日和見の幕が上がる

溝野重賀

揉めて、騒いで、輝いて

 1

「まじで、こんな部活入るんじゃなかった……」


 高瀬悠斗たかせゆうと、16歳、日和見主義の権化。高校に入ってから「楽そうな部活」を探し、演劇部に流れ着いた。理由? 顧問がゆるそうだったから。なのに、今、目の前では地獄が繰り広げられている。


彩花あやか! セリフ棒読みすぎ! もっと魂込めなよ!」


 部長の佐藤玲奈さとうれなが、舞台のど真ん中で腕を振り回す。髪を振り乱し、まるで戦場の指揮官だ。


「魂って何!? 私、昨日徹夜で覚えたんだから!」


 彩花こと山本やまもと彩花、二年の看板女優(自称)が、負けじと叫び返す。


「はいはい、両方落ち着けって。ケーキでも食べてさ」


 仲裁に入るのは、副部長・田中翔たなかかける。いつもニコニコ、でも誰も言うこと聞かない。演劇部の部室兼練習場は、まるで動物園。悠斗は隅っこで台本を手に、ひたすら透明人間を目指した。


「高瀬! ボーッとしてないで!」


 玲奈の鋭い声に、悠斗はビクッと飛び上がる。


「え、俺、裏方志望なんで……」


「裏方も表もねえ! 全国大会まで3ヶ月、みんなで這い上がるんだよ!」


 そう、この演劇部、なぜか全国大会を目指してる。去年の地区予選で惨敗したのに、玲奈の「今年こそは!」という謎の情熱で部員12人が振り回されている。悠斗は思う。

 なんで俺、こんな面倒なとこに……



 2

 悠斗の日和見主義は、幼い頃からの処世術だ。親の転勤で転校を繰り返し、いつも「波風立てない」をモットーに生きてきた。演劇部に入ったのも、部活未加入だと進路指導室に呼び出されるから。

 でも、この部活は違う。毎日誰かが誰かと揉めてる。


 ・玲奈と彩花の「演技論バトル」。

 ・翔の「まあまあ」仲裁が火に油を注ぐパターン。

 ・一年生の双子コンビが大道具を壊して顧問に怒られる事件。

 

  昨日なんか、彩花が「玲奈の演出が古臭い!」と泣きながら帰っちゃって、練習が1時間ストップ。悠斗はただただ台本のページをめくり、嵐が過ぎるのを待った。

 ある日、練習後。玲奈が悠斗に絡んできた。


「高瀬、なんでいつもそんな冷めた目で見てんの?」


「え、別に……普通にやってますけど?」


「普通じゃダメなんだよ! 全国大会、優勝するんだから!」


 玲奈の目はマジだ。悠斗は心の中でため息。


「部長、なんでそこまで本気なんですか? 地区予選すらキツいっすよ」


 玲奈は一瞬、目を伏せた。


「……去年、負けたとき、部員みんな泣いたんだ。私が脚本書いて、演出して、なのにボロボロだった。もう二度と、あんな思いしたくない」


 その言葉に、悠斗の胸がチクッと痛んだ。玲奈の声、震えてた。



 3

 次の日から、悠斗は少しだけ変わった。いや、変わらざるを得なかった。

 彩花がまた「セリフ覚えられない!」とキレて、玲奈が「じゃあ私が代わりにやる!」と舞台に飛び出した瞬間、照明が落ちた。悠斗のミスだ。


「お前、何やってんだよ!」


 全員の視線が突き刺さる。悠斗、初めて本気で謝った。


「す、すみませんでした! すぐ直します!」


 その夜、部室に残って照明のキューシートを書き直した。隣では、玲奈が台本に赤ペンを走らせてる。


「高瀬、意外と真面目じゃん」


「いや、ミスしたくねえだけです」


「ふーん。でもさ、さっきの照明、悪くなかったよ。雰囲気出てた」


「……マジすか?」


 初めて褒められた。なんか、悪い気しない。 それから、悠斗は少しずつ「巻き込まれる」ようになった。彩花にセリフの読み合わせを手伝わされ、翔に「悠斗、意外とイケボじゃん!」と舞台に引っ張られ、双子の大道具作りまで手伝った。

 揉め事は相変わらず。彩花が「玲奈の脚本、恋愛パートがクサい!」と叫び、玲奈が「じゃあお前が書け!」と返す。でも、なぜか部室は笑いに包まれる瞬間が増えた。



 4

 地区予選当日。演目は『星の降る夜』、玲奈のオリジナル脚本。恋と友情が交錯する青春劇だ。悠斗は照明係として、舞台袖でキューを出す。

 本番中、彩花の演技が突然キレッキレになる。いつも棒読みだったのに、まるで別人。玲奈の演出が、彼女の心に火をつけたんだ。

 ラストシーン。主人公が星空の下で叫ぶ。


「俺たちは、絶対に諦めねえ!」


 客席が静まり返り、拍手が鳴り響く。悠斗の手、汗でぐっしょりだ。 結果、地区予選突破。全国大会への切符を手に入れた。部室に戻ると、みんな泣きながら抱き合ってる。彩花が「玲奈、最高の脚本だった!」と叫び、翔が「ケーキ食おうぜ!」と空気読まずに笑わせる。

 悠斗は、隅っこで台本を握りしめた。


「高瀬、ありがとな。照明、めっちゃ良かった」


 玲奈が笑う。悠斗、初めて本気で笑い返した。


「まあ、悪くなかったっすね」



 5

 その夜、悠斗は家で台本を眺めた。日和見主義の自分は、どこかで変わった。演劇部の揉め事は、ただの騒ぎじゃなかった。みんなが本気でぶつかり合って、初めて舞台が輝いたんだ。

 全国大会はまだ先。でも、悠斗は思う。

 

 この部活、めっちゃ青春じゃん。


 完




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日和見の幕が上がる 溝野重賀 @mizono

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