☂️呪物で魔改造した絶対盗まれない傘

仁木一青

第1話(完結)

 また傘を盗まれた。


 今年に入って、三本目。  

 愛用していた傘が、また消えた。


 思えば、中二になって教室が階段のそばに移ったのが悪かった。


「これは楽だな。ラッキー!」


 なんて友達と喜んでいた。階段が近いから移動が楽だし、トイレにも行きやすい。そう思っていたのが馬鹿みたいだ。


 傘を使ってチャンバラして大怪我をしたアホがいたとかで、校則で教室に傘を持ちこめないと決まっている。

 数年前の話らしいが、その時の校則がいまだに残っているせいで、廊下にある大きな傘立てに傘を入れなければならない。ご丁寧に、出席番号順で入れる位置まで定められている。


 よりによって俺の出席番号が割り当てられた位置は、一番階段に近い。教室から、もっとも死角になりやすい角の場所だった。


 教室の中の誰にも見られず、まるで自販機でジュースを買うみたいに、ひょいっと俺の傘をパクっていける。まさしく、泥棒のためのVIP席だ。


 俺以外にも傘を盗まれたやつはいる。だが、被害報告の数は俺がダントツだった。三本目だぞ、三本目。まるで俺の傘が、「ご自由に持って行ってください」という札でも貼られているかのようだ。


「諦めて折り畳み傘を使えばいいじゃないか」

 

 事情を知る友人はそう忠告してくれる。実際、母さんも同じことを言っていた。だが、これから台風シーズンに突入するというのにあんな華奢きゃしゃな折り畳み傘でどうしろというんだ。


 第一、なぜ被害者の俺が、不便な折り畳み傘なんぞでコソコソと身を守らにゃならんのだ。それは、姿も見えない卑劣な泥棒に「負けました」と白旗を振るのと同じじゃないか!  


 それに俺が折り畳み傘にしたところで、泥棒は「ああ、今日は獲物はなしか」とあきらめたりはしないだろう。奴はきっと、俺の隣の出席番号の傘に手を出すだけだ。  俺が盗まれなくなった代わりに、クラスの誰かが同じ不快感を味わう。それも嫌だった。


 だから、同じように傘を盗まれたことのある有志たちと担任や生活指導の先生に直談判した。鍵付きの傘立てに替えてくれと。  


 しかし、返ってきたのは最悪のテンプレ回答だった。


 鍵をなくす生徒がいると困るから。

 その素っ気ない一言で、俺たちの必死の訴えは却下された。


 ああ、そうかよ。  

 学校は俺たち生徒の傘よりも、鍵を管理する面倒くささの方が大事らしい。


 こうなっては仕方がない。自分でなんとかするしかない。


 でも、どうやって?


 名前を書く? 

 それでも盗まれた。


 GPSを仕込む?

 中学生にそんな金はない。


 答えが見つからないまま、数日が過ぎた。


 その方法が閃いたのは、本当に偶然だった。  

 家がお寺の池田君と、教室で次の授業の準備をしながらなんとはなしに雑談していたときだ。


「マジ最悪だよ。うちの境内で誰かがワラ人形を木に打ちつけたんだよね。ほら、うし刻参こくまいりってやつ? ああいうのって、普通は神社にしに行くんじゃないのかなあ。うちお寺なんだけどなあ」


 彼が愚痴ったとき、俺の頭の中でパズルのピースが、カチリ、と音を立ててはまった。


 ワラ人形。呪い。


 そうだ。

 盗まれるのが嫌なら、盗めなくすればいい。  


「池田君、そのワラ人形ってさ」


 俺は身を乗り出した。


「もう処分した?」

「いや、まだ倉庫にあると思うけど……」


「俺にくれないか」

「は?」

「絶対に盗まれない呪いの傘を作るんだ」


 盗んだ奴が、二度と傘を盗む気になれないように……いや、盗もうと手を伸ばした瞬間に心の底から後悔するような目にあわせてやればいいんだ。


 🌂🌂🌂


 池田君から譲り受けたワラ人形を、俺はリビングの床に広げた新聞紙の上に置いた。


 ワラ人形は、予想以上に禍々まがまがしいオーラを放っていた。藁の色は不自然なくらいくすんでいて、ところどころに赤い染みがついていた。この染みはもしかして……。不気味な考えを振り払って、作業を始める。念のため、軍手は二重にはめた。


 俺はまず、ワラ人形を容赦なく解体した。カッターで人形の背中を裂く。錆びついた五寸釘が一本、ころりと転がった。


 釘にからむようにしていたワラを数本よりわける。ピンセットで繊維をほぐし、糸のようになったそれを傘の布地に一本ずつ縫いつけていく。軍手をしているから繊細な作業は難航した。


 軍手で膨れ上がった手先をうまく操れない。いらだちで手元が狂った瞬間、針先が左手の人差し指をぐさりと刺した。二重にした軍手を貫通している。


「……いてえ」


 軍手を脱ぐと、ぷっくりと血の玉が浮き上がってきた。絆創膏を探そうと思ったとき、閃いた。残っていたワラの繊維に血をひたした。


 呪いには術者の血が混じった方がいいだろう。赤黒く染まった繊維も縫いつけた。


 次は、五寸釘だ。


 釘の頭を傘の骨の一本一本にこすりつけていく。磁石で鉄に磁力を帯びさせるように、怨念を転写させるイメージだ。


 金属同士が擦れる不快な音が部屋に響き渡る。釘の錆が、傘の骨にこびりついていく。さらに釘の鋭利な先端で、今度は一本一本の骨に傷を刻みつけるようにひっかいていった。


 持ち手の加工に移る。

 プラスチックの黒い持ち手に、釘の先端で文字を刻んでいく。


 四。

 二。

 七。

 死にな、という意味だ。傘を盗んだ者への、明確な呪詛。

 刻まれた文字は白く浮かび上がり、まるで傷跡のようだった。


 次にキリで持ち手に穴を開け、そこに釘を埋め込む。接着剤で固定し、黒いテープで巻いて目立たないようにした。


 あとは、池田君の倉庫で見つけた人形。その目玉だ。


 その西洋人形は、倉庫に収められているワラ人形を見に行ったときに、棚に安置されていたものだ。


 磁器でできたすべらかな肌、金色の巻き毛、青いドレス。全体的に薄汚れている。以前はかわいらしかったのだろうけど、片目しか残っていなくて不気味に思えた。


 池田君は「これ、知り合いの遺品整理で出てきたんだけど、誰も引き取らなくて」と言っていた。いわくつきの代物らしい。


 彼の説明を聞いていたとき、人形の残っていた右目がぽろりと床に落ちた。


「あ」


 俺と池田君は顔を見合わせた。


「これ……俺に使えってことだよな?」

「いや、どうなんだろう」


 池田君はわかりやすく引いていた。

 でも俺には、その蒼い目が「使ってくれ」と訴えているように感じた。頼みこむまでもなく、池田君はその目を譲り渡してくれた。


 俺は傘を開いた時に天井になる位置の内側に、その宝石のような碧眼を瞬間接着剤でしっかりと貼り付けた。盗人が傘を使うとき、真っ先に視界に映りこむように。こいつが本物なら、必ず盗人の行動を監視してくれるだろう。


 これで呪いのアイテムの組み込みは終わった。

 しかし、まだ足りない。


 深夜、俺は傘を抱えて家を抜け出した。自転車で向かった先は、とある廃マンション。数年前に飛び降り自殺があった場所だ。


 俺は心を無にし、飛び降りをしたと言われる現場から開いた傘を何度も何度も落とした。宙を舞う傘が地面に叩きつけられるたび、ドンッと鈍い音が響く。


 十回ほど繰り返してその場に染み付いた死の念を、傘にたっぷりと吸いこませた。


 さて、最後の仕上げだ。

 

 市営墓地の一角に、「出る」と評判の場所がある。管理が行き届いていない古い区画。墓石は傾き、雑草が生い茂っている。心霊スポットとして、地元では有名だった。


 墓地の中で幽霊が立っていたと言われている場所に行った。

 無縁仏の墓石だろうか。傾いた墓石のそばだ。そこに開いたままの傘を置いた。


 そして、夜明け前に再び忍びこみ、誰にも見つからないように回収する。


  不思議と怖さは感じなかった。本当に幽霊がいたら、呪いをこめるのを手伝ってくれるんじゃないかという気さえしていた。 

 二日目、三日目と、同じ行為を繰り返した。  


 最終日の朝。回収した傘は、異様な冷気と湿気を帯びていた。

 傘はずっとたたんだままなのに、内側には細かい土が入りこんでいた。墓場の死者の念が染み込んだ土なのだと思う。


 改造前よりもずっしりと重くなった傘は、頼もしい限りだった。


 さあ、勝負だ。

 登校した俺は、傘立てに魔改造傘を突っ込んだ。


 ☂️☂️☂️


 天気予報は午後から雨。


 いつもなら憂鬱になる天気だが、今日は違った。胸の奥で、期待と不安が入り混じった感情がうずまいていた。


 五時間目の授業中、ついに窓の外が暗くなり、ポツ、ポツ、と音がし始めた。

 やがてそれは、ザアアアという本格的な雨になった。


 社会科の教師が黒板に何か書いているが、その音は俺の耳には入らない。心臓が妙に冷静に、しかし力強く脈打っていた。


 六時間目は古典の授業だった。

 窓ガラスを叩きつける雨音と、教師の退屈な朗読が子守唄のように響く教室で、俺は耳をそばだててはいなかった。 聴覚は、この豪雨の中では役に立たない。じっと全神経を廊下に向けていた。


 そして、廊下に何者かの気配があるような気がした。次の瞬間。


「ぎゃあああああッ!」


 人間とは思えないような叫び声が響いた。


 先生の手が止まる。全員が廊下の方を見る。

 数名の生徒が弾かれたように廊下の外に走り出た。もちろん俺もその流れに続いた。


 傘立ての前で生活指導のマエセンがうずくまり、片手を押さえて床をのたうち回っていた。


 駆け寄ったクラスメイトがその手元を覗きこみ、 「うげっ……」と顔をしかめた。


 俺もマエセンの手を見た。  

 そして、自分の作った呪いの成果をはっきりと確認した。


 マエセンの右手の指が全部、ありえない方向に曲がっていた。

 まるで強風にあおられた傘がひっくり返ったように、指が五本とも手の甲側に反り返っている。関節が逆に折れ曲がって、指先が手首の方を向いていた。


「うわ……」


 思わず後ずさる。

 周りの生徒たちも青い顔で目を背けていた中、俺の傘はマエセンのそばに何食わぬ顔で転がっていた。


 マエセンは救急車で運ばれて、即刻入院した。

 退院した後、彼はそのまま別の学校に配置換えになったらしい。だからまあ、いろいろ問題になることがあったのだろうと思う。


 もちろん、それからは学校で傘が盗まれることは一切なくなった。


 俺は、魔改造がうまくいきすぎたことが本気で怖くなった。あの傘はもう俺の手には余る。


 結局、池田君に泣きついた。正確にいうと、池田君のお父さんにだ。すべてを話した。


 お寺の住職である池田君のお父さんは、魔改造傘を見ると深いため息をついた。


「……とんでもないことをするな、君は」


 懇々こんこんと諭され、俺は二度としないと住職に誓った。

 傘は、寺でお焚き上げして処分してくれることになった。


 めでたし、めでたし。


 ……と、思っていたんだけど。


 数週間後。事件のことを忘れかけていた、ある朝。


 登校して傘立てを見ると。

 あの傘が刺さっていた。

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