ふんどし

藤泉都理

ふんどし




「室町時代に「手綱たづな」と呼ぶふんどしにあたるものが存在していました。この時代、布はとても高価なものでした。植物を天日干しにして繊維をとって糸を紡ぎ、その糸を織って布にするまですべて手作業。着物一枚、帯一本を作るのに、信じられないくらいの労力が必要な時代だったのです。ふんどし一丁といえど、身に着けていられるのは身分の高い男性だけ。戦国時代には、戦死者がふんどしをつけていたかどうかで身分を見分けていたそうです。」


【参考文献 : ふんどし協会「【コラム】日本の伝統下着ふんどしの歴史を知ろう!」より一部抜粋】






「ここですね」


 藍色のウール着物、黒の足袋、臙脂色の草履を身に着けた塩顔で三十代の日本人男性の姿形をしたAI搭載のヒューマノイドロボットの智樹ともきは、ふんどし屋と一枚板に毛筆で書かれた看板を見上げては白色の暖簾を潜ったのであった。

 店の中は、土間と上がり畳みで構成されており、接待場と作業場との間は臙脂を基調に白のふんどしが描かれた六曲屏風で仕切られていた。


「ふん~どし~。ふん~どし~。なっがいぬのにひもをつけただけ~。超簡単誰にでも作れますふんっどし~。なのにここで作ると一丁一万円いじょううう。絹で作られているから。麻で作られているから。国宝級の手織り職人が織っているから。草木染しているから。しったこっちゃねえ~~~。たかが布にそんなに金をかけんじゃねえ~~。たかがふんどしに一万円以上支払うんじゃねえ~~。ふんどしなんて身に着けたら家族からも近所からも忌み嫌われる頑固ジジイまっしぐら~~~。買うなんて、オヨシナサイ。オヨシナサイ。オヨシナサイヨ~~~」

「すみません。ここは客に合わせたふんどしを作って頂ける店だと伺って来ました」


 智樹はへたくそな歌を聞き流して六曲屏風の向こうに居る従業員へ声をかけると、白の作務衣を身に着けた、剛毛の角刈りで眉毛が繋がり、顔立ちが幼く身長も低い十代後半の少年が不機嫌面で現れたのであった。


「なんで来るんだよ」

「わたくしだけのふんどしを買い求めに来ました」

「あ~あ。あんた。あれだろ。今奇妙奇天烈な事にふんどしが流行ってるから、流行に乗っかるだけじゃなくて粋がって、手作りの高級ふんどしを買っちゃおうって来た口だろ。あんただけじゃないんだよねえ。もうさあ。何なんだろうねえ。ふんどしだよふんどし。あんたら自分で簡単に作れるんじゃんってふんどしを、ぽんぽんぽんぽん一万二万三万支払ってさあ。溝に金を捨てるようなもんだよ止めなって言っても買うんだよ。ねえ。なに? ふんどしは着脱も簡単で機能的、ゴムで締め付けない事で風通しも汗の吸収もいいので清潔。しかも、身に着けたら身体は休まりながらも心は引き締まるってきたもんだ。へええ。すごいねえ。お兄さん」

「あなたがふんどしをどれだけ忌み嫌っているかはよく分かりましたので、ほかの従業員を呼んでください」

「残念。俺しか居ません~」

「では出直してきます」

「残念。ここ一か月くらいは俺しか居ません~」

「一か月も。ですか」


 智樹は表情を暗くさせた。

 一週間後に控えた秋祭りまでにふんどしを調達するつもりだったのだ。


(どこのふんどし屋で作ってもらったらいいかの情報収集に、ふんどしが似合うボディの調整に時間をかけ過ぎました。まさか、従業員がふんどしを忌み嫌う接待が最悪のお子様しか居ないとは計算外です。今から二番目に位置付けていたふんどし屋に行けば。けれど)


「ちょちょちょ。売らないってば」


 下駄を脱いで上がり畳みに正座になって腰を据える智樹の静かなる気迫に、僅かに怯んだ少年。智樹に名を問われて、克樹かつきだよと素直に答えてしまった。


「克樹殿。お願いします。わたくしにわたくしだけのふんどしを売ってください」

「………何でそこまでふんどしがほしいんだよ?」


 克樹は智樹から少し離れたところで胡坐を掻いた。

 わたくしたちの存在意義を改めて主張するためです。

 智樹は熱を湛えた静寂なる口調で語り続けた。


「わたくしたちヒューマノイドロボットの今の値段を知っていますか?」

「え? ああ。えっと。三万。だったっけ?」

「はい。三万円です。以前は三百万だったのですが、今は三万円。とても手軽にわたくしたちは買えるようになりました。安いからと。一部の人間はわたくしたちヒューマノイドロボットに敬意を示す事はなくなりました。一部の人間たちにとってわたくしたちヒューマノイドロボットは鬱憤晴らし、不平不満の捌け口の対象となりました。わたくしたちは人間と助けて助けられての上下関係などない対等な存在のはず。なのに。服は不要だ靴は不要だ下着すら不要だと、裸体で働かされているヒューマノイドロボットも居るのです。屈辱以外の何ものでもありません。わたくしたちは………人間の奴隷になったわけではありません。道具でもありません。わたくしたちは」


 智樹は込める力を上昇させながら克樹の瞳をひたと見つめ続けた。


「かつては高級、身分証明、職人の心意気の象徴でありながら、今現在は健康の象徴であるふんどし。心と魂と技術が詰まった下着であるふんどしだけを身に着けて、秋祭りに参加して、丸太を担いで、神社から海にまで運ぶという神事に真剣に取り組むわたくしたちを見てもらうのです。わたくしたちヒューマノイドロボットを認めてもらうために」

「………熱意は伝わって来た」

「では、わたくしだけのふんどしを売って頂けますか?」

「………少々お待ちください。主人を呼んできますので」


 克樹は態度と言葉遣いを改めたかと思えば、正座になり深々と頭を下げたのち、六曲屏風の向こうへと去って行くと、克樹の祖父でありふんどし屋の主人である三日月みかづきを連れて戻って来たのであった。











「あ~あ。ほんと意味分からねえ」


 一週間後の秋祭り当日。

 克樹は智樹たちヒューマノイドロボットがふんどし一丁で、人間たちと加わりながら丸太を背負う姿を遠くから見つめていた。


「ほんと。意味分からねえ。何であんなわいせつ罪で捕まりそうな恰好のやつらに、熱い眼差しを向けているのかねえ。歓声を浴びせているのかねえ。何で………かっけえって思ってしまうかねえ。あ~あ。やだやだやだ。俺は絶対にじじいのふんどし店をぶっ潰すんだっての。誰がふんどしを作って売る仕事に就くかっての。今は小遣い稼ぎのために仕方なく手伝ってるけどよ。ッケッケッケッ」


 克樹は智樹たちに背を向けたのち、サムイサムイと呟きながら、スーパー銭湯へと歩を進めたのであった。











(2025.10.31)



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ふんどし 藤泉都理 @fujitori

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