隠された遺産

仲里

第1話

 太平洋を一望する東海地方のある海沿いに、その館は建っていた。近隣からは崖の館と呼ばれていて、呼び名の通り崖の上から海原を見下ろしていた。洋風の古めかしい建物で、背景には豊かな自然が広がっている。

 この館を建てたのは、僕の亡き祖父の鷺沼俊策だ。宝石商でかなりの資産家だった。引退後に海の近くに館を構えたのは、釣り好きが高じてということらしい。

 建物の外観や花で彩られた庭は、訪れる者を感心させるほどに美しいものだった。だが、この館の価値はそれだけではない。他にも外部には知られていない秘密が隠されていた。

 僕がこれから語ろうとしている話は、その秘密に関わる出来事だ。僕――鷺沼直人はある夏休みに、この館を訪れた。その滞在中に、たまたまこの秘密の扉を開く役割を果たすことになる。


 館に隠された秘密とは一体何のことか? そもそもの始まりから説明するなら、何年も前に祖父が亡くなった時に遡る必要があるだろう。

 祖父は心臓病で他界したが、そのすぐ後に僕の父は黒岩という弁護士の事務所を訪れた。黒岩は祖父の顧問弁護士で、仕事のことだけでなく、私的な相談まで受けていた人物だ。

「今日は父の財産のことで相談があって、うかがいました」父は黒岩に言った。

「財産についてですか。ですがお力になれるかどうか。お父様の財産管理までは任されていませんでしたのでね」

「父は遺言書を作成していたのでしょうか? 家にはそのようなものは見当たらなかったのですが」

「いえ、遺言書作成の依頼は受けていませんね。もちろん他の弁護士に頼んだ可能性はありますが」

「そうですか……」

 父が気落ちした様子を見せたので、黒岩は不思議そうに訊いた。

「遺言書を作成しない方も多いですから、別に問題はないでしょう? お母様は既に亡くなられていて、お子さんもあなただけ。法的にはあなたがすべての財産を相続することになるはずです」

「ええ、それはそうなんですが。問題はその財産が見つからないということで……」

「見つからない?」

「はい。現金や預金は見つかったんですが、どれも少額で。父はかなり資産を持っていたはずなんです。なのに見つかった金額が少なすぎる。どこかに他に財産が残っていないとおかしいんです」

「なるほど……」黒岩はそれを聞いて、少し考え込んだ。「それで言うと、実はわたしからもあなたとお話ししたかったことがありましてね。その財産のことと関係するかどうか――。実はお父様から、亡くなったらあなたに渡すようにと預かっていたものがありまして」

 黒岩はファイルから一枚の紙片を取り出して、父に渡した。

 父親はその内容を見ると困惑した。そこにはこんなことが書かれてあった。


  太陽が見つめるその先で

  月が横顔を見せる時

  秘密の扉が開かれる

  音楽家たちが集まる時

  秘密の宝が現れる

   

「何ですかこれは? どういう意味です?」父が尋ねた。

「さあ……。ただ、あなたに渡せば分かるとおっしゃってました。子供の頃よく言葉遊びをしたとか。なんのことか分かりませんでしたが」

「子供の頃――。そうですか」

「何か思い当たることでも?」

「ええまあ。子供の頃、よく父と宝探しの遊びをしたんです。こういう謎めいた文章だけ渡されて、それが宝のありかを示す暗号になっていたりして――。もしかしたら、これもわたしとの遊びのつもりなのかも。父は最近頭がボケてきていて、時間の感覚がおかしくなっていましたから」

「つまり、これは遺産の場所を示す手がかりだと?」

 それからすぐに、父は祖父の館へと向かった。

 広い敷地内をひっくり返して、遺産がないかくまなく見て回った。遺産はかなりの価値があるはずだから、血眼になって探した。だが、遺産の痕跡はどこにも見当たらなかった。

 文書の最初に出てくる太陽という手がかりから、太陽の位置関係から考察したり、敷地内に太陽のモチーフがないかも調べたりしたが、何も分からなかった。

 その後も、父母はたびたび祖父の館を訪れ、敷地内を掘り返したり、館の壁を隅々まであらためたりして、根気よく探索を続けた。しかし、どれもむなしい結果に終わった。 

 それから十年もの歳月が過ぎていった――。

 

「最近は、ガソリンの値段もすっかり上がってしまったわね」

 崖の館に向かう車内で、母がぼやいた。

 ある夏休み、僕たちは崖の館に泊まりに行くことになった。車に乗っていたのは、母のほかに、13歳になる姉――千春と、11歳の僕だった。

「ガソリンだけじゃないよ。食べ物だってなんでもそう」姉が言った。

「もううんざり。ローンやら光熱費やら請求書に追われる毎日には。おまけにお父さんの入院費まで」

「ねえ、お父さん、いつになったら退院できるの?」僕が訊いた。

「リハビリに時間がかかるんだって。命が助かっただけでもよかったと思わなきゃ」姉が言った。

「そうね。でも休職期間が長くなるのは痛いわね。家計は火の車だというのに、貯金がどんどん減っていくばかり」母が嘆いた。

 館に行くときは、いつもは父も同行するのだが、今回は来られなかったのが残念だった。ある日、くも膜下出血に襲われたため手術を受け、入院中だったのだ。思いのほか長く入院が続いていて、家計にも悪影響が出始めていた。

「でも、あの館が売れたら、ずいぶん状況が変わってくると思う。まとまった金額が入ってくることになるし、あの館の税金だとか維持費だって馬鹿にならないんだから」母が言った。

「あんな田舎の館、誰が買うっていうの?」僕が訊いた。

「たしかにね。不動産屋も最初は買い手はなかなかいないだろうと言ってたわ。でも、最近になってあの館を買いたいって人が出てきたらしいのよ。どこかのお金持ちなんだって。海沿いで別荘にちょうどいいからって」

「ねえ、本当に売っちゃうつもり? そんなのよくないと思うわ。だって、おじいさんの残したものはどうなるの? あそこには遺産が埋まっているんでしょ?」姉が言った。

「わたしだって別に好きで売りたいわけじゃないのよ。遺産のことだってもちろん気になるわ。だから、長年売るに売れなかったんじゃないの。でも、もうそろそろ家計も限界に来ているのよ。あなたたちの教育費だって払えなくなったら困るでしょ? それに、あの宝の話だって怪しくなってきたし……。散々探しても何にも見つからなかったんだから」

「きっと探し方が間違っていたんだわ。どこかに必ず宝は眠っているはずよ」

「そんなこと言っても、いつまで経っても見つからないんじゃどうしようもないでしょ。背に腹は代えられないわ。現実を見つめて、夢は諦めるしかないの。めったにないチャンスなのよ、買い手が現れるのはね。あそこは売るしかほかに選択肢はないってことなのよ」


 崖の館に到着してしばらく休んだ後、僕と姉は敷地内を探検に出かけた。

 館の前には広い庭があり、木立や茂みで囲まれて林のようになっている。林の中で小路が枝分かれして、まるで迷路みたいだった。

 迷路を抜けると、海辺の方まで傾斜路が延びていた。僕たちはその道を降りていき、海辺を散策した。

 だが、その散策も楽しいものとは言えなかった。いつもは陽気な姉が、ふさぎ込んでいたからだ。館を売るという話によほど腹が据えかねていたのだろう。

「もうこうなったら、わたしたちで財宝を見つけるしかないわ」

「急にどうしたの?」

「聞いたでしょ。館を売るって話。そうなったら宝も他人のものになってしまうのよ」

「仕方ないよ。維持するお金がないんだって」

「それも分かるけど、悔しいじゃないの」

「でも、もうお父さんがどこも調べたんだよ。金属探知機まで使ってね。それでも何も見つからなかった」

「これだけ広い敷地よ。調べつくすなんて無理。きっと見落としがあるんだわ」

「今さら僕たちに何ができるっていうの? あの謎かけだってわけが分からないし」

「新しい視点で眺めてみたら、道が開けることだってあるのよ」

 たしかに、姉の悔しい気持ちも理解できた。本当に遺産があるのなら、他人の手に渡るのはあまりにも悔しい。簡単に諦めたくはなかった。

「分かった、手伝うよ。でも、どこから始めたらいい?」

「まずは、あの人に聞いてみるの。何か知ってるかもしれない」

 姉の指さす方向にはひとりの老人の姿があった。


 老人は、道の途中にある広場で草刈りをしていた。隣人の稲田という男だ。老人は人懐っこい性格で、祖父とも親しい間柄だった。僕たちは彼に手を振って挨拶をした。

僕たちは老人の方に駆け寄ると、姉が切り出した。

「ねえ、おじさん。教えてほしいことがあるんだけど」

「どうしたね?」

「祖父のことを知りたいと思っているの。小さい頃に会ったきりで――。どんな人だった?」

「鷺沼さんかい? もう歳も歳だったし、仕事は引退していたみたいだね」

「ここではどんなふうに過ごしてたの?」

「のんびりしていたよ。よく釣りをしに行っていたな。あとは、わたしと将棋を指したり」

「亡くなる前はどんな様子だったの?」

「さあねえ、いつもと同じだったと思うけど……。元気そうに見えたし」老人は考え込むように言った。「懐かしいな。そういえば、亡くなる前に急に部屋の模様替えをしていたっけ」

「模様替え? どの部屋の?」僕は訊いた。

「あれは書斎だったか。ほら、あの美術品がたくさん置いてある部屋だよ。家具や美術品の配置を変えたりして。急にどうしたのかと思ったね」


 僕たちは老人にお礼を言うと、急いで館に向かった。

 老人の言っていたことが何かの手がかりになるかは分からなかったが、とりあえず調べてみることにした。

 その部屋は確かに祖父の書斎として使われていたものだ。当時のままの状態で保存されていた。窓際に大きな机があり、その両隣には書棚がある。机の向かいには何体かの彫刻が立っている。壁には絵画が飾られていて、昔の西洋の肖像画が多かった。だが、どれも複製で金銭的な価値は全くない。

「最初の手がかりは太陽だったわね。この部屋のどこかにないかしら」

 僕たちは部屋中を歩き回って探した。長い時間をかけて隅々まで。

 だが、太陽らしいものはどこにも見当たらなかった。

 絵の中に太陽が描かれていないかも確認したが、何も描かれていない。

「見つからないね。そりゃそうだよ。お父さんだってこの部屋を散々調べたんだから」僕はぼやいた。

「何かあればと思ったのに……」

 僕は壁に並んだ絵を何気なく眺めた。

「なんだか音楽室みたいで不気味だな。夜中に動き出しそうだ」

「変なこと言わないの。どれも歴史上の偉人なんだから、敬意を払いなさい。これはナポレオンでしょ。それから、マリーアントワネットにシェイクスピア。それにあれは……、あれは誰だっけ?」

 姉は思い出そうとして、頭をひねった。姉は美術や文学に興味があり、歴史にも詳しかったから、妙な知識を持っていた。

「そうだ、ルイ14世」

「誰なの、それ?」

「昔のフランスの王様よ」そう言った途端、姉の表情が変わった。「ルイ14世! そうよ。これが太陽なんじゃ」

「どういうこと?」

「ルイ14世はね。絶大な権力を持っていた王様なの。自分を太陽神アポロと重ねたことから、太陽王と呼ばれていたのよ」

「そうか、それで太陽!」

「だから、太陽が見つめるその先にというのは――」

 僕たちはルイ14世の見つめる先を見た。窓の外には木々が立ち並んでいて、視線の先はちょうど木々の隙間に位置していた。そこには崖っぷちに当たる場所が見えている。

「きっとあれよ! あの場所に宝が埋まっているんだわ」


 僕たちは物置から金属探知機を持ち出すと、崖の上に向かって駆け出した。宝が見つかるのではないかという期待で、気分が高揚した。

 崖の上はほぼ平らで、草が茂っていた。崖は遠くまで弧を描き、岩や砂浜に波が寄せては返している。

 姉は金属探知機を作動させると、地面の上を一歩ずつ調べていった。

 探知機はときどき反応を見せた。そのたびに姉はシャベルで地面を掘りかえしたが、どれも空き缶や何かの金属片に反応していただけだった。

 そうして、辺り一帯に探知機を走らせたが、芳しい結果は得られなかった。僕たちは暗澹たる気分になった。

 姉は探知機をその場に置くと、シャベルを手に取り、闇雲に地面を掘り始めた。何かに憑りつかれたかのように。それを見て、僕もシャベルを手に取った。

 僕たちはそれから黙々と地面を掘り続けた。きっと何かが出てくるはずだと信じて、一心不乱に――。

 数時間ほど経過すると、あたりの地面は穴ぼこだらけになっていた。

 僕はとうとう力尽きて、地面にへたり込んだ。姉は相変わらず、せっせと穴掘りを続けている。

「もう無理だ。ここには宝はないよ。どこかで間違えたんだ」

「簡単に諦めないの」

「でもさあ、ほとんど掘りつくしたのに、なんにも出てこないじゃないの」

「まだ全部じゃないわよ」

「あの手がかりだってまだ解けてないよ。あれを解かないとだめなんじゃ? 月が横顔を見せる時、秘密の扉が開かれるってやつ」

「もちろん考えてるわ。でも、なんのことかさっぱりなのよ」

「太陽が王様だとしたら、月は誰かな……。かぐや姫とか?」

「周りを見て見なさいよ。かぐや姫なんか影も形もないわよ」

「やっぱりこの場所が間違ってるのかな」

 いつの間に、空が黄金色に染まっていた。姉もとうとう作業を中断した。

「そろそろ遅くなったわね。今日はとりあえず退散しましょう」


 館に帰ってから、僕たちは宝の話は一切しなかった。穴掘りでくたくたに疲れていたのと、何も見つけられなかった徒労感で、宝のことなど考えたくなくなっていたのだ。

 食事が終わると、僕たちはそのまま食卓のところでぐったりしていた。

 母は庭に出て、自然の景色を楽しんでいる。

「ねえ、あなたたちも来てみなさいよ。空がとってもきれいよ」

「いいよ。さっき見たもん」

「夜の景色は見てないじゃないの。こんな景色、都会じゃ見られないわよ。星がすごくきれいに見えるんだから」

 しかし、姉も僕も外に行こうとはしなかった。くたびれて、一歩も動けなかったのだ。

「ほら、月だって出ているわよ。すごく大きく見える。今日は満月みたい」

 これを聞いて、なんとなく頭の中にぼんやりとしたイメージが浮かんだ。月が地球をゆっくりと周回している。地球との位置関係で、徐々に月の表情が変わる。満月、半月、三日月……。月の横顔……。

 そのとき、頭の中で何かがひらめいた。

「そうだ、分かった!」

 僕が突然声をあげたので、姉が驚いた。

「どうしたの?」

「分かったんだよ。あの謎の意味が。月が横顔を見せる時っていう言葉のね」

「どういうこと?」

「あれは月の位置のことを指していたんだ。月が地球の横に来た時のことだよ」

「それがなんだっていうのよ?」

「月の引力だよ。月が真上に来た時には、強い力で引っ張られる。とくに海水は影響を受けやすいから、月に引っ張られて満潮になるよね。それじゃあ、月が地球の横に来ている時にはどうなると思う? 月の引力が弱いから干潮になる」

「そうか! つまり、月が横顔を見せる時というのは、干潮のことだったのね!」

「そうだよ。だから、あの崖の上の場所で干潮の時間に何かが起こるっていうことなんだと思う」


 翌日の干潮の時間はお昼時だった。母は不動産屋に出かけていた。

 僕たちは早めに館を出ると、崖の上まで行って待機することにした。日照りが強かったので、木陰で座って待った。

 今のところ、崖からの景色は昨日と何も変わりばえしなかった。穏やかな波が岸壁に打ち寄せている。

 それからしばらく時間が経つと、徐々に水位が下がってきているのが分かった。

 秘密の扉というのは何だろう? 干潮時に何かが現れるはずだ。僕たちは食い入るように崖の景色を眺めた。

「ねえ、あれを見て!」姉が指さした。

 見ると、斜め下の岩壁に何か穴のようなものが見えてきた。

「あれだ! きっとあれが秘密の扉なんだ」僕は興奮して叫んだ。

 時間が経つにつれて、さらに穴が大きくなっていった。何かの洞窟かトンネルのようだ。

「あそこに行ってみるのよ」

「でも、あんな場所どうやって? 崖から降りていけないよ。それに、海にも囲まれているし」

「ボートで行くしかないわね。釣り用のものが小屋にあったはず」


 小屋には船外機付きのボートがあった。僕は父とよく釣りに出かけていたので、扱い方には慣れていた。

 僕たちはボートに乗り込むと、洞窟の方に舳先を向けた。

 近づいていくと、洞窟がぱっくりと口を開けているのが見えた。僕たちはそこに飲み込まれるかのように、ゆっくりと入り込んだ。

 洞窟の中は暗くじめじめしていて、天井は低くて狭い。すぐに水が浅くなったので、ボートを降りて歩いて進むことにした。懐中電灯であたりを照らすと、トンネルは奥まで続いていた。

 やがてトンネルを抜けると、そこにはちょっとした空間が広がっていた。

「すごい……」僕は思わず感嘆した。

 それは自然が作り出した小さな部屋だった。

 岩の上に絨毯が敷かれ、机や椅子、箪笥などが置かれていた。

 祖父はたまにここに来ては一人の時間を楽しんだのだろう。様々な本があり、壁には絵画が飾られ、テーブルには人物や動物を模した彫刻が置かれてある。

「きっとここに宝があるはずよ」

「最後の手がかりは、音楽家だったよね。どれだろう?」

 また絵画に手がかりがあるかもしれないと思ったが、どれも風景画ばかりで音楽家らしいものは描かれていない。

「ここに並んでいる彫刻はどうなの? 音楽家はいない?」僕は訊いた。

 姉は残念そうに首を振った。

「どれもギリシャ神話や聖書の人物をモチーフにしたものばかりよ。音楽家と呼べるような人はいないわね」

 僕は部屋を見回し、他に音楽家らしい人物を探したが、何も見つからなかった。狭い部屋だから、何かあればすぐ分かるはずだ。

 家具の引き出しの中も覗いたが、めぼしいものは見つからない。闇雲に壁を叩いたり、床を踏みならしたりまでしたが、秘密の隠し場所はないようだった。 

「最後まで簡単には見つけさせてもらえないみたいね」

 僕は部屋の様子を見ていたら、ふとおかしなことに気づいた。鶏の彫刻に何かが張り付いていたのだ。近くで見ると、それは瓶の蓋だった。

「変なの。なんでこんなものが張り付いてるんだろう」

 僕はそれを剥がそうとしたが、妙な重みを感じた。

「磁石みたいだ。なんでこんな彫刻に磁力が?」

「待って。それって鶏よね。これってもしかして……。他にもロバに、猫に、犬もいるわ!」

「どういうこと?」

「何か思い出さない?」

「さあ……」

「この動物たちが音楽家なのよ。ブレーメンの音楽隊って童話があるでしょ? この4匹が出てくるじゃない」

「そうか! じゃあ、音楽家が集まるというのは――」

「こうしてみれば分かるわ」

 姉は4匹の像を机の上に並べた。それから、それらの像を一つの場所に近づけた。すると、像の中の磁力が作用したのだろう。カチリという音が鳴った。4匹の彫像の背中がぱっくりと開いた。 

 僕たちは競うように中をのぞき込んだ。

 そこには色とりどりの宝石類がぎっしりと詰まっていた。ルビー、サファイヤ、エメラルド、ダイヤ、それに金製品――。

「すごい!」

「ついに見つけたわ!」

 僕たちは飛び上がって喜んだ。

 祖父は宝石商だったから、財産を宝石に変えて、ここに隠したのだろう。父になら見つけられるだろうと信じて。だが、祖父の思いが叶うまでに随分時間が経ってしまった。孫たちが宝を見つけるまで。

 こうして、僕たちの宝探しは幕を閉じることになった。

 祖父の机の上には、一枚の写真が飾られていた。祖父と父母、それに幼い頃の姉と僕の姿が写っていた。

 姉が写真に向かって言った。

「おじいちゃん、わたしたち宝を見つけたよ。難しかったけれど、とうとう謎を解いたわ。楽しいゲームをありがとう」

 祖父は穏やかな眼で微笑んでいた。まるで、謎を解いた僕たちを誇らしく思っているかのように。

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隠された遺産 仲里 @ryo-hatsune

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