ハロウィンのフレディ
縞間かおる
<これで全部>
6月のある日曜日。
私を棄てた男をショッピングモールで見掛けた。
一緒に連れていた子供はその母親によく似た、甘い砂糖菓子の様な少女だった。
“本命”の女は斯様に
“付き合っていた”当時……
『砂糖菓子ばっか食べてると胸ヤケするだろ?たまには違った味も試したい。それが“あご足つき”ならカモネギ!』って男の声を聞いた。
私の全てを注いで尽した男の声を聞き違える筈も無く、真意を確かめたくてその日の夜、男をディナーに誘ったら、食事の途中で男のスマホが鳴り、ヤツはスマホに掛かり切りとなった。
堪りかねて「話があるの!」って詰め寄ったら「だったら落ち着ける所がいいだろう」と結局“いつものコース”となり……ようやく話せたのが、男の“賢者タイム”で……
私の話の途中で「お前!何様なんだよ!」と上掛けを蹴り落してバスルームへ入り、ヤツはそのままホテルを出て行った。
置き去りにされた私はベッドの上で茫然としてしまったが、気を取り直し、スマホで追い掛けたら既に着拒にされていた。
確かに私は……“女の魅力”には乏しいのだろう。
顔は地味なくせに背が172cmもある。
節制しているので太ってはいないが……胸は“なだらかな山”どころか
それなのに少しでも女らしく見せようと腰近くまで髪を伸ばしてしまっていた。
そんな自分の全てが嫌で……今時なら誰もやりそうにない“断髪”を勢いでやってしまい、ベリーショートのまま今に至ると言うイタイ女だ。
もちろん、新しいカレシなどできる筈もなかった。
「仕方ない、それが私の人生!」と諦めていたのに……幸せそうなヤツらを目撃して、俄かに燻り始めた胸の内の黒い炎を私は消す事が出来なくなってしまった。
◇◇◇◇◇◇
それからの私は、毎週ショッピングモールに出向き、彼らが日曜日の午後に訪れるのがルーティンだと分かった。
7月には私はすっかりナイフマニアとなり、部屋に発泡スチロールのトロ箱を山積みにし、それをナイフで突き刺す練習に明け暮れた。
その甲斐あって9月の声を聞く頃には肉の塊に速やかにナイフが入れられる様になり、
翌10月の半ばの段階で……私は数あるナイフの中から最も効果的な1本を選び出した。
そして迎えた10月の最終日曜日の午後。
ショッピングモールにはハロウィンの衣装を身に纏った子供達とその手を引く親達でごった返している。
私のイタイ体格は“男”のコスプレにはうってつけで……私は
トールワゴン型の軽自動車でショッピングモールの駐車場へ乗り付けた。
ダッシュボードに掛けていたサングラスを置き、代わりにフレディを模したハロウィン用のマスクとハットを被り、体に押し付けると刃が引っ込む玩具のナイフを取り出した。
手に“血糊”のメイクを施した後、車を出て……中にいっぱいお菓子を詰め込んだ黒い大きな袋をサンタクロース宜しく肩にしょい、私は地下駐車場のエレベーターに乗乗り込んだ。
こんな格好をしていても今日だけは誰からも訝しがられない。
地上に出てみると、あちこちのお店でハロウィンのイベントとしてお菓子が配られていたが、それも尽き……徐々に子供達の表情に落胆が拡がる。
私の目的の“あの子”は魔女の
「Trick or Treat?」
目いっぱい低い声でハロウィンの掛け声をあげながら、子供達を玩具のナイフで刺し、お菓子をあげる。
そうやって“あの子”を追ううちに私の周りは子供だらけとなり、“あの子”の方から駆け寄って来た。
私はナイフを本物と持ち替えて“あの子”が私の袂に辿り着くのを待つ。
そうして彼女が渡されたお菓子に目を輝かせた瞬間、彼女の右脇腹へ私はドスン! とナイフを突き刺し、その場で袋の中身を全部バラ撒いた。
歓声をあげる子供達の渦を抜け、私は“フレディ”のまま悠然とエレベーターの方へ歩いて行く。
けれど、地下へと降りるエレベーターのドアが閉まる迄、叫び声は聞こえなかった。
単に“フレディ”のマスクのせいで、聞こえなかっただけだったかもしれないが……
クルマに乗り込み、脱いだマスクを後部席に投げる。
やはり
まだゾクゾクが止まらない!!
ひょっとしたら男とはこんな感覚を女から得ているのだろうか?
私はゆっくりとサングラスを掛けエンジンをスタートさせる。
捕まえるのなら早く来い!
実名でやってるSNSへ“ヤツの行状”を上げる準備は出来上がっている。
私が捕まってニュースになれば、こんなのもネタとなって……ますますヤツを苦しめる事ができるだろう。
なんて愉快なんだろう!
私はカラカラと哄笑して駐車場の“洞穴”を後にした。
終わり
ハロウィンのフレディ 縞間かおる @kurosirokaede
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