紅葉の日に
ゆた
紅葉が見える部屋で
ある日、彼女を訪ねた。
「ゼミ、来ないの?先生も心配してるよ」
「だって、教科書の感想が全然思い浮かばなくて、何も発言できないんだもの。発言能力皆無っていうか。次第に憂鬱になってきてさ。嫌だなぁ。行きたくないなぁって思ってるうちに、もう行かなくていっかって。でも、嫌なんだよね。単位落として、卒業できなくて、就職もできなくて、野垂れ死ぬしかないって追いつめられてる」
それで、この惨状、と彼女はおどけて言う。全然、笑えない。
部屋は足の踏み場もないほどこんがらがっている。僕は、彼女に何を言ってあげたら、この部屋を例えば掃除してあげたとして、それで彼女が、もう一度、なんの気負いもなく外に出られるのかというと、そうではない気がして、そんな一度切りの手を貸してあげたところで何も変わりやしないのだ、と思えてならない。
「いろいろとぐるぐる考えてたんだ。ゼミに行かなきゃな、とか、もっと人と関わろうとしなくちゃな、とか。だけど、私だしなって」
あぁ、僕にもこんな時があったな。僕はあの時たくさんの人に大迷惑をかけて、かけ続けて、ようやく落ち着いた。
「君が今やらなきゃいけないことは、ゼミのことはお休みして、誰か、話を聞いてくれる相手と話すことだよ」
僕は、そう提案してみる。彼女には、僕と同じ道を辿ってほしくなかった。
彼女は、アイドルのドキュメンタリーを見ていた。
「アイドルになりたいの?」
「ううん。見てただけ。このグループ好きなんだよね」
音楽もいいよ。白い短パンと、柄Tシャツ姿で香澄が、冷蔵庫を開ける。彼女は唯一入っていた緑茶を出して、ぐびぐびと飲む。
部屋から紅葉が見える。それがとても綺麗だった。僕は部屋の窓を開けて、外の紅葉を眺めながらビールを飲む。僕は、紅葉が好きだ。秋の気配がする。こう四季がある地がいいなぁと思う。湖が綺麗だったりする国もいいけれど。だけど、秋は調子を崩しやすい。自分の誕生日が近いからだろうか。なぜか、焦った気持ちになる。もっと、ちゃんと生きなきゃ、と焦り、だけど、そうはできない自分自身に僕は追いつめられたように、首を締められる。綺麗な季節だから、過ごしやすい季節だから、余計に、寂しいというか、もっと、いろんなものが欲しいのに、それらを何一つ手に入れられない、という現実に打ちのめされる、というのだろうか。
「秋って、気持ちが沈むよね。なんだか、手に入れたいものを絶対に、今手に入れないといけない気持ちになって、だけど、人の心は自分のいいようには動いてくれなくて、僕はただ、なんていうか、欲求不満っていうか、なんで?って納得がいかない気持ちがぐるぐるとする。ないものねだりなのかな。それとも、欲望が強すぎるのかな」
友人の林博は、
「紅葉を撮るとか、好きな人と散歩するとか、そんなことをしているうちに、案外、ちょっとずつ日は過ぎていくものかもな」
と僕に言う。
ぼくは、正解を言われた気がして、だけど、実際に、その通り、辿れる自信がない。
「もう、来ないでね」
彼女に言われ、僕はどうしたらいいのかわからなくなる。教師から、ゼミの課題が送られてきているが、これは彼女に見せるべきではないだろう。
僕は思い切って、
「なぁ、散歩行かないか?紅葉が綺麗だぞ。あそこのフルーツジュース、美味しいから、一緒に飲もうよ」
と彼女の手を掴んで、まるっとかぶるワンピースを着させ、外に飛び出す。
紅葉が綺麗だった。
僕に言えることは何もない気がするけれど、彼女にはわかってほしかった。
彼女が、この世に必要だということを。
紅葉の日に ゆた @abbjd
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