第37話
カラン――と、喫茶店のドアが再び鳴った。
入ってきたのは、一人の人影。
肩までの黒髪をゆるく巻き、落ち着いたベージュのコートに身を包んでいる。
すらりとした立ち姿で、柔らかな微笑みを浮かべながらこちらへ歩いてきた。
(……綺麗な人だな)
思わず背筋が伸びる。
その人物は俺の向かいの席に静かに腰を下ろした。
武井は手短に紹介する。
「紹介する。彼は“同じ側”の人間だ。若、お前と同じく“デバイス所有者”」
彼――?
聞き間違いかと思った。
目の前の人物は、どう見ても女性にしか見えない。
だが次の瞬間、口を開いたその声は――
低く、穏やかで、まぎれもなく男の声だった。
「はじめまして。俺は桐生 蓮(きりゅうれん)。よろしく頼む」
軽く会釈をすると、彼はカバンから一冊のノートを取り出した。
白銀の装丁、背表紙には古代文字のような模様が刻まれている。
表紙の中央に、光のような文様が一瞬走る。
「これはね、『十戒(デカログ)』をモチーフにしたデバイスなんだ」
ぱらり、とページをめくると、ノートの中で光が走った。
まるで“書かれていないはずの言葉”が浮かび上がるように。
「“戒律を破る者に、真実の罰を”――そういう仕組みさ」
その声は柔らかくも冷たい。
まるで法と罰、その両方を司る存在のような響きを持っていた。
俺はごくりと息を呑む。
「え、えっと……その、見た目が……」
「女に見えるだろ?」と桐生は軽く笑う。
「この身体は“擬装データ”だよ。ミミックOSの影響で現実の姿も変質してる」
「擬装データ……現実も変わるのかよ……?」
「この世界はもう、現実と仮想の境界が曖昧になってる。
俺たちは“ログインしたまま出られなくなったプレイヤー”みたいなもんだ」
静かな店内に、コーヒーの香りとともに重い沈黙が落ちる。
武井が低く呟いた。
「若、こいつは“情報解析”の専門家だ。ミミックOSのコードの半分以上を読める」
桐生はノートを閉じ、俺をまっすぐに見つめた。
「君が“レゾナンスロッド”の使い手だね。ようやく会えた」
その瞳は、まるで光と闇の境界を見通すように深かった。
現代の世界に魔獣が現れさあ大変だが俺はなんとか生きてます みなと劉 @minatoryu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。現代の世界に魔獣が現れさあ大変だが俺はなんとか生きてますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます