきたのに、こんな終わり方でいいのか。終われたら楽になれるのかな。スマホ画面に指先が伸びていく。こんなことはしたくない。苦しい。自分でも苦しいのは分かってる。こんなことはしたくない。でも今はこうするしかない。

 私の決意は固まった。

 スマホに入れておいたタクシー配車アプリを私は初めてタップした。




「はるかさん、汗すごいですよ。大丈夫ですか?」


 ライブハウスの楽屋。アユミは持ってるハンディファンで私に風を送ってくれる。ハンディファンは私たち地下アイドルにとってはいまや必需品だが、焦った私は家に忘れてきた。タクシーを使ったとはいえ、準備はバタバタ会場についてからもバタバタで、汗で衣装がはりついていた。


「はるかがギリギリなんて珍しいねー。もっと余裕もって来ようなー」


 おおらかな先輩メンバーが私のドジを笑いにしてくれて空気がなごむ。

 アユミも気遣ってくれるし、メルは何か言いたそうだったが他の先輩メンバーの手前、黙っているようだった。

 今朝の私、愚かなことをしなくてよかった。私のことを受け入れてくれてるメンバーも居る。ここには私の居場所がちゃんとある。


「アユミちゃん、もう大丈夫だよ」

「それなら良かったです」

「ふたりとも、先輩としてみっともないところを見せちゃってごめん。でもありがとうね」


 アユミはともかく、メルはなぜ自分がお礼を言われたのか分からず目を丸くしていた。それでいい。後輩よりファンが少ないからって萎縮したりしない。私は私でちゃんと先輩をやる。アイドルとして地に足をつけてやっていく。ファンの人たちを大切にするし、もしまた一人もファンが居なかったとしても、今日ご新規さんを獲得してみせる。

 じゃなくちゃんとアイドルになる。苦しくても夢から逃げない。


「みんな行くよ」


 時間が来た。楽屋をあけて袖に待機する。ステージに出てみるまでは客席の様子が分からない会場だ。

 私たちのグループの入場SEが大音量でかかる。それぞれが所定のフォーメーションについて目を閉じた。暗転ののち一瞬の沈黙。一曲目、前奏がかかった瞬間に数人のファンが飛び上がったのが分かった。ああこういうのいいな。やっぱりアイドルの、ライブの醍醐味ってこういうのだよな。思わず笑顔になっちゃう。

 照明がパッとつくとともにメンバー全員が顔を上げて目を開ける。


「一曲目、盛り上がっていくぞ! オイ!」


 先輩メンバーの煽りとともに客席のファンが『うりゃおい!』と盛り上がった。

 ファンがライブを楽しんでるさまを見るとこっちまで楽しくなってくる。元気の送り合いをしてるみたいで不思議だ。

 照明に目が慣れてきたが客席の様子はまだ見渡せない。ファンを目で探そうとする自分をぐっと制する。ファンにすがっちゃいけない。信じよう。信じてただ自分のパフォーマンスに徹するんだ。

 自分のパートがくる。この歌が誰かの心に届いてほしい。


『はるかー!!!』


 私の名前を呼ぶ声。

 力強いコールが聴こえてきて全身が瞬時に熱くなった。

 歌いながらフロアに視線を向けると白のペンライトが五本、私推しのファン五人が近くに集まって私のことを見守っている。目がハッキリと合った。


『おーれーの はるかー!!!』


 歌に合わせてコールが響く。

 嬉しくて涙が出そうになるのをなんとかこらえた。

 みんな、来てくれたんだね。ファンが居てくれるだけでこんなにも心強いんだ。私を観てくれている人が居る。ダンスにはっきりと自分の身体の輪郭を感じた。透明じゃない。

 次のパートではみんなが私に指差しをしてくる。


『お前がイチバン! はるかー!!!』


 「お前がイチバン」も定番のコールだ。

 躊躇のない大きなコールに胸の奥がぎゅっとなった。ひとりひとりの顔を見る。私のファンは大人しめで奥ゆかしい人が多い。

 ねぇみんな。私、知ってるよ。

 本当はみんな、どちらかというと静かにライブを観たいタイプの人だって。現場に通い始めた時はそうだったよね。だけどそれだとコールの声が小さくて私が寂しいだろうからって、みんなで固まって声を出してくれてるんだよね。


『お前がイチバン! お前がイチバン!!』


 顔を真っ赤にして叫んでくれる私へのコール。応えたい。みんなの気持ちに応えなきゃ。自然、パフォーマンスにもチカラが入る。

 前にマネージャーさんから言われた『あんたは自分推しのファンが居る日と居ない日で差が出過ぎ』というダメ出しが頭をよぎる。構うもんか。

 間奏のフォーメーションダンス。メルと背中合わせになるところ、いつもメルは振付を無視して背中と背中が離れていたが、今日はぴったりと合わせてきてくれた。


「さあライブも後半戦! このまま盛り上がっていきましょう!!」


 なおも会場は大盛り上がり、私たち六人を照らす六色のペンライトがフロアで輝いている。客席後方で動画を撮ってるマネージャーさんの口元にも笑みが見えた。


『はるかー!!』


 私推しのみんなからの熱い視線は、本当に私のことを好きなんだって信じさせてくれる。私を一番のアイドルだと思ってくれる人が確かに居るんだ。だから私は頑張れる。これからもあなたの一番で居られるように走り続けるから。


 みんなにだって仕事とか学校とか、それぞれの生活があるよね。

 家でゆっくりしたい気持ちだってあるだろうに。

 それなのにライブに足を運んでくれて、私に会いに来ることを選んでくれてありがとう。応援してくれてありがとう。私の名前を呼んでくれてありがとう。


『お前がイチバン! はるかー!!!』


 私をアイドルにしてくれてありがとう。











『No.1 Girl』おしまい。



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