土砂降り
七乃はふと
土砂降り
私は大学を出てすぐ就職した。
仕事を上手くこなせ、同僚や上司からも一目置かれ、後輩の女性から告白され結婚。そして一等地に有名建築士による一軒家を建てた。
近所付き合いもこなし、周囲からおしどり夫婦と呼ばれたいた私だったが、ある日から仕事の量が爆増する。同僚たちでは捌けなくなり、上司はこちらに仕事を回してくるようになった。最初は頼られている事と、給料が増えることに妻と二人で喜んでいたが、増えていく仕事は一人では捌き切れる量ではなくなっていた。
周りに協力を求めると、社長が現れ、君だけが頼りと言われてしまうと、反論できなくなってしまった。
残業が増え、朝から晩まで会社に籠る私が家に帰る目的は寝るためだけ。
そんな生活を続けていたある日、妻が消えた。残されたのは初デートでプレゼントした砂時計だけ。
だが、私にはテーブルに置かれた紙に印鑑を押す暇もなかった。
仕事がひと段落すると会社は無理やり有給を取らせた。
真っ暗な家に帰った途端、両足から力が抜け、気づくと玄関で有給初日が終わっていた。
そんな私にできたのは寝巻きに着替えベッドに潜り込むことだけ。
目を閉じても頭が冴えて眠れない。しかし体は麻痺したように動かなかった。
こんな生活やめたい。このままだと仕事に殺される。だけど、今更他の仕事なんてできるか。出来ない。
神様。どうすれば仕事をしないで済むでしょうか?
いつの間に眠っていたのか、雨の音で目を覚ます。だいぶ激しく降っているようで、窓の外から聞こえる雨音は、繋がって聞こえる。
時間が経つと勢いを増していく雨に、居ても経ってもいられなくなり、重い腕でカーテンを開けた途端、全身が久しぶりに休み前の勢いを取り戻す。
窓の外に降っていたのは、ピンク色の砂。
二階の私の寝室まで積もったソレは、今なお滝のように降り注ぎ、屋根にピンポイントに当たっていた。
砂が落ちる音に混じって、上の方で何十人が一斉に歯軋りする音。砂の勢いと重みに屋根が耐えられなくなっているようだ。
家から脱出しようと、ドアノブに手をかけたが、家が歪んだのかビクともしない。ならば窓はと近寄ったが、開ければ砂が侵入してくるのは明らかだった。
子供のようにベッドで丸くなった私は何度も助けを求めた。
天井がへこみ、窓ガラス全面にヒビが入った頃、砂が落ちてくる音が止んだ。
ほっとしたのも束の間、地震が起きる。激しい揺れで窓は割れドアは吹き飛び、両手で挟まれるように砂が侵入してくる。砂にもみくちゃにされ、何度も天地が逆転しどちらが上か下か分からなくなった頃、地震は収まった。
辛うじて隙間を見つけ顔を出すと、一面のピンク色で人っ子一人見当たらない。
絶望する間もなく大地が震え始め、今度は下に落ちていく。
あいつが来なくなった。優秀でお人好しだったから、あいつ一人に仕事を任せていたのに、有給をあげたのが間違いだった。今頃家で過労死しているかもしれないと社長に報告すると、見てこいと命令された。
家はなかった。隣近所に聞くと、いつから更地になったのか覚えていないとか。収穫はそこで見つけた砂時計。
ありのままを社長に報告するとキレて、残った仕事を俺に押し付けてきやがった。
今日から徹夜コースだからコーヒーを買うために自販機の前で財布を取り出そうとすると、さっき拾った砂時計。
見ていると失踪したあいつの顔を思い出してイライラしてきた。ちょうど空き缶と同じ大きさだったので、目についたゴミ箱に向かって放り投げてやった。
土砂降り 七乃はふと @hahuto
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