第12話 水龍の裁き
剣が持ち上げられた。背後で繰り出される雷に照らされて、先端が光る。
呆然とするなか、刃が振り下ろされた──もうだめだ。万全な状態でも、回避できない。死ぬ──
その寸前、誰かに思い切り突き飛ばされた。意識がもうろうとするなか、その人物を見た──リヴだ。敵の剣に足の先を切り裂かれ、倒れ込んでいる。流れ出る血が、でこぼこの地面に溜まっていくのが見えた。
「リヴ!」
俺は叫び、起き上がった。彼女は顔を引きつらせ、俺を見つめる。
「逃げるんです……早く」
「クソッ……」
彼女の必死に訴えかけるような表情に、胸が締め付けられる。やめろ、そこまで俺を優先することはないだろ……ニコラスの命令だとしても、そのために自分が犠牲になっても構わないっていうのか?
俺は先ほどの敵の勧誘を、断れなかった。名誉とか勇気、そういったものすらかなぐり捨てて、ただひたすらに助けを待っていた。
でも、今は違う。リヴもライも、すでに俺の大切な仲間だ。二人をこのまま見殺しにして逃げるなんて、できるものか。
「うぐっ……!」
俺はきしむ機械の足を持ち上げ、巨躯の前に立ちはだかった。両腕の刃を展開し、敵をひたと見た。
「まったく、逃げてって言ってるのに……」
「俺は、これでも情熱的なんだよ。ここで退いて生き延びたとしても、たぶん、それをずっと悔やむだろうからさ……それになんだか、やれる気がするんだ」
俺は眼差しを強めた。敵が地響きを立てて、迫る。
「笑止。もはや、お前に魔力は残っていないだろう。魔術が使えない状態で、どう戦おうというのだ?」
「物理ってやつだよ!」
俺は思い切り駆けだし、通路を飛び交った。敵の斬撃をたやすくかわして、ひらりと懐に入る。刃を腹部に突き刺し、さっと飛びのいた。
「こしゃくな!」
「いいぞ、そうこなくっちゃ!」
ライは叫びながら、敵に青い閃光を浴びせた。耳をつんざくほどの爆音が響く。辺りの獣もその餌食になり、白い灰に変わっていく。
敵は憤怒の表情を浮かべながらも、雷撃をじっと耐え忍んでいた。だが、ついにその頑丈に穴が空き始めた。鎧がミシミシと音を立て、ひび割れ、削れていく。その隙に、俺は奴の背後にまわった。ありったけの力を込めて、敵の首元に刃を振り下ろした。
固い。一撃では切れなかった。そのとき、敵が振り返って身体をよじり、俺を振り払った。腕の一撃をもろにくらってしまい、身体がめり込むほどの力で岩盤に叩きつけられた。
視界が揺れる。とどめをさそうと敵が歩み寄ってきたが、ライが立ちふさがり、なんとか敵を寄せ付けないよう、ひたすら雷を連射してくれていた。だが、一撃一撃の威力が落ちていて、敵にはまるで通じていない。彼のエネルギーももうじき底をつく──
「ジェイク、立て! 持ちこたえろ!」
なんとか起き上がって、敵の突進を回避した。足がもつれ、転びそうになる。あちこち骨折していて、もはや移動するのもままならない。これでは、戦力にならない。
「あともう少し、耐えてくれ!」
無論、あきらめるものか! 俺は跳躍し、相手の巨躯に組みかかって、ひたすら刃を突き刺したりして攻撃した。敵がうっとうしげに暴れまわり、俺を振り回すたび、折れた骨が絶叫するようだった。
敵の抵抗に、長くは持ちこたえられなかった──敵の腕に身体を掴まれて、思い切り地面に叩きつけられた。
気がつくと、巨躯が目前で剣を振り上げていた。いつの間にか、意識が飛んでいたのだ! ライは攻撃の手を緩め、念力で敵の動きを必死に抑えようとしている。リヴも、よろめきながらライに加勢していた──その邪魔だてはあと二秒と持たない、すぐにそう直感した。だが逃げようにも、身体は硬直していて、まるでいうことを聞いてくれない。
今度こそ、本当に殺される──先ほど、間一髪で助かったときに、さっさと逃げていればよかった──そんな思考は、すぐに打ち消された。戦闘の中でふと芽生えた、誇りや意地といった類の感情によって。けれど、やはり、死ぬのは怖い──
ゴウゴウという低音が、耳についた。それはだんだんと大きくなっていった──次に来たのは、寒気だ。なんだろうと思っていると、水蒸気、そして肌に染み渡る、心地の良い水しぶきが全身を撫でた。
そこに現れたのは、巨大な水龍だ。透き通った水が通路を埋め、目の前を薄い青で染めていった。怪物は激流に飲み込まれ、ゴボゴボと言葉にならない咆哮を上げる。剣を必死に振り回し、水の牢を切り裂こうとするが、一目瞭然のむなしい努力に見えた。龍がうねりを上げ、敵を通路の天井に押さえつけた。その龍の尾は、突如として現れた男の掌に向かって収束していた。
「ガルスよ──」
その男、ニコラスが冷たく言う。
「これ以上は、お前たちの好きにはさせん」
彼は指をこわばらせ、水龍が敵──ガルスを締め上げた。骨の砕ける音──痛ましい叫び声とともに、彼の肉から黒い血が流れ出てきて、周りの水を一瞬よどませた。
ガルスの赤い目が光を失った。
悪魔世界の冒険譚 児童小説好き @zidousyousetu-zuki
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