第36話

 午後。

 会議室に戻ってパソコンを開く。

 エアコンの低い音と、キーボードを叩く音が静かに混ざる。

 だが……どうにも、周囲の視線が痛い。


 (……さっきの社食の件、絶対話題になってるな)


 ちら、と前方を見ると、同期の真柴がこちらを見てニヤニヤしている。

「おい若。まさか常務とランチなんて、出世コースか?」

「ち、違う!たまたまだよ、たまたま!」

「ふぅん?たまたまで“常務が席を取って待ってる”って、よっぽどだな」

「……うぐ」


 笑いながらも真柴は肩をすくめ、資料をめくる。

 周囲もひそひそ……と小さな声で話しているのが聞こえる。


 そのとき――


 パソコンのモニターが一瞬チカッと光った。

 画面の隅に、見慣れないアイコンが浮かぶ。


 【バグ検出:社内システム】


 (……またか?)


 思わず周囲を見回すが、誰も気づいていない。

 画面をクリックしてみると、文字が浮かび上がった。


 > “このデータに触れるな。これは『書き換えられた現実』だ。”


 心臓がドクンと鳴った。


 (現実を書き換える? まさか……昨日の“再構築”と同じ現象か?)


 手が震える。

 誰にも見られないようにガイドブックを開く。

 そこに、新たなページが追加されていた。



---


【ガイドブック更新】


> ■ クエスト:社内ネットワークの『バグ』を解析せよ

  目的:不正コードの出処を調べる

  報酬:スキル【解析眼】

  警告:発覚すると“システム監査部”に追跡される恐れあり





---


 (……監査部って、アルバトロイ側の監視機関か?)


 そう思った瞬間、スマホが震えた。

 画面には「武井久義」の名前。


「……はい、もしもし」

『若、見えたか?』

「え、なんで分かるんですか」

『ガイドブックは俺と同期してる。今のお前のモニター、“改変コード”を拾ったな?』

「……はい」

『今は触るな。定時後、いつもの場所で会おう。駅前の“第三喫茶ロッジ”だ』


 ピッ――通話が切れた。


 (“いつもの場所”? 昨日は家だっただろ……)


 そう思いつつ、胸の奥にざらりとした感覚が残る。

 データ入力を続けながらも、頭の片隅で“何か”が繋がっていく気がしていた。



---


 夕方。

 退勤処理を済ませて外に出ると、街は夕焼けに染まっていた。

 会社を出ると、通りの向こうに喫茶店の看板が見える。

 木目調の看板には――


 【Third Coffee Lodge】


 ドアを開けると、カラン、と鈴の音。

 奥の席に武井が座っていた。

 コーヒーの香りの中、ノートパソコンを開きながら彼は手招きした。


「来たな、若。さっきの“改変コード”の正体、分かってきた」

「分かったって……何が?」

「アルバトロイの中枢AI――“ミミックOS”が再起動を始めてる」

「ミミックOS……?」

「現実を“ゲームのように管理”している人工知能だ。俺たちはその中にいる」


 心臓が凍りついた。

 (まさか……“世界の異常”って、これのことか?)



---


【ガイドブック更新】


> ■ メインクエスト更新:「世界再構築の真相を探れ」

  発生条件:ミミックOS再起動の確認

  同行者:武井久義

  特典:スキル連携「デュアルリンク」解放予定





---


 俺は深く息を吐いた。

 (やっぱり……普通の世界には、もう戻れないのかもしれない)


 ――だが、武井はコーヒーをすすりながら笑った。

「ま、心配するな若。俺たちは“バグ斬り”のペアだ。面白くなってきたじゃないか」


 その笑顔が、なぜか少しだけ頼もしく見えた。



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