桜咲き誇るほど:薄墨の桜姫と、調和の虹色
Tom Eny
桜咲き誇るほど:薄墨の桜姫と、調和の虹色
桜咲き誇るほど:薄墨の桜姫と、調和の虹色
I. 運命の呼び声
岐阜の、満開の桜並木を歩いていた女子高生ハルカは、突然、不思議な光に包まれた。あの日の甘酸っぱい桜の香りはすぐに消え、代わりに土と生命の、熱を帯びた、濃密な匂いに包まれた。
目を開けると、そこは巨大な桜の古木(守護神)が天空にそびえ立ち、その幹と一体化した桜花城が佇む世界だった。ここは文明ではなく、生命の調和によって成り立つ、桜の世界。ハルカは、この世界が松の騎士や竹の薬師、そして梅の冷たい知識に支えられていることを、後に知ることになる。
国王から告げられたのは、ハルカこそが伝説の**「桜のプリンセス」**であり、王国は崩壊の危機にあるという真実。魔物を率いるのは、国王の長男、ハルカにとっては兄にあたるゼノス。彼は桜の力の不完全さによる悲劇から、「完璧な秩序」を求め、破壊者となっていた。
「どうか、ゼノスを止めてほしい」
ハルカは杖を握りしめたまま、数秒間、沈黙した。この世界が壊れたら、もう二度と故郷の桜には戻れない気がする。その漠然とした不安が、目の前の人々を守る責任感へと変わった。手のひらに感じた杖の木肌の微かなざらつきから、温かい**「鼓動」**が伝わってくる。
ハルカは立ち上がった。傍らには、松のように揺るぎない騎士アヤトと、竹のようにしなやかで好奇心旺盛な薬師の娘リンがいる。彼らと共に、ハルカは運命の旅路に出ることを決意した。
II. 旅路と絆
旅の途中、三人は魔物に荒らされ、絶望が蔓延する村に立ち寄った。ハルカは桜花の杖を掲げ、心の中で故郷の童謡を口ずさむ。**ハルカの体から、微かな桜の花びらのような光の粒が舞い散る。**それは、彼女自身の生命力の一部を分け与えている代償だった。杖から舞い上がった桜吹雪が村の毒を浄化し、枯れた大地に生命力を注いだ。
この再生の光景を見たリンは、地面の土をすくい、すぐに気づいた。「ハルカ!見て!作物は枯れてるけど、隣の雑草が土壌の成分を変えて、生き延びようとしてる!不完全なものが、互いに補い合ってるんだ!」
ハルカは、この**「育種」のヒントこそ、王国の未来だと直感した。人々の感謝と信頼という「絆の力」**が、桜の力を増幅させていくことを実感するたび、ハルカの決意は固まっていった。
ある夜、魔物の奇襲を受けた際、アヤトは疲労を振り払うため懐の梅干しを口に放り込んだ。強烈な酸味に「うっ…!」と松の如く揺るがない彼の顔が歪む。その人間らしい表情に、ハルカとリンは思わず笑い、張り詰めた空気が和らいだ。アヤトのハルカを見つめる瞳には、騎士としての義務を超えた、微かな熱が宿り始めていた。
III. 王都決戦
王都に、ゼノス率いる魔物の群れが押し寄せてきた。魔物の咆哮が、ただの音ではなく、大地を**「不協和音で揺らす振動」**としてハルカの耳の奥に響く。
守護神の根元へと続く道で、ゼノスが立ちはだかった。彼の表情は冷酷な梅の花のように凍てついている。
「なぜ、こんなことを!兄さん!」ハルカは叫んだ。
ゼノスは「氷梅の魔杖」を構える。「貴様には分からぬ。この世界には、真の**『秩序』**が必要なのだ。あなたの求める秩序は、美しさのない冷凍保存だ!」
ハルカは必死に応戦するが、ゼノスの圧倒的な力の前に追い詰められる。その時、ハルカをかばった国王が、ゼノスの攻撃を受け、静かに力尽きた。その潔い散り際は、城の庭園の椿が音もなく地に落ちるように尊く、ハルカの心臓を締め付けた。父王の死と、その手から零れ落ちた王笏が、ハルカの絶望に呼応するように、司令塔の停止ボタンを激しく脈動させた。
勝利を確信したゼノスは、冷たい笑みを浮かべながら司令塔の隠し部屋に到達する。彼が停止ボタンに手を伸ばした一瞬の沈黙。風が止み、桜の花びらさえ落ちない。
ゼノスがボタンを押した瞬間、父王の怒りとも共鳴するように光が激しく脈動した。ゼノスはボタンが活性化したと誤解し、再び力強く押し込む。
桜の守護神から放たれた強力な光がボタンを通じてゼノスを包み込み、彼の存在は跡形もなく消え去った。
光が収束した場所には、砕け散った魔杖ではなく、**一輪の美しい、しかし冷たい「白梅の花」**が静かに地に落ちていた。ハルカはそれを見て、涙を流す。「兄さんは、本当に美しさだけを求めていたんだ…」
ハルカの心に、静かな声が響いた。「兄さん…これが、あなたの求められなかった、生きた秩序だよ」
IV. 希望の育種
ゼノスが倒れ、桜の世界に平和が訪れる。ハルカは、父王の死という悲劇を乗り越え、真の桜のプリンセスとして覚醒した。
彼女は、父王が大切にしていた桜花城の隠れた庭園、「生命の泉」へと足を踏み入れた。泉の奥には、樹齢千五百年の歴史が刻まれた薄墨の古桜の若木が静かに息づいている。
リンの教える育種術と、アヤトの協力を得て、ハルカは泉の水と、人々の「絆の力」を注ぎ込んだ。その時、薄墨の古桜から、これまでに見たことのない、七色に輝く花びらが舞い落ちた。
**「虹色の桜」**の誕生だった。その花びらには、ハルカが元の世界を忘れないよう、岐阜の薄墨桜にも似た、悠久の時を思わせる灰色がかった白が微かに混ざっていた。
虹色の桜の力で、枯れた大地は再生し、人々の心も癒された。この「希望の雫」は、ハルカの桜の力だけでは作れず、アヤトが守り抜き、リンが整えた土壌と知識があって初めて可能になった、三人の絆の結晶だった。
復興後の、満開の桜が風に舞う光景。その花びらは、あの日の岐阜の桜と、この世界の虹色の桜が調和した、**「未来の色」**をしていた。
ハルカは静かに確信する。もう、元の世界に戻る必要はない。この世界が、彼女の新しい故郷になったのだと。
彼女の傍らには、深い愛と信頼でプリンスとなったアヤトがいる。彼はハルカを見つめる時だけ、松の揺るぎなさが微かな熱を帯びるのを知っていた。
リンが茶目っ気たっぷりにハルカの腕を掴む。
「ハルカ、今度はどんな新しい桜を咲かせちゃう?」
ハルカは空を見上げ、微笑んだ。
「そうね。きっと、もっともっと、強い命を育てるわ。」
ハルカ、アヤト、リンの三人は、不完全なまま互いを支え合い、調和の力で、桜の王国に再び豊かさが咲き誇る未来を、これからもずっと築いていくのだった。
桜咲き誇るほど:薄墨の桜姫と、調和の虹色 Tom Eny @tom_eny
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