君と、春に還る。 ―四季が繋ぐ、僕らの物語―

紬 真白

第1章 春、出会いの教室で

校門の前、桜の花びらが風に乗ってひらひらと舞っていた。

 新しい制服に袖を通したばかりの蓮は、慣れないネクタイを少しきつそうに直した。

 隣では慎があくびをしながら、「うわ、マジで満開じゃん」と呟く。


「入学式ってこんな緊張すんのな」

「お前が緊張? 信じらんねぇ」

「いや、なんか……“新しいスタート”って感じすんだよ」

「お前にしてはポエミーだな」

「うっせ、春だし」

 慎が笑って蓮の背中を軽く叩いた。


 そのとき、講堂に向かう列の中で、一人の少女が視界に入った。

 栗色の髪を後ろでひとつに結び、まっすぐ前を見て歩いている。

 どこかで見たような気がして、蓮は思わず足を止めた。


「……あれ、入試のときの子じゃね?」

「ん? どの子?」

「あの、壇上行く子。ほら、新入生代表って言われてる」

「マジ? お前、よく覚えてんな」

「なんとなく。目、印象的だったから」

 蓮がそう呟くと、慎はにやりと笑った。

「へぇ、入学式から気になる子できたわけだ」

「ち、違うって。なんか……既視感があっただけ」

「はいはい、青春だな」


 壇上では、朱音が新入生代表として挨拶をしていた。

声は少し震えていたけれど、まっすぐで芯のある言葉。

 体育館中が静まり返る。

 その姿を、クラスの後方で静かに見つめていたのは凛だった。

 その凛の目には、憧れと少しの不安が混じっていた。




 入学式が終わり、教室に戻る。

 新しいクラスのざわめき。名札の付いた机、まだ誰の色にも染まっていない空間。

 担任が「じゃあ、一人ずつ自己紹介していこうか」と言うと、教室の空気がぴんと張り詰めた。


「えーと、一番前から順番に」

 まず立ち上がったのは凛だった。


「えっと、結城凛です。中学では陸上部で、短距離をしていました。えっと……これからよろしくお願いします!」

 きっちりとしたお辞儀に、クラスのあちこちから拍手が起きる。

 少し照れたように座る凛の横顔は、春の日差しに透けて見えた。


 次に立ったのは朱音。

「朝比奈朱音です。中学では生徒会をやってました。新しい環境は緊張するけど、友達いっぱいできたらいいなって思ってます」

 明るく、はきはきとした声。

 その瞬間、さっきの壇上での凛の眼差しがよみがえる――憧れのような、眩しさ。


 慎が立ち上がる番になると、後ろの席から誰かが「お前だよ」って背中をつついた。

「えー……佐伯慎です。部活はまだ決めてません。好きなことは寝ること。嫌いなことは朝起きること。……あ、よろしく」

 笑いが起きる。

 教室の空気が一気にほぐれた。

「絶対、ムードメーカーになるタイプだよな」

 蓮が苦笑しながら立ち上がる。

「高橋蓮です。……えっと、バスケが好きです。えっと……、これからよろしくお願いします」

 控えめな声だったけど、目はしっかりと前を見ていた。

 その目が、一瞬だけ朱音と重なった。




 下校の時間。

 新しいクラスのメンバーがわいわい話しながら昇降口を抜けていく。

 窓の外は、春特有のやわらかい光に包まれていた。


「あっ、一発目の子!」

「1発目??えーっと……」

「自己紹介の!えっと…り…りんちゃん?だっけ?」

「あ、そうです。よろしくお願いします。」

「慎です。よろしく!やっと終わったな、初日」

 慎がネクタイを緩めながら笑う。

「なんか、頭パンパンだよ。名前も全然覚えられねぇ」

「でも、いいクラスかも」

 凛がそう言って笑う。

 その笑顔に、慎が一瞬だけ言葉を止めた。

「……だな。いいクラスだ」


 昇降口を出ると、偶然にも蓮と朱音が同じ方向へ歩き出していた。

「あ、同じ道?」

「うん。駅、こっちだから」

「……俺も」

 少し気まずそうに笑って歩く二人。

 その少し後ろを、慎と凛が並んで歩いていた。


 桜並木の坂道。

 制服の肩にひらひらと花びらが落ちていく。

 その道を、四人はまだ知らない“これから”へと歩いていった。


 ――春の光の中、まだ互いを知らない四人が、同じ坂道を下っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君と、春に還る。 ―四季が繋ぐ、僕らの物語― 紬 真白 @mashiro-1105

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ