採取屋タヴィトと星月の国

詠月 紫彩

採取屋タヴィトと星月の国

 昼と夜が、共に息づく国――ルナステラ。

 採取屋としての最終試験。

 そのために予め調べて知っていたはずの情報が役に立たない。

 俺はまだまだ本当の意味で、何も分かっていなかったことを知る。

 訪れた国では当たり前の話も。

 本当に知り学ぶべきことも。

 採取すべきもののことも。

 最終試験は甘くないことも、旅が始まっていないことも……。

 この時は、まだ……俺は駆け出しも駆け出しなのだと。

 これは俺――タヴィトの、採取屋としての始まり。

 "知る"という意味に触れるきっかけとなった物語。


 *


 夜の帳がすっかり降りた頃。

 美しく明るい月が空に浮かび、星々がさんざめく。

 タヴィトはゲートを見上げて息を吐いた。

 ルナステラ。

 夜に活動するというヴァンピーロが多く住んでいると言われている国。

 国に住むもの達のざわめき、異国調の音楽、様々なかけ声……焼いた肉やふわりと香る果物の匂い。

 入国ゲートの外まで国内の活動の音が聞こえてくる。

 身分証である巡渡国証を見せると軽く会釈をされてタヴィトはルナステラに入った。

 入国ゲートの先は広場になっていて、夜だというのに賑わっていた。

 夜市だ。

 露店が整然と立ち並び、盛んに売買の声や笑い声、話し声が飛び交う。

 噂以上に活気のある国だ。

 陳列されている商品を流し見しつつタヴィトは歩く。


「噂は、宛にならないな」


 どの国も同じだ。

 ルナステラはヴァンピーロの国。

 ヒューマンの間ではヒューマンの血――特に若い女の血を好み、夜にしか生きられない種族――それがヴァンピーロ、とされていた。

 だが所詮、噂は噂。

 自分の目で見て聞いた方が確かだ。

 かつて国同士があちこちで争い、戦多く様々な種族が互いに互いの血を血で洗い合っていた時代があった。

 そんな時代にまことしやかに広がったフィクションだろう。

 戦人は血の気が多い。

 だからこそ生まれた噂だろう。

 殺し殺されるという日常が常の世の中で、勇猛で派手な働きをした者ほど畏怖の対象となり、その噂は勝手な尾ひれをつけて広がる。

 噂が本物ならば、タヴィトがルナステラに入った時点で襲われている。

 露店の主や行き交う人々の中にはヴァンピーロはもちろん、タヴィトと同じヒューマンもいれば、混血もいる。

 双方、種族など関係なく楽しそうだ。

 上手く共存しているということであろう。

 今でもなお、国によっては互いに睨み合い、憎み合い、戦をしている場所もある。

 そんな国に比べればよっぽど平和である。

 タヴィトは夜市を通り抜け、住宅エリアに入った。

 ここもまた露店と同じく整然と家々が立ち並んでいる。

 特徴的なのは窓やドア、家のどこかには必ず月と星のモチーフが多く使われ、街灯と共にうっすらと家の壁も淡い光を放っている点だろう。

 広場の夜市と同じく人々が行き交っているにも関わらず静かだ。

 さらに住宅エリアの奥へと進むと目的地が見えて来た。

 貴族エリアに近しい場所でもある。

 星月ホテル、と看板に書かれている。

 ホテル、というのは宿屋と同じ意味らしい。

 予め師匠から聞いていなければ迷っていたし分からなかったであろう。

 そのホテルのドアにも月と星をモチーフがあった。

 中に入ると紫の長い髪のヴァンピーロの女主人がタヴィトを見て口を開く。


「あら、いらっしゃい」


 艶めいた声だ。

 ヴァンピーロはヒューマンより長生きだという。

 見た目は若々しいが……やめよう。

 余計な考えを捨ててタヴィトは二泊を希望し、身分証明書でもある巡渡国証を見せた。

 ヴァンピーロの女主人は表情を崩さず、余計なことを聞くこともなくタヴィトに部屋の鍵を差し出した。


「食事代とお湯代は別途いただくから、好きな時間に声を掛けておくれ。昼はヒューマンが、夜はヴァンピーロが対応するよ」


 どうやらこの宿は、朝夕はヒューマンがカウンターに立って接客をし、夕夜はヴァンピーロが立って接客。

 一昼夜それぞれが働ける時間に働くことで宿は回っているらしい。

 礼を言ってタヴィトは部屋に向かう。

 二階の一番奥の部屋だ。

 鍵のかかる部屋は信頼できる。

 鍵を回して入った部屋の内装に、思わず感想が口から零れた。


「……可愛すぎやしないか?」

 

 部屋全体が、星と月で満たされていた。

 ベッドは月の船、壁紙は夜空のような紫。

 部屋を見てからタヴィトは自身の顔立ちに少し落ち込む。

 高級品である鏡は星の形。

 覗き込めば中性的な、女に見えなくもない自分の顔が映り込んだ。

 さりとて目が覚めるほどのイケメンではないのが残念なところである。

 しかしこの宿……ホテルを指定したのは師匠。

 師匠が手渡してくれたタヴィトの身分を証明する巡渡国証。

 これは見せるだけでそれなりに高級な宿に宿泊ができる効力を持っている。

 もちろん、全ての採取屋や冒険者達が手にできるものではない。

 認められた一部の者だけが持てる証明書なのである。

 ただし、食事代とお湯代は含まれていないが。


「とりあえず……旅の汚れを落とすのが先だな」

 

 頼んでおいた湯で旅の汚れを落として気楽な服に着替える。

 さっぱりしたところで、気にすることをやめたファンシーなベッドにダイブする。

 枕、布団と共に柔らかくて肌触りが良い。


「飯も重要だけど、やっぱ宿も重要だな」

 

 ひとしきりベッドや布団、枕の柔らかさを堪能すると、タヴィトはようやく机に向かい、斜め掛けの鞄を引き寄せてマジックバックの口を開く。

 まずは道中買い込んだ串焼きを食べ、水を飲む。

 腹が落ち着いたところで依頼書を取り出した。

 タヴィトの仕事は採取屋だ。

 依頼をされれば指定の素材を採取しに行き、報酬を貰う。

 まだ駆け出しで、今回は師匠からの依頼――最終試験だ。

 ルナステラにしかないという素材を採取してくること。

 これが試験の内容だと言われ、この国に来たのだ。

 師匠から手渡された最終試験という名の依頼書に目を通す。

 持ち帰る素材は三つだ。

 一つ、星海の砂。

 二つ、天光の涙。

 三つ、月光の涙。

 いずれも高品質以上で、という条件付きである。

 口元に笑みを浮かべ、タヴィトは師匠の口癖を真似し、口にする。


「採取屋タヴィト。この依頼、確かに承ったぜ」


 さて、とベッドに横になる。

 行動は明日。

 睡眠は重要だ。

 タヴィトが大切にしていることの一つである。

 しっかりと食べ、しっかりと睡眠を取ることでまっとうな仕事をするのだ。


 *


 早朝。

 タヴィトはまだ日が昇る前に宿を出た。

 ヴァンピーロの女主人に会釈をすると、彼女もまた頬笑みを浮かべてタヴィトを見送る。

 まずタヴィトは天光の涙を採取するため、街の近くの草原に向かう。

 ヒューマンで言うところの朝露だ。

 ただ、ヴァンピーロの国の朝露――天光の涙には、光の属性が多く含まれているのが特徴である。

 早朝、日が昇ると同時に草や葉っぱが天光の涙に濡れる。

 もう間もなくだ。

 事前情報によると天光の涙が乾くのは早い。

 採取専用の瓶――手の平に収まる小さなサイズのもの――を取り出して天光の涙が葉っぱに浮かび次第、次々とタヴィトは集めていく。

 瓶いっぱいになれば次の瓶に。


「地味に大変なんだよな……」


 しかも、瓶三本分。

 天光の涙一つひとつを採取し集めるのは時間との勝負。


「でも、これが俺の仕事だ」

 

 そうして三本分の天光の涙を集めると鮮度が落ちないように、マジックバッグに収納する。


「よし。一つ目、ミッション完了」


 続いて、その足でタヴィトは海の方へ向かう。

 二つ目は星海の砂だ。

 ヴァンピーロの国でしか採取できない少し変わった砂である。

 タヴィトは海に着く。

 白い砂に混じり、薄黄色のまるで星のような形をした砂が光を浴びて瞬いていた。

 砂の方はあまり需要がないが、芸術家には高く売れるらしい。

 採取は地味な作業である。


「これが星海の砂か……綺麗だな」

 

 同じく採取用の瓶を一つと、大きめの瓶、小さなタライと、細かい目の篩を用意した。

 砂を持ち上げてタライの上に設置した篩へ入れる。

 白い砂はタライへ。

 残った大きめの薄黄色の粒が星海の砂だ。

 星海の砂は採取用の瓶へ。

 白い砂は大きめの瓶へ。


「……よし、こんなもんだろう」


 余った白い砂は元に戻す。

 採取の基本は必要な分だけ、だ。


「あとは――」


 月光の涙。

 これは早朝にしか採取できない天光の涙とは逆に夜中にしか採取できないものだと資料に書いてあった。

 夜まで時間がある。

 タヴィトは岩に腰を下ろして海を見た。

 紺青色の海は穏やかで、まるで夜の海に似ている。


「穏やかだな……」


 同じ世界とは思えないくらいに。

 昼頃まで海を見てぼんやりとする。

 こんな日があっても良いだろう。

 そろそろ昼時だ。

 タヴィトは市場の方へと向かうと、そこはすでに昼時の賑わいを見せていた。

 中には血のスープ、なんてものもあった。


「……血……?」

「安心しな。ヒューマンの兄ちゃんよ。血、とついちゃいるがただのトマットリーだ。美味いぞ」


 店主の男曰く、どうやらトマットリーを使ったスープらしい。

 ネーミングがなんともヴァンピーロらしいもので、興味を引かれたタヴィトはさっそく注文をする。

 ゴロゴロとトマットリーとトット鳥の肉が入っていた。


「美味い……」

「そりゃそうさ! なんてったって、血のように赤いトマットリーをふんだんに使って、トット鳥の肉はきちんと下処理のされたものなんだからな。兄ちゃんは旅人か?」


 店主が豪快に笑いながら問う。


「いや、採取屋だ。採取依頼でね」

「なるほどなぁ。こんな所に来るのは珍しいな。で? 採取屋の兄ちゃん。採取は上手くいきそうかい?」

「あとは月光の涙だけだ。二泊の予定でね。今晩には終わらせて戻るつもりだ」


 それが終われば三日目はゆっくりできそうである。


「そりゃ運が悪くて、残念だ」


 ゆっくりしよう、と思っていた矢先、店主の言葉にタヴィトはスープから店主に視線を移す。


「どういう……?」

「知らなかったのか? 月光の涙は、快晴でなおかつ特別な満月の夜にしかお目にかかれないんだぞ」


 知らない情報だった。

 事前に冒険者協会や商業協会などに出向いてヴァンピーロの国の情報を仕入れていたというのに。


「そうだったのか。それは知らなかった」

「そりゃこの国じゃ天光の涙と月光の涙はセットで有名なことだからな。外から来た奴は大体、実際に来ないと分からないことだ」


 聞けば、今宵は雨が降る。

 満月がいつか店主に聞くと、五日後だと答えた。

 想定外――予定が崩れた決定的な瞬間である。


「……教えてくれてありがとう」

「ヴァンピーロの国じゃ当たり前の話だからな。それより、血のトマットリーとトット鳥焼きはどうだい?」


 情報料代わりにタヴィトはそれも注文し、美味しく頂いた。

 スープはトマットリーのまろやかな酸味があったが、焼いた方は甘みがある。


「美味かったよ。五日後は、快晴か?」

「さてなぁ」


 そればかりは流石に当日にならないと分からないだろう。

 店主に礼を言うとタヴィトは血のトマットリースープ、トマットリーとトット鳥焼きを持ち帰り用に購入し、マジックバッグにしまい込んだ。

 思った以上に時間がある。

 どうしようか、とタヴィトは悩む。


「あ、鑑定しとくか」


 品質は大事だ。

 時間があるのなら宿――ホテルで品質を確認しよう。

 星月ホテルに戻り、さっそく鑑定をする。

 天光の涙は問題ない。

 最高とはいえないが高品質だ。

 続いて星海の砂。


「これはダメだな。あ、これも。うーん……」


 明日もう一度、どうやら海の方へ向かう必要があるらしい。


「あーあー。ちゃんと鑑定してから採取しろって言われてたのに、師匠に見られたらどやされるな」


 天光の雫も五日後までにちゃんと鑑定し直して採取し、高品質で揃えよう。


 *


 翌日は雨だった。

 その次も。

 薄暗い雨の日ならば昼間でもヴァンピーロ達は活動できるらしく、市場には雨だというのに賑わっていた。

 

「出掛けないのかい?」

「あぁ。採取が目的だからな」


 こう雨が降り続いては、目的のものの採取は難しい。


「何言ってるんだい。天光の涙はともかく、星海の砂は雨の日が一番だよ。明日には雨があがるから、採取するなら雨の日がうってつけさ。知らなかったのかい?」

「――ありがとう。事前に調べてきた情報が古かったらしい。すぐ、採取に出るよ」


 ヴァンピーロの女主人に言われて、タヴィトは慌てて海へと走った。

 これも知らない情報だ。

 頭の隅に情報を書き足す。

 海に走ったタヴィトは濡れるのもお構いなしに星海の砂を集める。

 白かった砂は濡れて色を変え、薄黄色の砂は雨に濡れて先日集めたものよりも色が濃くて品質が良い。

 砂が雨に濡れていることで四苦八苦しながらも鑑定をしながらタヴィトは採取を終えた。


「っ、くしょん!」


 びしょ濡れでホテルに戻る。

 このままでは風邪を引いてしまう。

 

「風呂を使いなよ。もちろん、お代は別途頂くけれどね」

 

 背に腹は代えられない。

 これも情報料だとタヴィトは風呂場へ向かった。

 星月ホテルと言うだけあって、風呂場も星や月、丸型の風呂が設置されている。

 静かな風呂場に、まだ降る雨の音がさやかに聞こえる。


「ふぅ……生き返るぜ」


 ゆっくり浸かると冷えた体が少しは温まる。

 ふと風呂場のドアが開く音がした。

 誰か入ってきたらしい。

 

「お。別国のヒューマンか」


 ふと、声を掛けられて風呂から視線を上に向ける。

 妙に威圧感を覚えて体が震え、咄嗟に腰を浮かせた。

 だが次の瞬間にはそんな圧は消え去り、まるでなかったかのようだ。


「……どうも」

「ここのホテルの風呂は最高だ。金を払ってでも入っていく価値がある」

「なるほど。確かに、良い風呂だ」


 どうやら話し掛けてきた彼はヴァンピーロらしい。


「この国はどうだ?」


 穏やかな声色。

 けれど、どこか底知れない威のようなものを感じる。

 

「そうですね……。良い国だと思う。ヒューマンもヴァンピーロも関係なく、平和で」

「そうか。そう言ってもらえると、王として、嬉しい限りだ」

「え!? ――、それは失礼をしました」


 なんでこんな所に王様がいるんだよ……心臓に悪い、と内心でタヴィトは愚痴る。

 普通のホテルのはずだ。

 ちょっとファンシーな。

 そそくさとタヴィトは上がろうとするが、それを制したのはヴァンピーロの王だ。


「風呂に入れば、ヴァンピーロもヒューマンも同じだ。一糸まとわぬ姿に見た目の違いや差はあれど、月や星から見ればどんな種族であれ、小さき存在というのは変わらん」


 むしろ話し相手になってくれ、と言われてタヴィトは再び浮かしかけた腰を下ろした。

 しばし、互いの息遣いと外の雨の音が響く。


「この国のヴァンピーロを、どう思う?」


 不意に、王が問いかけてきた。

 タヴィトは何と答えたものか、と考えたが素直な感想を伝えることにした。


「噂とはあてにならないものだな、と。思いました」

「あぁ。それはそうだ。我らは元より血を吸う種族ではないからな」


 かけ湯をした彼はタヴィトの隣に腰を下ろす。

 ゆらり、と湯が揺れる。

 

「いつの間にやらヴァンピーロは血を吸うと噂が立ってしまってな。まぁ仕方のない話でもある」

「というと?」

「二百年以上も前のことだ……」


 と王は口を開く。

 当時はヒューマンとヒューマン、ヒューマンとヴァンピーロ、ヒューマンと他の種族は戦争をしていた。

 

「ヴァンピーロはヒューマンよりも力が強い。昼間に活動できる者は少ないが、それでもヒューマンよりも強い」

「獅子奮迅。首級を次々と挙げるから――」

「その通り。我らは血吸いヴァンピーロとあだ名されることとなった。――勇者と聖女の物語は?」

「えぇ。もちろん、知っています」


 勇者と聖女がヒューマン以外の種族を操る魔王を倒し、種族の垣根を撤廃したと。


「その時にヴァンピーロはようやく、血を吸う種族ではないと明らかにしてくれたのだ。我らは血を吸うのではない。血の巡りによる生命の循環を信仰しているのだ。まるで月と星の巡りのように、ヴァンピーロだけでなく生きとし生けるもの全ては血が通うから生きることができ、空という世界のゆりかごで巡るものだと」


 これもまた初めて知る事実。

 黒髪に紅の瞳をした王は、湯から上がる。

 

「――血が通い、血が巡る。生きとし生けるもの全て。それを忘れた時、どのような種族も血で血を洗う争いが起こるのだ」


 ボソリと言う言葉。

 だがタヴィトの耳にはしっかりと聞こえていた。

 

「採取屋のヒューマンよ。明日は快晴。そして満月だ。天光の涙をかざしてみるがよい」

「天光の涙を……?」

「さすれば分かる。そしていずれ、汝が知り得たものが、誰かの導きの星となるのだ」

 

 それだけ言うと、彼は出て行った。

 静かな風呂場。

 ぴちょん、と水音だけが大きく響いた。


「――明日また、天光の涙……もう少し集めてみるか」


 *


 五日目の早朝。

 タヴィトは天光の涙をさらに瓶三本分集めた。

 どれも高品質だ。

 ヴァンピーロの王の言葉が本当ならば、とタヴィトは夜を待つ。

 タヴィトが訪れてから賑やかだった国がまるで静寂に包まれたかのように静まっていた。

 夜市も人々のざわめきは鳴りを潜めている。

 ホテルの外に出ると確かにヒューマンもヴァンピーロも、そして混血のものも全員店を閉め広場に集まっていた。

 広場に多くの者達が集まっているのにただ静かだ。

 満月が真上へと差し掛かる。

 同時に広場の中央、舞台に立つは昨夜タヴィトが星月ホテルの風呂場で会ったヴァンピーロの王だった。


「皆の者。祈りの時間だ」

 

 王がそれだけを告げると、誰もが口を閉じて静かに祈りを捧げ、夜気を震わせた。

 そんな中、タヴィトだけは天光の涙が入った瓶を満月にかざす。

 淡い光を放つ薄水色の水。

 天光の涙の入った瓶を傾けながら見つめる。

 すると――水のように淡い水色の光を湛えていた天光の涙は、闇を纏って深い藍色へと変わった。


「――月光の涙……光属性が、闇属性に変わってる……」


 鑑定をすると、天光の涙は月光の涙。

 属性も光から闇に変化していた。

 残りの二瓶も同じようにタヴィトは満月にかざして月光の涙に変える。

 その作業が終わるとすぐに瓶はマジックバッグに仕舞った。

 知っていると思っていた。

 本で得た知識に間違いはない、と。


「あぁ、これが師匠が言ってた――……」


 体で感じ、初めて分かる感覚。

 弟子入りをして久しく忘れかけていたこと。

 祈りはまだ続いている。

 タヴィトはそこで自分も周囲と同じように祈りを始める。

 祈ることなど何もないけれど。


「俺も、祈るか……」

 

 事前情報では知ることができなかったこと、知らないことを現地で知れたことは感謝しよう。

 そして、今回の試験が上手く行くように。

 タヴィトは祈った。

 長い祈りの時間。


「顔を上げるがいい。皆の者」


 朗々とした王の声で終わる。


「祈りは月へと届いた。戦で亡くなった同胞。ヒューマン。あらゆる種族に誓う。我らは二度と、大昔のような戦争をしてはならんのだ」


 あぁ、そうかとタヴィトは納得した。

 鎮魂。

 この日はきっと、戦争が終わった日なのだろう。

 王の言葉が終わると誰もが涙を流していた。

 恐らくその戦争で同胞を、家族を、亡くしたのかもしれない。

 長命種のヴァンピーロは身をもって知っているもの達で、ヒューマンはきっとその時代を生き抜いた血族なのだろう。


「今宵は特別な日。静かなる日だ。けっして、愚かな過去を忘れず胸に刻み、祈りを捧げる日だ。今後も平和が続くように」


 王が舞台を降りて王城へ向かうと、ざわめきは大きくなることなくそれぞれが家々へと向かった。

 タヴィトもホテルに戻る。


「採取はできたかい?」


 一足先に戻ったヴァンピーロの女主人がタヴィトに声を掛ける。


「知っていたんだな」

「まぁねぇ。あんたが食べたスープとトット鳥焼きの店主はアタシの旦那で、ここは王様御用達の隠れ家ホテルだからね」


 ついでに


「師匠からの依頼ってのも」

「そりゃそうさ。で? 上手くいったかい?」

「あとは、師匠の鑑定次第さ」


 ヴァンピーロの女主人は


「月と星の祈りは血を巡り、空のゆりかごに揺られるのさ」


 それだけ言うと、艶っぽく微笑みを浮かべて奥へと引っ込んだ。


「……。さて、と。明日、帰るか」


 タヴィトは部屋に戻る。

 知らない情報。

 現地に行って初めて知ること。


「まだまだだぜ……。でも――採取屋タヴィト。ミッションコンプリート、だぜ」



 翌朝。

 タヴィトは早めに起きてヴァンピーロの女主人に挨拶をして星月ホテルを出た。

 また来よう。

 師匠の元へ戻り――試験の依頼品を提出する。


「ふぅむ……」


 白髪の男は鑑定をする。


「まだまだじゃな」

「え」


 もしや、試験は――


「事前情報の準備が甘いわぃ。あと、採取の時に鑑定をサボったじゃろ」

「うぐ」

「事前情報、天候……あらゆることを想定して三日以内に採取をしろと教えとったじゃろ」

「はい……」


 これは落ちた。

 ぐぅの音も出ないタヴィトはがっくりと肩を落とす。


「まぁ及第点、じゃな。免許皆伝にはまだまだ程遠いが……今回はこれで、よぅ学んだようだな。タヴィト」


 師匠から出されたのは、見習い卒業の称号。


「え? 落ちてません? マジで? じゃあ――」

「見習いを卒業しただけじゃ。調子にのるんじゃないわぃ」


 口ではそう言うけれど――


「師匠って、甘くて優しいですよね」

「口が減らんのぅ! わしゃ甘くて優しくて、手厳しいんじゃ」


 確かに。

 口にはしないが、神妙な顔をしてタヴィトは


「まさしく! 師匠です!」


 と答えると、何故かゲンコツを貰った。

 解せない。

 

「色々と学んだじゃろ」

「あぁ……。師匠が卒業の試験にあの国を選んだ理由が、ちょっと分かった」


 今回は特に、とタヴィトは言う。


「知るってことがどれだけ必要で、大切か……。師匠が口酸っぱく言ってた意味が、少し分かった気がする」

「馬鹿者。そりゃ分かった気になっただけじゃ。まだまだ。これからよ」


 その夜。

 タヴィトは師匠に見送られ、彼の元を去ることとなった。

 

「これからも教えを忘れず励め。そして、良い採取屋となるんじゃぞ」

「あぁ。ありがとう。師匠」


 タヴィトは立ち止まり、振り向く。


「師匠」

「なんじゃ。子供でもあるまいし、さっさと行かんか」

「分かってる。俺、師匠が師匠で良かったよ。意外と優しいし」

「……もう一発、殴っとくかのぉ」

「何でだよ!?」

 

 もう一度、タヴィトは振り返り、背筋を伸ばして頭を下げた。


「お世話に、なりました」

「なっとらんわぃ。タヴィトよ。基本を忘れるな。お前はすぐ雑になるからのぉ。――じゃが、最高の弟子と思ってやらんでもないわぃ」

「っ、ありがとうございました」

「……体に気をつけよ。いつでも戻ってこい。その度に鍛え直してやるわぃ」


 頭を上げたタヴィトは


「はい! 師匠。行ってくる」

「あぁ。行ってこい」


 もう一度、師匠に軽く会釈をすると今度こそ背を向けた。

 最初に、どこへ採取に向かおう。

 答えは決まっている。

 巡渡国証を手に、タヴィトはルナステラへと足を向けた。


「俺の、出発点だ」


 ――採取屋タヴィトの採取屋としてのスタート地点へ。

 この先もまだ知らないものを採取して。

 知らないことを知っていく。

 月と星々を結ぶ広い世界を、採取という目的に沿って翔ける流れ星のように。

 彼の採取屋としての旅は始まったばかりである。

 まだ見ぬ星々を繋ぎ、その光がいつか夜空に浮かぶ月となるために。

 星と、月を追って――


「俺は……どこまでも行く」


 ――月が満ちれば欠け、星はまた瞬く。

 けれどタヴィトの旅はまだ満ちていない。

 まだ見ぬ世界を見て回り、採取をして行く。


「それが、採取屋タヴィトだ」




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採取屋タヴィトと星月の国 詠月 紫彩 @EigetsuS09

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