第3話 初陣
――闘争欲、解放。
その瞬間、宵宮凛人(よいみや りんと)の視界が赤く染まった。
全身の血が燃え上がり、心臓の鼓動が耳を打つ。
拳の奥から、何かが溢れ出す感覚。
自分の中に、こんな熱があったのかと――恐ろしくなるほどの力。
目の前の夢鬼が、灰色の靄の中でうごめいた。
以前とは違う。はっきり見える。
人の形をしているようで、していない。
口のない顔から、呻きとも嗤いともつかない音が漏れる。
「……来るぞ、凛人!」
紫苑(しおん)の声が響く。
夢鬼が床を這うように滑り寄る。
その影が足元に触れた瞬間、凛人の背筋を冷たいものが這い上がった。
反射的に身を引くが、影が腕を掴み、皮膚の内側に黒い線が走る。
「う、あああっ――!」
焼けるような痛み。
その中で、誰かの笑顔が脳裏をかすめた。
――玲奈。
彼女の笑顔が、光のように闇を裂く。
心臓が跳ねた瞬間、黒い線が弾け飛んだ。
「守る……守るんだ……!」
凛人は吠えるように立ち上がった。
痛みよりも、恐怖よりも、強い想いが体を動かしていた。
紫苑の声が再び届く。
「いいぞ……その感情を恐れるな! それが“欲”の真の形だ!」
凛人の足元に、赤い紋様が浮かぶ。
闘争欲が具現化した魔法陣のように、脈動し、空気が震えた。
「これが……俺の……力……!」
凛人は拳を握り、走り出す。
夢鬼が咆哮を上げ、黒い腕を伸ばす。
だが、凛人は恐れなかった。
拳を振り抜いた瞬間、光が弾け、音が消える。
衝撃と共に、夢鬼の身体が裂け、靄となって散った。
灰色の世界が静まり返り、凛人の呼吸だけが響いた。
「……倒した、のか?」
紫苑が近づき、帽子の下から目を細める。
「おめでとう。初陣、勝利だね」
「初陣……?」
「夢鬼との本格的な初めての戦い。誰しも最初は“恐怖”から始まる。
君がそれを越えたということは――“夢を守る者”になる資格があるということだ」
凛人は膝をつき、息を荒げる。
熱がまだ体の中で暴れていた。
自分の中の“欲望”が、まだ完全には沈まない。
「……これが、俺の力……」
「そう。だが忘れるな。欲は諸刃の剣だ。
制御を誤れば、君自身が夢鬼になる」
紫苑の声は静かだが、重かった。
凛人は無言で頷いた。
恐怖も、痛みも、確かに感じた。
けれど、その奥にあったのは――玲奈を想う気持ち。
それが、今の自分を支えている。
「紫苑……俺は、もっと強くなりたい。玲奈を、守れるくらいに」
紫苑は微笑み、懐から小さな光の石を取り出す。
「なら、これを。夢神殿への“通行符”だ。
今夜から、君は正式に〈夢守者(ガーディアン)〉の候補生となる」
凛人はその石を受け取り、手の中で握りしめる。
熱が、また静かに灯った。
――夢鬼は、まだどこかにいる。
――玲奈の夢を、喰らおうとしている。
凛人は決意を宿した瞳で、紫苑を見据えた。
「俺は、もう逃げない」
その言葉に、紫苑は満足げに頷いた。
「いい覚悟だ。さあ――本当の戦いはここからだよ、宵宮凛人」
夢の世界が光に包まれ、現実へと還る。
次に目を開けた時、凛人の掌には、確かに光の石が残っていた。
――夢と現実、その境界が、音を立てて崩れ始めていた。
DREAM GUARDIANS -夢を守る者たち- 川矢 亮介 @RK2000
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