玲園に曙のうた
黎明の桜霞
玲園に曙(あけぼの)のうた
私は趣味の一つで小説を書いている。私は昔から物語を想像するのが好きでそれを形にしたくて小説を書くようになった。
もちろん、読むことも好き。学校から帰るといつも夕食までずっと読書している。
ただ、父はこのことを好ましく思っていないようだ。ここ数年、両親の仲はどんどん悪くなっていき、娘が成人したら離婚すると聞いた。多分、かくすつもりだったのだろう。私の前でその話が出てくることは無かった。母の趣味の一つに読書がある。私が母と同じ趣味を持つことが気に食わない父はよく嫌な視線を向けてくる。
今日、私は一人で図書館に来ていた。いつもどおり、児童書の91:日本文学のあたりを見てまわる。しかし、興味をひかれるような本はなかなか見つからない。
ふと、私は振り向く。
何かに導かれるように棚へ近付いていく。
そして、立派な表紙の少し大きい、一冊の本に指先が触れた。そこは、90:文学の棚だった。気づくと、私はカウンターへ向かっていた。その本を借りて、外へ出る。
今日は、
今日は、ちょっと遠くに行ってみようかな、夏休みだし、今はまだ午前十時。午後七時くらいに帰れば問題ない。どこに行ったかだけは伝えておけば大丈夫だろう。
私は駅へと足を進めた。
私は眠っていたらしい。電車は県外を走っていた。県外までは一時間くらいかかる。そんなに寝てるとは自分でもびっくりだ。はじっこの席に座っていてよかったと思う。頃合いかと思い、私は停車した駅で降りる。乗っていたのが急行だったので降りた駅は大きく、 平日の昼間なのに人が多い。夏休みゆえなのかもしれないが。
私は少し歩いたところに自然豊かな公園があると知り、向かってみた。だんだんと道は細くなっていき、交通量も減る。その変わり、自然が増えていく。
公園と思われる敷地の遊歩道はずっと、上り坂だった。駅から公園までより長いのではと思われる距離を歩き、見あげるほど高く急で段数の多い階段をあがりきると息があがってしまった。
すると突然、私の鞄から本がするりと抜け出す。さっき借りた本だ。本はまっすぐに空中を進んで行き、私も目でそれを追う。
本が向かった先を見て、私は息をのんだ。
ここは、霊園だった。それも、自然に囲まれて、街を一望できる霊園。降りた駅も見える。なぜか、みんなオレンジ色にかがやいて見えた。
パラパラと本が開く。そして、何も見えなくなるほどに光った,。
「なんで、圏外に来てしまったかねぇ」
声がするほうを見ると私の祖母がいた。その体は透けていた。
「おばあちゃん⋯?」
「ああ、そうだよ。あたしだよ」
いつもと同じ、祖母だった。でも、祖母は一緒に住んでいて、ここに来たことは誰にも伝えてない。
「あんたは、玲の本に選ばれたんだねぇ。玲の本に選ばれてらぁ、圏外来とってもおかしくねぇか」
言っていることがよく分からなかった。私たちの間にしばしのはいだ、沈黙が流れる。
「ちょいと、あたしの話を聞いとくれ。何んも言わんでええからな」
そう言って祖母は私にベンチに座るよううながし、話をはじめた。
「あんたの父さん、あたしの息子がまだ小学生の頃。あたしには図書館の司書で地元を同じくする友達がいたさぁ。そいつは
(おばあちゃんにこんな楽しそうな友達がいたなんて知らなかった…!)
「あるとき、玲はファンタジー小説にはまってな、ファンタジー世界の研究をしとった。特に、転生や転移についてが熱心でな。ここにもよく来ておったなぁ。そういう研究をしすぎたのか、ここは人の来ることのない、いや、来ることのできない場所、圏外になったんだよ。人間の生存可能圏外つーかんじかな」
(え、めちゃすごい研究者やん。司書だけど。実感わかないんですがー。おとぎ話聞かされてるのかな?)
「玲はなぁ、だんだんこの場所と一体化するようになった。そして、あたしにね、本を託したんだよ。日記みたいなものだ、図書館に寄贈してくれ、と。あたしも中は見たことはないから日記かはわからんがな。
玲の娘はね、司書になるためにがんばっていたんだ。彼女が目指してたのは母と同じ、あの図書館で働く司書だったんだ。だから、運がよければ最期のおくりものができると思ったんだろうね」
(玲さんはここにいるんだ…。研究にしか目がないように見えて、実は娘思いで、娘さんが目標にするぐらいいいお母さん、司書さんだったんだ…。え、なんでおばあちゃんは半透明なの!?生きてるよね…?)
「あぁ、あたしは生きてるよ。半透明なのは本体じゃないから。玲の本に呼ばれて来たんだ
よ。その本は一度読んでみるといい。そしたら、玲の娘に渡してほしい。あの図書館で働いていると思うよ。名前はたしか
想定とはぜんぜんちがう話をされたし、なんか心を読まれてる気がして、おどろいていたが、ひとつの疑問が出てきた。
「玲さんは、なんでここを選んだの⋯?」
祖母は悲しそうな目で真実を話してくれた。
「ここは、玲のうまれたところで、この霊園で代々玲の家族が供養されているんだ。玲は大空籠があったときのこの町の数少ない生き残りだったらしいよ。家族には平和なところで過ごしてもらいたかったんだろうね」
「そっかぁ…」
すると、また本が光った。さっきよりは眩しくないがまだ光を帯びているようだ。周りの光が震え、なにか伝えようとしているように見える。
『あなたは いま しあわせですか
わたしは ただ 愛するふるさとに しあわせを届けたくて
ここにねむっています』
私と誰かの声が重なっている。自然と私の口が動く。
『火はわたしのふるさとを奪う
このかなしみを どうわすれようか
生きたいと思うひとびとに わたしはてをのべたかった
わたしには 生きている 大切な人々がたくさんいます
だから ふるさとにずっといることができなかった
わたしのふるさとはひとつじゃないと おしえてくれた人がいたから
わたしには 娘がいます わたしを尊敬してくれるひとがいます
そのひとたちを おいていけようか
わたしは愛にめぐまれてたのだと知った
でも、ておくれだった わたしは この地にねむる
あけぼののうたがひびくとき れいえんはあさをむかえる
何十年と 明日を迎えることのできなかった 人々は もう一度生きることができる
さいごまであなたたちを利用してしまった
わたしができる償いはわずかだった わずかしかできていないのにわたしは 消える
さようなら ひどい親で ひどい友で ひどい大人で ごめんなさいね
いつか ありがとうと言える日が来るかな
これは玲さんのうただと、わかった。きっと、あの本に書かれているであろう詩だ。この言葉は、絶対に鈴さんに届けなければいけない、と思った。
本は光を放たなくなり、私の手にやってくる。そして、半透明の祖母に向かって言った。
「鈴さんのところに行ってくるね」
それから、私は親に連絡をとり、昼食をすませ、再び図書館に向かった。鈴さんに、本を届けるために。
今日、二度目の図書館はいつもより、明るく見えた。
「この図書館で働いている有島鈴さんという方に、お母様からお届けものをあずかってきたのですが、お会いすることはできませんでしょうか?」
私は、カウンター席のお姉さんにたずねた。少し考えるようにしてから、笑顔で応えてくれた。
「もう少しで休憩に入りますので、2階の会議室の前でお待ちください」
ありがとうございます、とお辞儀をし、私は階段をのぼる。今日という日は、どれほど濃くなるのだろう。おばあちゃんもなんであんな姿で現れるかなあ。
「あなたが、母からあずかりものをしている方ですか?」
声がして、我に返る。そこには、たれ目のやさしそうな女性がいた。返事をすると、こちらをお使いくださいと、会議室に案内される。二人で話すには広すぎないか⋯
「私は今日、導びかれるように手に本をとり、借りました」
鈴さんに、あの本を差し出す。それから、今日あったできごとを話した。鈴さんは本をにぎりしめ、涙をながしながら声をだす。
「ありがとうございます。亡き母にあたたかく寄りそってくれる守り人がいると聞けて、やっと安心することができました。母が亡くなってから二十年以上、私はふに落ちない心地で過ごしてきました。母は、何も残さず消え、あなたのおばあさまである
『玲はあたしにあなたへのおくりものがあると言って目の前で眠りについてしまった。今はあなたにわたせるものはないし、それがなにかも知らんが、玲はしかるべき場所でねむっておる。あたしでも、そこに行くことはできん。いつかあなたがそこで玲と再会できることを願っておる。鈴、玲を信じておくれ』
と言っておりました。
二十年以上たってもおくりものがわたされることはなく、不思議に思っておりましたが、やっと手にすることができました。不安に思いながらも私は母を信じ続けていたのですね。本当にありがとうございます。琴蕗さまにもどうか、お伝えください」
そう言って、いつのまにか私の手を握っていた彼女の顔に、涙はなかった。
「そういえば、あなた名前はなんていうの?」
(私ったら何を名乗らずやってるのよ!怪しいじゃない!
玲さんって、私が生まれるよりも前になくなってるってことだよね?
このお姉さん何歳なの…?)
「曙歌、あけぼののうたと書いて、しょかです!今、十五歳なので玲さんは私がうまれる前に亡くなっています。なぜ私が選ばれたのでしょうか?」
「まあ!すてきな名前ね。母は、五十代でなくなったの。私は母より長く生きてるのだけど、母は喜んでくれるかしら。」
(肌若すぎません!?三十代前半ぐらいに見えたんですが!)
「あなたが選ばれたのは琴蕗さまの孫だからってこともあるだろうし、名前の通り夜を明けさせそうな人柄だからじゃないかしら。なにより、あなたには幸せになってほしかったのよ。琴蕗さまにはお世話になりっぱなしだわ!」
私たちは目的を果たした後も鈴さんの休憩が終わるまで話し続けた。鈴さんは例の霊園に行ってみると言っていた。琴露さま―私の祖母に直接、感謝を伝えたいから家にいくねーとも言っていた。
私は家に帰るとまず、妹に謝った。
「あんたの存在忘れててごめん!」
妹や母は何があったの⋯?って感じだったけど、後ろにいた祖母は微笑んでいた。
実は例の霊園に行ったときに、両親のことで悩んでいるのを見透かされていたのだ。
祖母は、
「自分の家のことくらい見れば分かるわ!何年生きてると思ってんだい」
と言って私をしかった。
「第一、あんたはどっちが成人したらか、ちゃんと聞いとったかい?あんたには手のかかる妹がいるからよ、立派になるまで家出ていけんよ。夫婦はね、一回ぐらい大喧嘩してもいいのよ。あたしだってやったさ」
その目は亡き夫を寂しがってるように見えた。
「あんたも、やりたいことはやりなさい、言いたいことは言いなさい。あんたは堂々としてればいいんさ」
祖母は、私を応援してくれた。いちばん近くて大切な私の味方。
鈴さんも、
「曙歌ちゃん小説書いてるのー?私たち親子を題材にして書いてちょうだいっ!」
っておねがいしてきた。いつの間にかちゃん付けになってるし。
その日を境に、私たち家族の仲はもどってきた。 私はすばらしい小説を書けるように、日々ペンを握っている。
私に力をくれた玲さん、鈴さん、おばあちゃん、本当にありがとう。
『琴蕗、曙歌ちゃん、ありがとう』
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https://kakuyomu.jp/users/oh_ka/news/822139838177222837
近況ノートにてちょっとした思いを載せています。良かったら読んでください。
(あとがきっぽいやつ)
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玲園に曙のうた 黎明の桜霞 @oh_ka
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