怪異でバトろう!

夢乃間

怪異でバトろう!

 私の人生はここまでだ。




 上司の連絡を一ヶ月放置して、両親が持ち掛けてきたお見合い話を放置し、電気代水道代諸々の支払いを滞納。




 仕事を放棄したい訳じゃない。結婚したくない訳じゃない。お金が無い訳じゃない。




 ただ、もう生きるのに疲れただけ。私の人生は今日まで。明日はいらない。




 時刻はちょうど二十四時。このアパートに住んでる人は昨日の時点で私だけになった。だから今日は私の番のはず。




 でも、ただ呪い殺されるつもりはない。死にたくないわけじゃないけど、ただ死ぬのは嫌だ。最期くらい思いっきり笑って死んで逝きたい。




 私の命日である今日の日の為に、色々と準備をしてきた。




 可愛いクマのお人形さん。




 作文用紙に五十音と小さな鳥居。




 安くて度数の高い二リットルの焼酎。




 クマのお人形さんのお腹の中に米粒を少々入れ、私の髪の毛と爪と唾を混ぜて縫い直した。浴室でお人形さんに包丁を刺し「次は君が鬼」と呟いてから浴室から出た。




 次にテーブルに置いたコックリさん用紙に十円玉を置き「こっくりさんこっくりさん。出て来てください」と呟いた。四度目くらいで十円玉が動き【はい】の所に十円玉が止まった。




 一旦コックリさんを放置して、次は冷蔵庫で冷やしていたキュウリと白菜を取り出した。その二つを細かく切り刻んでボウルに入れて、塩ダレとゴマ油を回し入れ、全体に馴染むようによく混ぜる。これで一品完成。




『イタイ……イタイ……! クルシイ……クルシイ……!』




 地縛霊が先に出てきた。少し急がないと。




 調理済みのホッケを冷蔵庫から取り出し、魚焼きグリルに入れた。しかし、怪現象の影響か、グリルが点かない。死に損ないが。死んで尚他人に迷惑を掛けるなんて。




 ホッケは諦め、キュウリと白菜の塩ダレだけをコックリさん用紙の隣に置いた。アイスホッケーのように十円玉を荒ぶらせている所から察するに、コックリさんも喜んでいるようだ。 




 焼酎のキャップを開け、コップに注いでいると、浴室の扉が開いた。出てきたのは可愛いクマのお人形さんではなく、黒くておぞましい手足の長い何かだった。とりあえずテナガザルと名付けよう。




 時を同じくして、このアパート全体に憑りついていた地縛霊も姿を現した。見た目は普通の男だが、首を吊った時に使ったロープがそのままで、首が九十度横に折れている。




 さぁ、役者は揃った。怪異と怪異。共に人間から恐れられている災いだ。どんな戦いを繰り広げてくれるのだろうか。




 しかし、予想外の事が起きた。どちらも私にしか目を向けておらず、争う素振りが見えない。まるでカブトムシ同士を戦わせようとしたものの、どちらも明後日の方向に進んで戦いが始まらないかのよう。




「コラァァァ!!! いきなりご褒美に飛びつこうとすんじゃねぇよ!!! テメェらの目的は同じく私だとしても、私は一人しかいないの!!! テメェらみてぇなカスが仲良しこよしなんて解釈違いなんだよ!!! 砂場を取り合うガキのように争え!!! ここじゃ私がルールなんだよ!!!」




 溜め込んでいたイライラが少し漏れてしまった。まだ二十四歳なのに、こんなに怒鳴り声を上げてしまってはシワが増えてしまう。




 しかし、発破が功を奏したか。突如として二体の怪異は反発した。もっと良い言葉があるはずなのだが、今の私の語彙力では反発が一番シックリくる。




 地縛霊は物理的な攻撃は一切せず、揺れや重力変化を用いた戦法。




 一方でテナガザルは、地縛霊とは裏腹に物理攻撃主体。自慢の長い手足はもちろん、体の随所から伸ばした鋭い棘で地縛霊を突き刺しまくっている。




『イダイダイダイダイダイダイダイダイイダイ!!!』




 痛いと声で叫びながらも、地縛霊の攻めが緩まる兆しは無い。それはテナガザルも同じだ。




「オッシャ、やれやれぇ!!! どした!!! もっとバチバチにやらんかい!!! 飯にありつけねぇぞ!!!」




 平等に応援をしつつ、用意したツマミを味わいながら焼酎を飲んだ。昔、テレビの前でお父さんがビールを片手に野球観戦に熱中していた気持ちが、ちょっと分かったかもしれない。馬鹿な争いほど、酒やツマミが美味しくなる調味料は無い。




 怪異バトル観戦を楽しんでいると、コックリさん用紙に異変が生じた。ひとりでに浮かび上がると、小さな炎が燃え、その炎の飛び火が部屋のあちこちに散らばった。




 するとどうだろう。散らばった火は恐ろしい妖と化し、部屋は鳥居に囲まれた開けた地に変貌した。




「おぉ……おおお!!! 見渡す限りの化け物揃い!!! ゴミ処理場の中みたいじゃないかゴミ共が!!! ギャハハハハ!!! みんな!!! 争え争え!!! 今夜は宴だぁ!!!」




 壮観だ。醜悪なる化け物達が血と肉を跳ね飛ばす様は。




 美しい。支離滅裂でバラバラなはずなのに、一流のオーケストラが奏でる音楽のように様々な音が連打している。




 幸せだ。私のようなゴミクズを取り合い、文字通り死に物狂いで殺し合っている。




「殺せ!!! 壊せ!!! 蹴散らせ!!! 死んでも死なない相手を死ぬまで死なせろ!!! キャハッ! ギャッハハハハ!!!」




 まだ酒もツマミも残っている。今夜は最後の晩餐。思いっきり豪勢に、思いっきりはしゃいで、思いっきり笑おう。




 笑って、笑って、笑い死のう。 

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