第35話 二人の決意

 連合国の、結局名前も知らないまま終わったあの男との戦いから一週間。

 中央からの支援も続々とやって来て、ようやく完全に肩の荷が降りた。


 聞いた話では、連合国側も特に不穏な動きは見せていないから、完全に手を引いたんだろうってさ。


 だから……ようやく、失ったものと向き合う時間を取ることが出来て。


 今、サンフラウ家は前当主夫妻……アティナ様の両親を含む、今回の騒動で亡くなった人達のお葬式を執り行っていた。


 私はそれを、少し離れた場所からじっと見つめている。


「……お疲れ様。今回は、本当に助かったよ、メアリア」


「ルルーナ様……いえ、私なんて……」


 ただボーッと突っ立っていた私に声をかけたのは、ルルーナ様だった。


 反射的に、その労いの言葉を否定しようとする私に、ルルーナ様は小さく首を横に振る。


「君がいなければ、西部地域が安定するまで更に時間がかかっていただろう。腰の重い中央貴族達が迅速に動いたのも、君の活躍があれば勝ち馬に乗れると判断されたのが大きい。何より……アティナとその弟君、それと僕が今こうして生きていられるのは、君が守ってくれたからだ。それを否定されては、まるで僕らの命に価値がないみたいじゃないか」


「そ、そんなことは……!! いえ、そうですね。すみません」


「謝らなくていいよ。僕も意地の悪い言い方だった」


 すぐに思考がネガティブに寄る私のために、わざとそういう言い方をしてくれたんだろう。

 自分勝手な人だって思うことも多いけど、やっぱりルルーナ様は優しいな。


「……これから、どうなるんでしょう?」


「予定通り、弟君がサンフラウ家の当主になるそうだよ。実務はほとんど、前当主に仕えていた執事達が執り行うことになるそうだけどね。それと……弟君の心のケアのために、アティナもしばらくは学園を休んでここに残るらしい」


 主語の欠けた私の疑問に、ルルーナ様は正確に答えを返してくれた。


 でも、そっか……アティナ様、しばらくここに残るんだ……。


 寂しい、のは確かにそうなんだけど、それ以上に……ちょっと、心配だな。


「メアリア、彼女のところに行ってあげるといい」


「へ?」


「今の彼女には、君が必要だろう」


 見れば、お葬式は一通り終わって、今はアティナ様が一人でお墓の前に佇んでいた。

 弟のカリル君が何度も振り返っているけれど、メイドさんに連れて行かれてる。


 ……カリル君でもダメなのに、私が行っていいの? って思ったけど、“仮面の魔女”ならアティナ様から見ても頼りになるかも……。


「“それ”は今、必要ない」


 首元の勾玉に手を伸ばそうとしたら、ルルーナ様に止められた。

 意味が分からず困惑する私に、ルルーナ様はゆっくり言い聞かせるように、言葉を紡いだ。


「“親友”の君が、必要なんだ」


「…………」


 一つ頷いて、私はアティナ様の下へ向かう。

 なんて声を掛けようか……そもそも、私がどうしてここにいるのかの説明から入らないといけないかな?


 そんなことを考えながら、アティナ様の背中を見てウジウジしていると……こちらを振り向かないまま、アティナ様の方から口を開いた。


「私……ずっと、実感が湧かなかったの。お父様もお母様も、本当に死んじゃったなんて……信じられなくて」


「アティナ様……」


 言われてみれば……今日までのアティナ様は少し、元気過ぎた気がする。


 もちろん、毎日大変そうだったし、とても疲れてはいたんだけど……涙の一つも弱音の一つも零すことなく、何なら笑顔すら見せていた。


 仮面の魔女わたしと話す時も、普段と何も変わらなくて……だから、気付かなかった。


 アティナ様が、本当はもう、いっぱいいっぱいだったこと。


「家族のことだけじゃないの。今回のことで、顔も名前も、どんな人なのかもよく知っている人達が、何人も亡くなってる。それを……今になって、ようやくちゃんと理解した気がするわ」


「アティナ様……!」


 気付けば私は、アティナ様を後ろから抱き締めていた。


 気の利いた言葉なんて、何も言えない。出て来ない。

 こんなことしか出来ない自分が、本当に情けない。


「ぐすっ……う、うぅ……!」


「もう……なんでメアリアが泣くのよ」


「ごめん、なさい……ごめんなさい……!」


 本当に泣きたいのは、アティナ様のはずだ。

 私がするべきことは、アティナ様を慰めることであって、自分が泣き喚くことじゃないはずなのに。


 でも、どうしても……涙が、止まらなかった。


「……ありがとう、メアリア。私のために、わざわざこんな所まで来てくれて。ついで、と言ったらなんだけど……一つだけ、お願い聞いてくれる?」


「ぐすっ……なんですか……?」


 アティナ様が振り返って、私と正面から向かい合う。

 その瞳には、私と同じように……私以上に、たくさんの涙が浮かんでいた。


「私、これからカリルのことを支えて行かなきゃいけないから……涙なんて、誰にも見せていられないの。だから……私の、一生分の涙……ここで、受け止めてくれないかしら……?」


「っ……はい!」


 涙を拭って、何とかカッコつけようとするんだけど、やっぱり上手く行かなくて涙が溢れる。


 そんな情けない私に、それでも「ありがとう」と呟いて……アティナ様は、正面から私に抱き着いた。


「うぅ、うっ……あぁぁぁぁ!! お父様、お母様ぁ……!! なんで……どうして……うぅ、ぁ……あぁぁぁぁ!!」


 泣きじゃくるアティナ様の慟哭を聞きながら、私は思った。


 強く、なりたい。

 大切な人だけじゃなくて、大切な人が大切に思うもの全てを守れるくらい、強く。


 具体的に、どうすればいいのかなんて全く分からないけど……それでも、アティナ様の悲しみを止めるためだったら、何だってしてあげたい。


 本気で、そう思う。


「うわぁぁぁぁ……!!」


 そんな決意を抱きながら、私はいつまでも泣き続けるアティナ様を、いつまでも抱き締め続ける。



 ……そうやって抱き合ったまま、どれくらい時間が経っただろう?


 延々に続くかと思われた涙が止まったアティナ様が、ふと呟いた。


「……ねえ、メアリア。一つ、って言っておきながら、なんだけど……もう一つ、お願いしてもいい……?」


「なんでしょう……?」


「私に、魔法を教えてくれないかしら?」


「え……?」


 あまりにも予想外のお願いに、私は目を丸くする。

 けど、どうやらアティナ様も本気みたいで、涙で赤くなった目を真っ直ぐ私に向けていた。


「分かったの。学園でいくら良い成績を残していようが、今のやり方じゃ何も守れないって。だから……今度こそ大切なものを守れるように……私も、強くなりたいの」


「アティナ様……」


 ──魔導師は“英雄”ではあっても“神様”じゃない。

 ──天秤に載せられた二つを守りたいと思うなら、二人で二つを守ればいい。


 すっかり忘れかけていた、先輩からの大切なアドバイスを思い出した私は、ちょっぴり恥ずかしくなって……同時に、嬉しくなった。


 私も、もう……一人じゃないんだって、そう思えて。


「……はい! 一緒に……頑張りましょう!!」


 こうして、たくさんのものを取りこぼしながらも、たくさんのものを得て……私の西部地域救援作戦は、ようやく終わりの時を迎えた。


 なお、サンフラウ家にしばらく滞在する予定のアティナ様にメアリアわたしが魔法を教えようと思ったら、王都とここを定期的に往復しなきゃいけなくて……仮面の魔女でもなきゃ到底気軽に出来ないその長距離移動をどう誤魔化すべきか、しばらく頭を悩ませることになるのだった。

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陰キャ魔女は異世界で友達百人作りたい~話題作りのために正体隠して無双してたら世界中からチヤホヤされる英雄になってました~ ジャジャ丸 @jajamaru

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