超頭脳戦「しりとりレシピ」

D野佐浦錠

超頭脳戦「しりとりレシピ」

「うーん、今日の晩ご飯は何にしようかしら」

 とある平日の昼下がり。ママがため息をつきながらそう言った。

「昨日は青椒肉絲チンジャオロース、一昨日まではカレーだったわよね……。ユウちゃん、何が良いかしら?」


 ……ここだ。

 ぼくには秘策があった。

「あのねママ。『しりとりレシピ』で決めるのはどうかな?」

「しりとり、レシピ……?」

「しりとりで、ぼくとママで順番に『食べ物の名前』を言っていくんだよ。それで、出てきた食べ物で作る料理を考えるんだって。最近、動画で見たんだ」

「へえ、そんなのがあるのね。面白そうかも」

 とママが興味を示してくれた。

 よし!

 作戦通り!


「じゃあ、ぼくからね。『玉ねぎ』」

「あ、玉ねぎは冷蔵庫にあったわね。ええと……ぎ、ぎ、……『ぎ』? 全然なくない? あ、『牛乳』」


 ――勝った。

 この時点で、ぼくの勝利はほぼ確定した。

 あとはだ。でもそれも大丈夫。「しりとりレシピ」のトリックがここにはある。


 「青椒肉絲チンジャオロース」と「カレー」はきつかった。

 ママは料理上手だし、これらの料理自体は嫌いじゃないけど、ぼくは「」と「」が小さい頃から大の苦手なのだ。

 今日くらいは、ピーマンもニンジンも使わないご飯が食べたかった。だからこそ、「しりとりレシピ」なのだ。


 ルールを「しりとり」にしたことで――。これで「ピーマン」も「ニンジン」もママは出すことができない。それに、「に」はともかく「ピ」で終わる名前の食べ物なんて思いつきもしない。最後のターンに「◯◯に」→「ニンジン」を踏まないようにだけ、ぼくは気をつければよかった。


 そして、ぼくから始めた初手の「玉ねぎ」。

 「ぎ」から始まる食べ物なんてあんまりない。まずは「牛乳」で堅いだろうと読んでいた。そしてママは思い通りに「牛乳」と言ってくれた。

 その次のぼくの一手は――

「『うし』!」

「う、うし……? 牛肉?」

「うん、そうだよママ」


 三手目攻撃サードボールアタック

 「玉ねぎ」「牛乳」「牛肉」――ここまで全てぼくの計算通り。そして、この三つから、今日のメインディッシュは

 「牛肉」には当然「牛ひき肉」も含まれるし、ハンバーグの生地には玉ねぎと牛乳が入っていることくらいはぼくだって知っている。

 ハンバーグはぼくの大好物だ。もう今からよだれが出てきてしまう。


「『し』……って、ありそうで出てこないわ。うーん……『シャリアピンソース』」

「な、何それ……」

「ステーキとかハンバーグにかかってる、玉ねぎベースの洋風ソースよ」

 お、おお……!?

 ママからのアシストまで! 「ハンバーグ」って言葉が出た!


 ちょ、ちょっと待てよ……。

 次はぼくのターンで頭文字は「す」。

 これ、ハンバーグと言わず「ステーキ」のチャンスなんじゃ……?


 い、いや、ステーキなんて、そこまで家計に負担をかけるわけには……でも……。


 ち、違う!

 ステーキは危ない!

 ステーキになってしまったら、付け合わせにあの――グラッセだっけ?――が出てくるかもしれないじゃないか! あれは一番嫌いなんだ!


 そんなこと言ったら、ハンバーグだって同じだ。

 「しりとりレシピ」は使。ママが思いつきでニンジンのグラッセを作ることにしないように――ぼくは、他の付け合わせの野菜をしりとりで出さなければいけない。


 いや、でも「す」で始まる野菜って何かあるかな……いざとなるとなかなか出てこないぞ。

 こ、ここは……


「『スライスチーズ』」


 ハンバーグをチーズ乗せにする一手だ。

 そして、ママの次に言う「ず」で始まる食べ物は……。

「『ズッキーニ』とか、どう?」

「良いね!」

 そう、それだよママ。

 これで、ハンバーグの付け合わせの野菜も決まった。

 

 「ズッキーニ」をぼくのターンで「す」→「ず」ということにして出すということも考えた。

 でもそうすると、次のママのターンが「に」になってしまっていた。これだとママが「ニンジン」を出してしりとりを終わりにするかもしれなかったので、できなかったんだ。


 ここまで来れば、もう大丈夫だろう。

「『にんにく』!」

 これでハンバーグ+チーズ+ガーリックが完成した。最高の晩ご飯になりそうだ。

「『く』ね……『クラムチャウダー』。あら、スープも決まったわ。ありがとう、これで晩ご飯は決まりね。ハンバーグと、付け合わせにズッキーニ、スープはクラムチャウダーを作るわね、ユウちゃん」

「やった!」

 

 これで、ママはピーマンもニンジンも使わず、ハンバーグという最高の晩ご飯を作ってくれる。完璧に、ぼくの作戦通りだった。


 買い物に出かける前に、ママは今日作ることにした料理のレシピをスマホで調べていた。


「あら、シャリアピンソースって、他の野菜のみじん切りを入れるアレンジもあるのね。なら、冷蔵庫に残っているピーマンとニンジンも入れちゃおうかしら」


 ……えっ?

 ちょ、ちょっと、ママ……?

 ぼくの、完璧な作戦が……。


「ママ! ぼくはピーマンとニンジンが嫌いなんだ! そんなの入れないで! ぼくのこと、嫌いになっちゃったの……?」


 もう駄目だ。

 ぼくはママに泣きついた。


「ユウちゃんのことは大好きよ」

 とママは優しい声で言う。

「じゃ、じゃあ」

 お願いだよ、ママ。

 本当に、ピーマンとニンジンは嫌なんだ。



「でもね。三十歳にもなるのに定職にもつかないで、平日の昼間から動画ばかり見ているユウちゃんの生活は、やっぱり良くないと思うの。その上、いまだにピーマンとニンジンが食べられないなんて、ママ恥ずかしいわ。ユウちゃんには、まず苦手な食べ物を克服するところから、社会復帰の第一歩を、と思って」


 そ、そんな……。

 そんな…………。


「そんなのってないよ、ママァァーーーッ!!」

 ぼくは叫んだ。

 近所迷惑だからやめてと、ママに怒られた。(了) 

 

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超頭脳戦「しりとりレシピ」 D野佐浦錠 @dinosaur_joe

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