ぷぅとさんぽ道

霜月あかり

ぷぅとさんぽ道

ある春の朝。

空はすっきり晴れていて、風もやさしく吹いていました。


ユウくんは、ママといっしょに近くの公園までおさんぽです。

手にはお気に入りの赤い風船。

「ママ、はやくいこ!」

「そんなに急がなくても、風船は逃げないよ」


のんびり歩いていると――

ぷぅ。


ちいさな音が聞こえました。


ユウくんはびっくりして足を止めました。

ママの顔をちらりと見ると、ママはくすっと笑っています。


「ユウくん、いまの、風かな?」

「……たぶん、ぼくの、おしりの風……」

ユウくんは、耳まで赤くなりました。



---


公園の入口に着くと、たんぽぽがたくさん咲いていました。

ユウくんは一生けんめい綿毛をふーっと吹きます。


そのとき――また、ぷぅ。


「うわぁ、また出ちゃった!」

「大丈夫、大丈夫」ママが笑って言いました。

「オナラってね、体のなかにたまった空気が“こんにちは”って出ていく音なんだよ」


「えっ、こんにちは?」

「そう。がまんすると、おなかが苦しくなっちゃうでしょ?

 だから、オナラは“体の風船”の空気がぬけるみたいなものなの」


ユウくんは、手に持った風船を見ました。

たしかに、ぎゅっとにぎると、ぷしゅうって音がします。


「……じゃあ、ぼくも風船みたいなんだね」

「そう。元気な証拠だよ」



---


それからユウくんは、道のいろんな音に耳をすませながら歩きました。

スズメのちゅんちゅん、木の葉のさらさら、川のちゃぷちゃぷ。


「ママ、みんな、いろんな風の音してるね」

「そうね。自然の音って、どれも違うけど、どれも生きてる音」


ユウくんは胸を張りました。

「じゃあ、ぼくの“ぷぅ”も、いきものの音だね!」


ママは笑いながらうなずきました。

「うん。元気いっぱいの音ね」



---


その帰り道。

ベビーカーに乗った小さな女の子が、ぷぅと音を立てました。

お母さんは少し困った顔をしていましたが、ユウくんは笑顔で言いました。


「だいじょうぶだよ。ぼくもさっきしたもん!」


お母さんが吹き出して、道に笑い声が広がりました。

風船がふわりと揺れて、青空に光りました。



---


その夜。

お風呂の中で、ユウくんは泡を見つめながらつぶやきました。


「ママ、ぼくね、あしたも“風の音”出るかも」

「うん。そのときは、“こんにちは”って言ってね」


ふたりの笑い声が湯気のなかに広がっていきました。

ぷくぷく、ぽこぽこ。

今日も世界は、やさしい音で満ちていました。

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ぷぅとさんぽ道 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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