終章

 水晶樹が燃え尽きたところには、美しい石が並べられていた。まるで群生する森のように。荒れ果てた風景の中、そこだけ灰が積もっていないところを見ると、あの山火事の後に今しがた作られたものであることは間違いなかった。

「神さま、アリスクワイアは生きていました」

 誰が作ったとも知らない墓に、エルドは跪いて手を合わせた。神はこの地を見捨ててなどいなかった。自然の脅威を前に、崩れていく森や命を前に何もすることができなかった自分は、しかし、祈ることなら、祈ることならできるのだ。そして、この墓を、想いを、誰かを守ることも。必要なのはきっとそれだけだ。そう確信していた。

 彼は一つの果実を手に取った。いつか誰かから受け継いだ、青く熱い実は、心臓のような鼓動を伴っていた。墓のそばに種を植える彼の横で、少年と少女が手を繋いで駆けていくのが見えた。種は生き残った根と繋がり、何千年の時をかけて森になるかもしれない。亡霊も記憶も、消えてはいないかもしれない。

 今は、その希望を信じて祈り、待つしかない。


 *


 水晶樹の森を含むアリスクワイア中央山地の雄大な自然は、雷と山火事により、焼滅してしまった。心の拠り所を失った囚人たちに、一人の騎士が祈りを説いた。

 祈りは生きる希望に変わった。ウィンダリオンの鉱夫たちは、採掘中に偶然水晶樹の根がまだ生きていることに気づいた。島政府の手からその根を守ることが使命だと、彼らは団結したのである。勇敢な騎士を中心としたその団結は、完全に燃え尽きたと思われた祈りの樹を、奇跡的な再生へと導いた。

 後世まで謎多き存在とされてきた摩訶不思議な水晶樹は、多くの探究者の関心を集めた。一説によれば、水晶樹の枝は人の温度に反応して微細な空気の揺らぎを引き起こし、ある者には幻覚を見せ、ある者には幻聴を聞かせるという。つまり亡霊の正体は幻だったのだと、権威ある研究者は言い切った。だが、一部の人々は信じた。それは単なる幻覚や幻聴ではなく、死者からの本当の語りかけであると。

 だが、一つだけ判明したことがあった。森のように見えた水晶樹は、全てが地中深くで繋がった一つの大樹だったということ。おびただしい数に枝分かれした根は全土に広がり、人々が今は亡き者を思い出して手を合わせる時、その想いを吸収して成長するのである。そして何千年の時を待ち、水晶樹が再び森を形成する時、革命の火種が生まれる。

 祈りの国アリスクワイアが建国の旗を掲げるのは、まだ先の話である。

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アリスクワイアの亡霊 緋櫻 @NCUbungei

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