十二話 リクルートスーツのシンデレラ
昼下がりのファーストフード店。
ファーストフード店には油の匂いがこもり、電子音が絶えず鳴っている。
隣の席では高校生がスマホを見て笑っていた。
カウンターでは、小さな子どもがハンバーガーを握りつぶしている。
スマホの通知欄に「選考結果のお知らせ」という文字が浮かんだ瞬間、無意識に息を止めた。今度こそは、との念を込めながらスマホを押す指に力が入る。
「このたびは誠に残念ながら──」
「はぁ……」
手応えがあったわけではない。それでも少しの望みにかけていたが、その願いは落胆に変わる。お祈りメールが届くたびに、自分の価値を否定されているような気がして、スマホを閉じる指が震えた。
――何回お祈りされんのよ私。その辺の神社より祈られてるじゃん。
そんな冗談を思うが笑えるはずもない。でも冗談でも言わないと崩れてしまいそうだった。
藤森奈々は、就職活動がうまくいかない大学四年生だった。卒業を控えているのに、その先が決まらない現状に頭を悩ませていた。
志望動機、自己PR、将来のビジョン、飽きるほどに聞かれた質問。自分なりに考えて、対策して、練習して臨んできた。
それでも結果は振るわない。
ライフワークバランスが取れているから、勤務地が近いから、大手だから、本音ではそんな薄っぺらい理由しか思いつかない自分に嫌気がさした。
何度も自己分析を繰り返した。しかし掘れば掘るほど、出てくるのは“何者にもなれない自分”の姿だった。
──私、何がしたかったんだっけ?
ふと頭をよぎったのは、高校時代のダンス部。
照明の下で踊っていた自分。汗で前髪が
スマホで撮った集合写真。失恋したときも、受験勉強で辛かったときも、その写真が自分を支えてくれた。
だが今はもう違う。
あの写真に写る仲間たちは、みんな内定をもらっている。
笑顔の中で、自分だけが置いてけぼりになっている気がして、写真を見ることすら辛くなった。
「……もう、何もしたくない」
小さく呟いた声は、ファーストフード店のざわめきに消えた。
藤森は人目も気にせずカウンターのテーブルに突っ伏した。上体を預けたまま、窓の外をぼんやりと眺めるながら冷めたポテトをつまむ。
――十年後、今を笑って話せる日が来るかもしれない。でも、その十年が遠すぎる。今が苦しい。
窓から見える景色は、雨上がりの歩道に夕陽が反射している。その中で、何かの勧誘をしている男の姿が見えた。黒いジャケットにスニーカー、通行人に次々と声をかけている。
──あ、見たことある。
数日前、面接に向かう途中で見かけた男だ。
「宇宙一のアイドルグループを作る!」
そんな馬鹿げた声が聞こえてきて、思わず笑ったのを覚えている。その男は何度も何度も挑んでいた。面接からの帰り道でも、まだ声をかけ続けていた姿が妙に印象に残っていた。
――まだやってる。バカみたい。でも、ちょっと羨ましいな。私にはもうあんな勇気すらない。
成果が出ていないのに、断られても立ち止まらない。その粘り強さは、今の藤森にはもうないものだった。その馬鹿なまでの粘り強さに、自分が忘れかけていた一粒の熱を揺さぶった。
――あの人はまだ何かを信じてる。私にはもう信じるものがない。諦めないという単純な行為が、今の自分には眩しく見えた。
そう思った瞬間、足が勝手に動いていた。
店を出ると、湿ったアスファルトの匂いが鼻を刺した。空はまだ灰色で、
ビル風に髪を押さえながら、藤森はふらりと橘の立つ歩道の方へ向かった。
面白半分で、店を出て橘の前を通り過ぎてみる。
リクルートスーツ姿の、冴えない就活生。
――どうせ声なんてかからない。
そう思いながら通り過ぎようとした、その時──
「お姉さん、ストップ」
足が止まった。
思わず振り返る。
雨上がりの夕陽が、彼の頬を照らしていた。
「就活生でしょ? 良い就職先があるんだけどどう?」
一瞬、目が合った。冗談みたいな誘いなのに、彼の目はやけに輝いて見えた。
「俺と一緒にアイドルグループを作ろう。俺には、君が必要だ」
面接前に鏡で見た、自分の濁った瞳とはまるで違っていた。
──必要とされている。そんな感覚を、いつから忘れていたんだろう。
地下二階のシンデレラ @tankatatnaka
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