ザトウクジラの記録

アイス・アルジ

第1話 記録ファイル#01(お題:「輪」「職人」「水面」)

 クジラ類は非常に頭の良い海洋動物だ。群れ(家族)の絆が強く、会話をしたり、協力して狩り(漁)をすることもあると言われている。

 特にザトウクジラの会話は、うたとも言われるように、ときに悲しげだったり美しい鳴き声だ。交響楽団と共演したこともある、もっとも録音を使ってのことであるが。

 ザトウクジラは、仲間で協力してをすると、イヌイットの伝統人的な漁師の間で、以前から噂されていた。近年、まれに映像にも撮られるようになってきた。


 水上南海みなかみ みなみはネイチャー系の映像制作会社のスタッフとして、クジラの貴重な狩りのようすを記録するため、ニューファンドランド島沖にやって来た。ザトウクジラが集まる有名な海域だ。


 撮影スタッフは地元の観光船をチャーターし、ザトウクジラがよく目撃される沖を目指した。目的の海域に着くと、船はエンジンを切って波に任せた。海の流れは穏やかで、撮影にはもってこいの状況だ。

 しばらくすると、南海みなみのいる船室上のデッキから望める、前方の海面上に変化が現れた。水面の波がざわめき、泡立ち始めたように見えた。

 すると突然、大きな口を開けたクジラが海中から氷山のように突き出した。波飛沫なみしぶきが上がり、ドッドンと重量感のある波音がとどろいた。

 南海みなみは目を奪われた。来た!これだ! 撮影開始だ。スタッフ一同に興奮が広がった。


 南海みなみは、すぐに機材を準備し、ドローンを飛ばした。今は、ドローンという武器がある。クジラを至近距離で狙い、迫力のある狩りの一部始終を撮影することができる。


 南海みなみはドローンの操縦に集中した。

 クジラは次に、どこに現われるか。ドローンからは、海中の黒いクジラの影の揺らめきが確認できる。

 ドローンは、連なって泳ぐクジラの群れの上を離れずに飛んだ。クジラたちは海水面上に鼻を出し息継ぎをすると、一斉に潜り始める。小魚の群れに狙いを定めたのだ。


 狩りが始まる。近くの水面に空気の泡が現れ、ブコブコとのように連なり始めた。海中ではクジラたちが、小魚の群れを囲む輪を描くように泳ぎながら、息を吐きだしているのだ。その息が気泡となり立ち昇る。大きな丸い輪の壁のように連なって林立し、小魚の群れを取り巻いた。海水面が白く泡立つ。

 輪の中の波も騒がしくなり始める。小魚たちが、泡の渦に行き場を失い、水面近くに集まって騒いでいるのだ。クジラたちは見事に連携して泡の壁を作りだし、小魚の群れを追い込んだ。

 そしてクジラは、一気に輪の中央で大口を開けて海中から水面上へ突き上げる。小魚たちはパニックに陥り飛び跳ねるが、もう逃げ場はない。海水と一緒に巨大な網ですくい捕られるように、クジラの口の中に吸い込まれる。


 クジラは口を閉ざすと、口からお腹にかけてが、巨大な革袋のように膨らむ。間一髪、難を逃れた小魚が飛沫と一緒に跳ね落ちる。

 クジラは、反転するように海中に没した。海中で口の中に閉じ込めた小魚たちをこしとって、満足げにお腹に収めるために。

 これが、あのだ。クジラたちは群れ全体が、お腹いっぱいになるまで、この狩りを繰り返す。


 南海みなみには、何度も撮影のチャンスが訪れた。できるだけ間近で撮影しようとドローンを操った。ドローン職人と呼ばれるようになった南海みなみでも、冷静さを失うほどの迫力だ、真に迫る光景だ。

 我を忘れた。とうとう、クジラに近づきすぎた。

 アッッ!と思った瞬間、目の前にクジラの大口が飛び出した。南海みなみは、いやドローンはクジラの大口に吸い込まれた。口の中のクローズアップと飛沫、跳ねる小魚がレンズにぶつかる。


 映像が途切れた。

 やっちまった! あぁ、今日の撮影は、これで終わりだ!

 チックショッ……。

(……かつてプロゲーマーを目指していたころ、ライバルだった対戦相手のゴンドウに、もう一歩で負けたときの記憶が蘇った)

 申し訳ない……。

 でも、これほどの映像が取れたのだ。

 結局、スタッフたちも怒るに怒れなかった。


 ザトウクジラたちの競演も、終わりを迎えようとしていた。静かになった海面に壊れたドローンが浮いていた。南海みなみは壊れたドローンを網ですくった。帰ったら始末書だ、今回は、それほどのは言われないだろう。

 島へ戻ろう。すこし名残り惜しい気持ちもあったが、機材をまとめ、帰る準備を始めた。

 冷静に考えると、初日からこれほど、も映像に収められたのはラッキーだったかもしれない。

 やがて、スタッフたちにも南海みなみにも一様に疲れと達成感が訪れた。明日は水中撮影にも挑む予定になっている。天気もよさそうだし、まだ興奮は続きそうだ。さて、今夜は早く寝よう。……ゆっくりと眠ることができればよいのだが。 





 —――自主企画【三題噺 #119】「輪」「職人」「水面」への作品。

 最近、続けて三題噺のお題にチャレンジしました(書き慣れてきたのか?)。クイズを解くように(気楽に)楽しさを感じて書いています。

 もう少し、あり得ない(ファンタジックな?)展開も考えましたが、無難な記録文としました。こういう現代を舞台とした(リアルな)作品は、ほぼ初めてかもしれません。

  (Ice.A 2025/10/31)

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