月は青く鈍く光る

羽鐘

海と戦う者たちの決意

 海洋防衛隊サカキ基地の事務所の屋上で、ナルカミは月を見ていた。

 千年以上前、人類の愚かな選択によって引き起こされた大いなる厄災の後から、月は黄金に輝くことを止め、青く鈍く光るようになっていた。


 今は下弦の月。

 満月に多発する海魔の襲来までの束の間の平穏のとき。月は、さざ波を運びながら、静かにその姿を母なる存在であった海に反射させていた。


「月が綺麗ですね」

 ミソノがナルカミの背に声をかけた。

 ナルカミと同じく海洋防衛隊中型護衛艦アカギリに所属し通信士としての任にあたっている。


「それは言葉どおりの意味か? それとも旧史から伝わる愛の告白か?」

 アカギリで機関士兼砲術士を務めるナルカミは、低いがよく通る声で返した。


「どちらの意味でも。貴方の好きなようにとって構わないわ」

 そう嘯くミソノだが、耳朶まで朱に染めていることを青い月光が伝えていた。


「かの御仁は、実際には『月が青いなぁ』と言っていたとも伝えられているし、本当にそう言っていたか確かな記録もない。とはいえ、文学的な表現は嫌いじゃない」

 ナルカミはミソノの肩をそっと抱き寄せ、互いの温もりを伝えあうように、胸元へと導いた。


「本当に行くの?」

 短く、僅かに非難を含ませた問い。


「そうしなければならない」

 海を睨むナルカミの双眸は、揺るがぬ決意を示していた。


 海魔の発生原因を突き止めるための調査隊が編成されることが告げられたこの日、ナルカミはすぐに上官に志願していた。

 家族を奪った海魔に対する恨みがあった。だが、それ以上に、海魔に怯える日々を無くしたい気持ちが強かった。


「なら、私も行く」

 ミソノは愛しい者の胸に額を押し付けた。ナルカミがそっと頭を撫でると、微かに震えていた。


「片道切符だ。俺には家族がいないが君には両親がいる。それに君は……女だ」

「貴方以外の子を産むつもりはないわ」

 ナルカミの願いを知りながらも、ミソノは強い口調で遮った。


『命を繋げ』

 ナルカミはそう言いたかったに違いない。

 だからこそ、ミソノは、家族を失ったナルカミに、新たな家族をもたらしたかった。



「……君の言うとおり、月が綺麗だ」

 大気汚染と灰の雨に汚され、朧に見える、青い月。

 それが何故か、ナルカミには美しく見えた。


「青い月も捨てたものじゃないわね。それを言ってくれるなら、私は死んでもいいわ」

「死なせない。それが俺の正義だ」


 月の光は、愛し合うものの影が一つに重なるよう、二人を優しく照らしていた……



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