第42話:化身~さらばウォルフ・スランジバック


 崩壊していくナヴァロン。意識を取り戻したノイは静かにその様を見ていた。隣にはイェサナドが居て、自分の肩にしっかりと手を回している。夜明けを背にし、自分の運命を決した要塞は千切れ次元の狭間に消えていく。


 彼は一体どうなったのだろう。そう思った矢先に明けの明星の如く、ナヴァロンから零れ落ちる影が一つ。



 〈聖印〉の力を使い、ウォルフは脱出用のマシンを作り上げていた。バイク型のそれは彼の世界で良く見かけた物であり、構造は頭の中に叩き込んでいる。潮風を受けながら、彼は明けの海を疾走する。


 適当な所まで離れると、立ち止まって静止した。ウォルフは口元に葉巻を咥えて火を点ける。煙を吸って吐き出すと、ようやく生きている心地が戻って来る。ウィラードの墓標となったナヴァロンの最期を彼は目蓋の裏に焼き付ける。闘いの結果は常にこれだ、何一つ残さず灰となって消える。それは他ならぬ自分も例外ではない。暁に染まる海原は、自分の鮮血をたっぷり湛えた杯に他ならない。


「いずれ、全ては何も残らぬ灰に消えるか。それでいい、それでいいのさ」


 途端、喉の奥から込み上げる物が来た。押さえ込もうにも堪えきれずに吐き出す。すると夥しい量の血が溢れ出た。口から零れ落ちた葉巻が、血と一緒に水面に沈む。……ウォルフは一度、その血に塗れた手を見つめた。痙攣に振るえ、寒気が背筋を凍らせる。彼はこの感覚を知っている。これが死の感覚だ。しかし、それでも――


「後悔はない」


 自分が迎える末路を目にしても、ウォルフは再びバイクを走らせる事にした。迷う事も、止まる事も許されなかった。

 イハルシャスがウォルフに語った言葉には、ある有名な結末の言葉がある。この物語の終わりにそれを引用しよう。


 ――そして、賽は投げられた。

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ウォー・イン・ザ・フィクション 上世大生 @tomoi66

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