第41話:永遠の戦士達


「……こいつが、俺の切り札さ。ウィラード」


 奇しくもその言葉もレオパルドと同じだった。彼の剣はウォルフの心臓から僅か三センチ程の場所に。そしてウォルフの銃はウィラードの胸を直撃していた。心臓から引き抜いた剣が乾いた音を立てて落ちる。ウォルフの肉体の修復は即座に開始した。ウィラードは倒れ込んだものの、まだ息は有った。しかし既に長く無い事は見て取れる。


「皮肉だな。まさか、同じ銃で同じ決着を着けられるとはな」

「それこそ宿命ってヤツじゃないか、ウィラード」

「違いない」


 そんなやり取りの中、〈聖印〉は一人手に輝くとナヴァロンに満ちる何かを吸収していく。そしてウィラードの寿命の表れかの様に、ナヴァロンの崩壊が始まった。震えは刻一刻と巨大な物になっていく。


「いい、闘いだった」


 ウィラードは、震える手である方向を指す。そこには扉が有った。


「行け。これ以上俺に付き合う必要は無い、勝者は生きて帰るべきだ」

「ウィラード」

「ボサボサするな。戻れなくなっても知らんぞ」


 ウォルフは何かを噛み締める様に俯いた後、ウィラードの言葉に従う事にした。しかし、去り際に一度振り向いて。


「誇りを抱いて眠れよ、ソーズマン。俺にとっても、アンタは間違いなく宿敵だったよ」


 そして、ウォルフは去って行った。ウィラードはその姿を見続け、赤いコートが見えなくなった所でこう漏らした。


「味な真似を。最後の最後でしてやられるとはな……」


 自分はあの男と一度相対した後、誇りや尊厳という何もかも奪って捨てた。そんな相手に誇りを抱いて眠れと言ったのだ。『あの男を超える男』という表現は、実の所的を射た言葉ではないのだろうか。そう彼が思った刹那―― 


「やぁ、調子はどうだいウィラード?」


 冴えた声が一度響いた時、ラー・イハルシャスはそこにいた。ウィラードは心の中で苦笑する。時間停止如き気付けないほど消耗したとは、いよいよ死が近いらしい。


「最高だ。お前の言う通りだったぞ、妖怪。……まさかこんな事が起こるとはな」

「それは何よりだ。やはり人生は楽しくなきゃ」


 イハルシャスはウィラードに手を差し伸ばす。


「――さて、イスタルジャ首魁として一つ提案が有るんだが。もう一度ボクの手をとらないかな? ボクの能力を使えば君は新たな身体を得て、もう一度鉄火場に繰り出せるだろう。スポンサーからの吊るし上げも躱しやすくなるし、何より君がいると色々楽しい」


 ウィラードは一度苦笑する。しかし逆流するオイルに噎せ、笑いには咳が混じっていた。


「律儀な男だな貴様も」


 イハルシャスもまた苦笑し。


「生憎首魁としては、どんなに馬鹿馬鹿しくても一応聞かないといけないんだ。どうだい、もう一度人生をやり直さないかい? 君なら何時でも歓迎する」


 イハルシャスが差し伸べるその白い手に、ウィラードは自分の手を伸ばし――それを叩き払った。


「断る」

「理由を聞いても?」

「貴様の手を取れば、それはヤツの勝利を穢す事になる」

「あぁ、その通りだとも」

「勝負は栄光と挫折が有るからこそ美しい。勝者が勝者の栄光を手にしたのなら、敗者は敗者に相応しい道を歩くだけだ」

「…………あぁ、君ならそう言うと思ったよ。ウォルフ・スランジバックの勝利というのは、つまり君の死と同義に他ならない」


 イハルシャスはにやけ顔を止め、まるで聖職者の様な顔になる。彼は知っていた。ウィラード・クロックワークの自分に科したルールというのは、まさしく鉄の掟である事を。彼はウィラードのその意志に敬意を覚えていた。かく在りたい物だと、純粋にそう思った。


「世話になったね、ウィラード。今までご苦労だった」

「気にするな、俺はお前達を利用しただけだ。礼を言われる筋合いなど無い。――だが、忠告しておこう。お前が目をつけたあの男。相手にする時は注意しろ、勝つなら全力を尽くせ」


 彼はイハルシャスの胸倉を掴む。


「たとえ可能性が一パーセントに満たなくとも、ヤツの牙は必ずお前に届くだろう。ヤツは他でもない我が宿敵、ウォルフ・スランジバックである故にな」


 それは、ウィラードが贈る事の出来る最高の物だった。ウィラードのその言葉を、イハルシャスは目を瞑って韜晦する。そして――


「興が乗った。ありがとう、最高の情報だ」


 そしてウィラードの指が力無く離れて落ちる。それが残った力の最後だった。彼の呼吸音が一段また一段浅くなる。センサーに灯った光は、ゆっくりと照度を落として行った。彼は幸福であった。生涯抱いて来たカルマは満たされ、更には誇りすら抱いて死んでいけるのだから。ウィラードは思う。今生は何と心躍っただろう。おまけに看取る者すらいるとは。


「さらばだ、健闘を祈るぞ。イハルシャス」

「さよなら、ウィラード。良い旅路をね」


 永別は静かにやって来る。ウィラードが静かに息を引き取った痕、イハルシャスはぽつりと呟いた。


「ボクの人生とは君の生涯の様に斯く在りたい。羨ましいよ、ウィラード。心の底から……“君”もそう思うだろ?」


 この事件を機にレオパルド・スランジバックは狂気的なまでのキルスコアを樹立。後にイスタルジャは彼に対し新たに『ハンター』の異名を与える事となる。


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