ザトウクジラの記録
アイス・アルジ
第1話 記録ファイル#01(お題:「輪」「職人」「水面」)
クジラ類は非常に頭の良い海洋動物だ。群れ(家族)の絆が強く、会話をしたり、協力して狩り(漁)をすることもあると言われている。
特にザトウクジラの会話は、
ザトウクジラは、仲間で協力して特殊な狩りをすると、イヌイットの伝統
撮影スタッフは地元の観光船をチャーターし、ザトウクジラがよく目撃される沖を目指した。目的の海域に着くと、船はエンジンを切って波に任せた。海の流れは穏やかで、撮影にはもってこいの状況だ。
しばらくすると、
すると突然、大きな口を開けたクジラが海中から氷山のように突き出した。
クジラは次に、どこに現われるか。ドローンからは、海中の黒いクジラの影の揺らめきが確認できる。
ドローンは、連なって泳ぐクジラの群れの上を離れずに飛んだ。クジラたちは海水面上に鼻を出し息継ぎをすると、一斉に潜り始める。小魚の群れに狙いを定めたのだ。
狩りが始まる。近くの水面に空気の泡が現れ、ブコブコと
輪の中の波も騒がしくなり始める。小魚たちが、泡の渦に行き場を失い、水面近くに集まって騒いでいるのだ。クジラたちは見事に連携して泡の壁を作りだし、小魚の群れを追い込んだ。
そしてクジラは、一気に輪の中央で大口を開けて海中から水面上へ突き上げる。小魚たちはパニックに陥り飛び跳ねるが、もう逃げ場はない。海水と一緒に巨大な網ですくい捕られるように、クジラの口の中に吸い込まれる。
クジラは口を閉ざすと、口からお腹にかけてが、巨大な革袋のように膨らむ。間一髪、難を逃れた小魚が飛沫と一緒に跳ね落ちる。
クジラは、反転するように海中に没した。海中で口の中に閉じ込めた小魚たちをこしとって、満足げにお腹に収めるために。
これが、あの噂の狩りだ。クジラたちは群れ全体が、お腹いっぱいになるまで、この狩りを繰り返す。
我を忘れた。とうとう、クジラに近づきすぎた。
アッッ!と思った瞬間、目の前にクジラの大口が飛び出した。
映像が途切れた。
やっちまった! あぁ、今日の撮影は、これで終わりだ!
チックショッ……。
(……かつてプロゲーマーを目指していたころ、ライバルだった対戦相手のゴンドウに、もう一歩で負けたときの記憶が蘇った)
申し訳ない……。
でも、これほどの映像が取れたのだ。
結局、スタッフたちも怒るに怒れなかった。
ザトウクジラたちの競演も、終わりを迎えようとしていた。静かになった海面に壊れたドローンが浮いていた。
島へ戻ろう。すこし名残り惜しい気持ちもあったが、機材をまとめ、帰る準備を始めた。
冷静に考えると、初日からこれほど、口の中までも映像に収められたのはラッキーだったかもしれない。
やがて、スタッフたちにも
—――自主企画【三題噺 #119】「輪」「職人」「水面」への作品。
最近、続けて三題噺のお題にチャレンジしました(書き慣れてきたのか?)。クイズを解くように(気楽に)楽しさを感じて書いています。
もう少し、あり得ない(ファンタジックな?)展開も考えましたが、無難な記録文としました。こういう現代を舞台とした(リアルな)作品は、ほぼ初めてかもしれません。
(Ice.A 2025/10/31)
ザトウクジラの記録 アイス・アルジ @icevarge
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
はしりがき/藤堂こゆ
★110 エッセイ・ノンフィクション 連載中 618話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます