第6章 エピローグ
『続いて、速報です。世間を騒がせた連続美術損壊事件。通称『ハーティカ』を捕まえたことを、警察は発表しました。単独犯と思われていた犯人は複数人の専用アプリで繋がっていた集団であり、一つの目的のために集まったと考えられています。現在警察は全体像の把握に……』
煖華の運転する車から流れるラジオからの報道を聞き流しながら、私は久しぶりに後部座席に縮こまるようにして座っていた。
「捕まりましたね。ハーティカ……じゃなくて、旧木さん。以前の報道で自首したそうですよ?」
ラジオだけが流れる車内で煖華は話題を提供してくれた。しかし、私は友人の答えにさほど興味を示すことなく頷き、車外の流れてゆく景色を眺める。
いい季節になった。こんな紅葉に囲まれながら絵を描いたら、さぞ素晴らしい絵が描けそうだ。
「真心館長。聞いてますか?」
景色を堪能している私の意識を現実に引き戻すように、煖華が呼びかけたれ意識を運転席に向ける。
「ごめん、何だった?」
「なんだったって……『ハーティカに理由』です。旧木さんから聞いてないんですか?」
理由か……そんな事、考えもしなかったな。でも、打ち上げで新紙と話した様子から見ると……。
「魔が差した。じゃないか?打ち上げで話した限り、仕事も行き詰まってたみたい事言っていたかたな」
私の適当な発言と同時に目的地に到着した。エンジンを止めた煖華は振り向きながら私を見つめる。そこには呆れと疑いが入り混じっている。
「要するに聞いてないんですね?あり得ませんよ。本当に」
煖華はブツブツと文句を言いながら車を降りると、ドアを思いっきりバンッと閉めた。
悪かったな。本当にどうでもよかったんだよ。私は新紙の動機が知りたかっただけだった。
私も車から降りると、伝言を頼まれていた事を思い出した。
「そう言えば、初心から苦情が来てたぞ。『私は探偵じゃない』って。煖華。初心に何を聞いたんだ?」
車のカギを締めると鞄にカギをしまうと同時に、煖華は携帯を取り出し、私に突きつけてきた。
「初心ちゃんに事件のこと聞いてみたんです。そうしたら、一週間後に、絵画と一緒に怪文が届いたんです。真心館長なら翻訳できますよね?」
押し付けられた携帯にはストーンヘンジと思しき巨石群の素晴らしい絵画と、文章が綴られていた。
『漆黒色の思考と岩絵具の性格。紀元前から来た異星人』
と書かれていた。
また、よく分からん怪文書を。十代からの付き合いだが、これだけは理解に苦しむ。
「多分だが、変化しない思考を持った堅物。時代遅れの理解不能な犯人てことだと思うぞ」
それでストーンヘンジ……か。これ、複数犯暗示しているのか?まさかな。
私が携帯を突き返すと、煖華は私を背に携帯を操作すると鞄にしまい込む。
「仕事に行きますよ。早くしないと開館時間が遅れてしまいます」
私は時計に目を向ける。八時三十分。余裕が十分にある時間だ。
そう言えば、遅刻する訳でもないのに、どうして煖華は私をわざわざ迎えに来たんだ?
ここに来て煖華の行動に疑問を感じ始めた。
「真心館長、さっきの翻訳ですが、初心ちゃんにしっかりと送信しておきました。結果が楽しみです」
前に立っていた煖華は振り返ると、満面の笑みを浮かべながら告げた。その、宣告に私の顔から血の気が引いてゆく。
「嘘……だろ?」
最後の希望に縋るように、尋ねたが、煖華は小さく首を横に振るだけだった。
「もし違ってたら、初心のヤツ、血相変えて説教に……」
私が慌てて携帯の電源を切ろうと携帯を取り出すと、その瞬間を待っていたかのように着信音が鳴り響いた。恐る恐る表示された名前を見るとそこには相手先「初心」と書かれていた。視線を煖華に向けるとその顔はとてもこの状況を楽しんでいるようだった。
まさか、ハーティカの件で煖華を怒らせたこと、今だに怒っていたのか?
出ないわけにもいかず、通話ボタンを押したと同時に手元から大音量の罵声が轟いた。
しばらく続いた罵詈雑言が聞こえなくなると、戦々恐々としながら耳元に当てる。
『今、画廊か?今から向かうぞ』
私が一言も喋ることなく、一方的に通話が切られてしまった。一連の流れを見ていた煖華は一貫して楽しそうにこちらを見つめ続ける。
よし、今日は仕事を休もう。
私が踵を返すとそれを予見していたかのように、素早く煖華に腕を掴まれた。
「さぁ、仕事の時間です。それと楽しみですね。初心ちゃんの講義」
逃げることを許されなかった私は、ただただ引きずられながら画廊へと連行される。
事件は解決し、世間は平和になっても、私の平穏は当分先らしい。
心の芸術を追い求める者 漆峯七々 @shichigounana
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