「足が遅いと言われていた私が、長距離選手になった途端無双しましたが何か?」

ぴよぴよ

第1話「足が遅いと言われていた私が、長距離選手になった途端無双しましたが何か?」

皆さんは走るのが好きだろうか。私は嫌いだ。

走るってことは苦しむってことだ。

心臓は爆発しかけ、息が荒くなる。体が破裂するんじゃないかと思う。


そんなこと言っている私は、中学高校と陸上部に所属していた。しかも長距離選手。

小学校の頃は、本当に足が遅く、持久走大会でも運動会でもほぼビリだった。

足が速い奴こそ正義だったあの頃、誰も私に注目する者などいなかったのである。


しかし中学生になった途端、持久力だけはバカにみたいにあることが判明した。

「足が遅いと言われていた私が、長距離選手になった途端無双しましたが何か?」と

長いタイトルがつきそうな展開である。

今回は私が陸上部に所属していた頃の昔話をしようと思う。


その昔、中学一年生の一学期。放課後、平和な時間が流れていた。

学友と戯れ、学校の周りを適当に周回するだけの放課後。私たちの手の中には、ジュースやアイスが握られていた。きゃっきゃと猥談やアニメの話で盛り上がっていた。

真面目な顧問がいなかった当時、およそ部活と呼べるような環境ではなかったのである。

陸上部とは名ばかりで、仲良し猥談クラブになっていた。

私も顧問が適当だとわかっていたので、陸上部を選んだ。楽しく遊んでいればいいと思っていたのである。


しかしある日突然学園長が、「陸上部をちゃんと運営しよう」なんて言い出して、ちゃんとした顧問が降臨した。猥談クラブは解散を余儀なくされた。


練習はものすごくハードになった。私たちの学校付近には、ものすごく急な坂があり、そこを何往復もさせられた。

吐血するかと思った。喉が裂けて、そこから呼吸が漏れているのかと思った。


しかしそんな練習の日々が、突然私を覚醒させることになる。

ある時、顧問に「3キロ走ってみろ」と言われた。正直殺す気かと思った。100メートルでも死にかけると言うのに、正気の沙汰ではない。

顧問の命令は絶対だったので、いつものメンバーとタイムを測ることになった。


走り始め、全く勢いがなかった私だが、1キロ、2キロと距離が伸びていっても、

スピードがほぼ落ちないことがわかった。持久力だけあることがわかったのである。

他のメンバーはみんな息を切らしながら、私から徐々に離されていった。


そこまで足は速くないくせに、持久力はあるので、周囲にプレッシャーを与えながら、デバフをかけて、淡々と走り抜くという、嫌なスキル持ちであることがわかった。


顧問は私を長距離選手した。長々と走るなんて御免だったが、顧問の命令は絶対なのだ。

因みに顧問はその年のクリスマスに彼女に振られた。私を長距離選手にするからバチが当たったのだ。


他のメンバーはみんな短距離、私だけ長距離の選手になった。何故か一人だけだった。

嫌なスキル持ちの私には、別メニューが課され、一人で悶え苦しみながら、練習を重ねることになったのだ。


長距離選手はとても辛い。時間が永遠に感じられ、たった一人の戦いを強いられる。

それに大会では、誰も応援してくれない。

最初、スタートした時はみんな「頑張れー」と声援をくれる。しかし長距離は、時間がかかるのだ。それに他のスポーツのように、点が入った、取られたと言ったやりとりがない。抜いた抜かれたはあるかもしれないが、走っている人間を見るだけである。


箱根駅伝や東京マラソンなら、手に汗握るスポーツとして誰もが応援するだろう。

だが、そこらへんの田舎で開催される長距離走の大会など、真面目に応援する者はほぼいなかった。私の部活のメンバーが薄情だっただけかもしれないが、それでも最後まで応援する者はほとんどいないと言っておこう。


みんな私抜きでお昼ご飯を食べたり、差し入れを食べまくっていた。

私が汗だくで大会から帰ってきた時、後輩が一人、ビニールシートの上でパイナップルをひたすら食べていた。誰も私を労わらないし、誰も迎えにも来なかった。

そのパイナップルは、うちが差し入れに持ってきたものだ。流石にその後輩を見た時は脱力した。

「みんなは?」と訊ねると、

「〇〇先輩の応援に行きました」と言われた。

うむ。この場合、私に人望がないだけかもしれない。


中学二年生、三年生と練習を重ね、私はその勢いのまま高校生になっても陸上部に所属した。

高校生になると、第二の覚醒が待っていた。


とうとう足が速くなったのである。周囲に精神攻撃をかける、ただ持久力があるだけの私のスキルだったが、磨けばそれなりに光るものだったらしい。

地区大会でも、決勝に出られるくらいの足の速さになっていた。


彼女に振られた顧問は大喜びしてくれた。

そして「お前が速くなるって信じてた。持久走大会ではいい成績を残すように」と言ってきた。

持久走大会。陸上部は必ず上位に入らなくてはならない。サッカー部やテニス部に抜かれることなどあってはならない。暗黙の了解として部内では広まっていた。

走るのが大嫌いな私でも、流石に持久走大会は燃えた。

戦う相手がいるほど燃える。キラキラしているサッカー部たちを叩き潰せるのが、持久走大会だ。地味で陰気な者が多かった陸上部だが、この時ばかりは気合いが入った。


持久走大会当日。寒空の下、スタート地点では、先生たちが厚着をして並んでいた。

皆さんも見覚えがあるだろう。生徒は体操着で震えていると言うのに、先生はジャンバーを羽織っている光景。この時ばかりは先生を憎たらしいと思ったものだ。


「一緒に走ろう」と友人が言ってきた。

「そうだな」と私は適当に返事をした。

一緒に走ろうとか言うやつに碌なやつがいないことを、私はよく知っている。そう言う奴ほど、突然追い抜いたりしてくるのだ。裏切り者のセリフである。


大会が終わった後はお汁粉が食べられるらしい。喉が渇いて死にかけている生徒に対してお汁粉を振る舞うのはいかがなものか。

色々思うところがある会場だったが、気合いは十分だ。


とうとうピストルの音が鳴り響き、大会が始まった。

私は真っ先に飛び出した。サッカー部や他の陸上部員を引き離し、先頭を走った。

これは精神攻撃である。

最初から突っ走れば、「ああ、もうあいつは抜けない」とみんな諦めてくれると思ったのだ。普通ならあり得ないスピードで飛び出した。

先生が自転車で先導してくれている。先生の自転車を追いかけた。


サッカー部を勝たせたくない。陸上部の命は私が守らなくてはならない。

女子にキャーキャー言われるサッカー部。可愛い子の多いテニス部。リア充だ、青春だ、彼氏が彼女がと奴らが騒いでいる間にも、こちとら走り続けてきたんだ。

ここで勝ちを譲るわけにはいかない。彼らにも辛いことがあったかもしれないが、そんなの知らない。勝つしかない。

だって私は陸上部なのだから。


モテる連中を更にモテモテにしたくない。その一心で弾丸のように走り続けた。

今思えば、性格が悪かったかもしれない。今も悪いが。


「いいペースだ!いいぞ!すごいぞ!」

自転車に乗っている先生が後ろの私に声をかける。悪いが黙っていてほしい。

いいのもすごいのもわかっているから、私の邪魔をするな。誰も喋るな。この走りを見届けてくれればそれでいい。


この時、なんとなく振り返った。後ろからテニス部が追い上げてきている。

かなり疲弊しているが、それでも私に喰らい付いてくる勢いだ。

許せぬ愚行である。この私に挑もうと言うのか、馬鹿め。それにあいつはみんなの人気者じゃないか。これ以上人気になってどうしようと言うのか。特に嫌なことをされたわけではないが、恨みはある。私よりモテるから悪いのだ。

持久走大会というのは、こうした日頃の恨みが生きてくる。


ここでスキル発動だ。スキル「持久力」

〜とにかくひたすら走り続け、周囲を疲弊させ、精神攻撃を仕掛ける能力〜

私はひたすら背中を見せ続け、とにかく突っ走った。

風を切り、緑を越え、坂を削り、とにかく走りまくった。

それ以上もそれ以下もない。ただ走る。それが持久走だ。

これまで何年も磨き続けてきた私の能力だ。これで誰も追いつけまい。


喉からは血が飛び出しそうだった。目が乾き、鼻水と涙で顔が崩れていく。

足の指が痛い。腕も背中も痛い気がする。だがこの痛みは既に何度も経験している。

苦しみは私の敵ではない。共に歩みを進めてくれる仲間である。

こんなマゾ的な思考に陥りながらも走り続ける。


やがてゴールが見え始めた。待機している生徒たちの声援が段々わーっと耳に入ってくる。先生たちが手を振りながらゴールで待っている。


ここで更に加速する。

カッコよくなくていい。ダサくてもいいから、走り続けるのだ。

フォームは崩れ、顔も紙屑のようになっており、私はひどい姿になっていたと思う。

それでもいい。だって私は陸上部なのだから。


なりふり構わず、ゴールに突っ込んだ。歓声が一段と大きくなる。

何人か私の方に駆けつけてくれる者があった。ヒーローインタビューなら後にしてくれ。全く。そんな馬鹿なことを考えていたと思う。


私はとうとう1位になったのだ。

モテる連中を叩き潰し、陸上部の尊厳を守ったのだ。

私はわざと余裕そうな顔をして、お汁粉を食べた。白玉が乾いた喉に突き刺さり、大いに咽せたのは黙っておこう。


「すごいよ、すごいよ」とみんな私を褒め称えた。この時ばかりはヒーローである。

私は片手を上げながら、みんなに軽くお礼を言った。嬉しいくせに変にスカしていたのだ。馬鹿だね、ほんと馬鹿。


「お前ならやると思ってた」顧問が走りよって私を誉めてくれた。

「まあ、そうですね」私は再びスカしたまま答えた。


その後、私は陸上部のメンバーにも讃えられ、ほめられ、すっかり有頂天になっていた。これで少しは私の人気も上がるかなと思っていた。



しかし相変わらず私の評価は変わらなかった。大会では誰も最後まで応援してくれない。モテることもなく、私は足が速いだけの陰気なやつとして、学校生活を送ることになった。

テニス部やサッカー部はモテ続け、とうとう敵わなかった。

足が速くてモテるのは小学生までらしい。


なんで陸上部を六年間もやっていたのだろう、と今も思う。あんなに苦しかったのに、なぜあそこまで頑張れていたのだろう。

仲間がいたから?みんなが応援してくれたから?全部違う。

私が頑張りたいと思ったからだ。


今、走りなさいと言われたら、ノーと言っておく。

もう走るのは懲り懲りだ。

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