ゲートキーパー×社会的ひきこもり

野口マッハ剛(ごう)

ネガティブゲートキーパーと明るいひきこもり

 レイコの部屋のベッドに大きなクマのぬいぐるみ。よく考えなくても彼女は一応女の子だしな。


 ボクはと言うといつものネガティブモードになっている。ため息を十秒毎についている。


「どうしたの? アキラくん? 嫌なことでもあったのかな?」


「アルバイトで怒られた。死にたい」


 すると彼女はニンマリとして変なダンスを踊る。


「死にたいなんて言うなよ? ヘイヘイ♪」


 こいつ、人が落ち込んでいる時に追い打ちをかけやがって。


「レイコはないの? 死にたい瞬間は?」


 彼女は人差し指をほっぺたに押し当てて考える。なさそうだよな。


「よくお母さんから早く自立しなさいって言われると死にたいなぁ」


「それは辛いね。話してくれてありがとう」


「アキラはゲートキーパーなのに傾聴が中途半端だよね? よくなろうと思ったね?」


「うるさいやい」


 ボクはまた十秒毎にため息をつく。


 ネガティブな自分がゲートキーパー、自殺予防ボランティアになった理由は、消えたいという感情があって、このままではダメだと思い自殺予防をネット検索したら、たまたまゲートキーパーというものを知ったからだ。


 ボクみたいに消えたいという感情を持つ人々の役に立ちたい、そう考えてゲートキーパー養成研修を受講した。


 ところで、このレイコとは中学時代の同級生。今は社会的ひきこもりなのだ。つまり、仕事はしない。学校も行かない。何か社会とのつながりもない。たまたまレイコのお母さんと久しぶりに町でばったり。事情を説明されて今に至る。


「ヘイヘイ♪ 明るく行こうよ?」


 まだ彼女は変なダンスを踊る。


 ネガティブゲートキーパーと明るい社会的ひきこもり。


 あ~あ。消えたい。



 たまには彼女を外に出すべく近所の公園に二人で。住宅街の中の公園だ。腰かけるベンチにブランコ、砂場があるくらい。


 レイコはテンションが上がっているのか変なダンスを踊る。一緒に居て正直に恥ずかしい。


 ボクは先に一人でベンチに座る。ため息が止まらない。またアルバイトで怒られた。十秒毎にため息をつく。


 彼女は変なダンスをしながら近づいて来る。


「思ったけれど、そのダンスって何かな?」


「えっ? 分からないの? 運動」


 そこで大きなため息が漏れ出す。センスが無さすぎるだろ。やめてくれ、そのダンスでニンマリしながら煽って来るのは。


「最近、良いことがない」


「落ち込むなよ? あたしもだぜ? ヘイヘイ♪」


 そうして平日の昼間の公園にネガティブなボクと、変なダンスを運動と言う明るいひきこもりの二人で過ごす。


 かなり不審だよな。あ~あ、消えたい。


「ちょっと汗をかいちゃったぜ☆」


「そうですね」


 レイコは両手を水平に広げ、片膝を曲げてポーズを取る。本当に何なんだこいつ。人の気も知らないで。


「ところで、アキラは運動しないの? 一緒にやろう?」


「通報されるから辞めとく」


 彼女は人差し指をほっぺたに押し当てて考える。あ~あ、自分を客観的に見たい。消えたい。


「アキラはアルバイトは楽しい?」


「そんな風に見える? 煽って来ないで?」


 彼女は顎に人差し指を押し当ててこう言った。


「それじゃ、どうしてアルバイトするの?」


 大きなため息をつく。ボクは一般論だけどこう言葉を返す。


「生きる為に決まっている」


「それじゃ、アキラはアルバイトが楽しくないのに、生きる為に努力するのね? えらい!」


 その瞬間、暖かい気分になった。春の訪れを感じるかのように。


 あれ? ボクがゲートキーパーなのに、どうしてレイコから励まされているんだ?


 まあ、ネガティブな感情が再びやって来る。やっぱりゲートキーパー失格かな。ボクは誰一人救えない。


「こんなボクでも良いのかな?」


「良いんだよ? ヘイヘイ♪」


 彼女は変わらず変なダンスを踊る。


 何だかレイコと居るとネガティブ感情がちょっとだけ和らぐ、そんな気がした。



 アルバイトが終わって土曜日の夕方。彼女と街のカフェでコーヒーを飲む。さすがにレイコは変なダンスをせずに、おとなしくコーヒーを飲んでいる。


「ボクはアルバイトでまたまた怒られた。消えたい」


 彼女は真面目な表情で。


「あたし、もうすぐアルバイトの面接を受けるんだ。週明けにね」


 それを知って思わず太陽みたいに明るく表情を変えるボク。


「良かったよ。それを聞いて安心した」


 彼女はフフンと鼻を鳴らす。


「あたしも社会を知っておかないとね?」


「本当に良かった。お互いに頑張ろう」


 レイコはニンマリとしている。


「ケーキを頼んで良いよ? ボクからのお祝い」


「えっ? まだ面接に受かっていないのに早いね?」


 ボクと彼女は笑った。


 週明けにレイコに電話を入れる。スマホで。彼女は面接に受かっているかどうか。


「もしもし。レイコ? 面接はどうだった?」


「あ、アキラ? ごめんなさい、アルバイトの面接はウソなの」


 え? どういうわけ?


「あたしは元気だよ? これから公園に行かない?」


「う、うん。分かった」


 彼女がウソをつく。電話を切る。スマホをそっとテーブルに置く。自分の部屋でため息を吐いた。


「オッス。アキラ、公園でゆっくりしよう」


 公園で彼女はいつも通りに変なダンスを踊る。


 ボクはと言うと、レイコが何故ウソをつくのか考える。いくら思考をぐるぐるさせても答えが出ない。思い切って彼女に聞いてみた。


「え? あたしからすればウソなんて人はつくものでしょ? 大丈夫、大丈夫」


 そう言うとひきこもりは親指を立ててイェーイと笑っている。


 ボクは教えることにした。


「あのね? 確かに人はウソをつく。でもそれは人を傷つけたりしないようなもの。それに大丈夫ではない。ボクの期待を裏切っているから」


 彼女は人差し指をほっぺたに押し当ててこう言った。


「ごめんなさい」


 まあ謝ったから良いか。


 思わずため息が漏れ出す。


「落ち込むなよ? ヘイヘイ♪」


「違う。そうじゃない」


 彼女は天使のような笑みを浮かべて変なダンスを踊る。


 ボクはレイコに対して甘いのかな?



 彼女と会う約束をした。


 日曜日の駅前に一人で立っている。


 何でも彼女が相談したいことがあってという。


 相談って何だろう?


 スマホで時間を確認する。昼の十二時だ。


 約束の時間なのでそろそろ来るかな? ボクはレイコを待つ。


 けれども一時間経っても彼女は来ない。


 何かあったのだろうか? 心配になって電話を入れる。


 プルル、プルル。


 頼む、出てくれ。


 プルル。


「もしもし? アキラ? どうしたの?」


 それを聞いてボクは安心と疑問が浮かんだ。


「もしもし? 待ち合わせだよね? 今はどこに居るの?」


「え? 自宅のあたしの部屋。スマホで映画観ているけれど?」


「ちょっと待ってくれ? 今すぐ行くから」


「うん。待っているぜ☆」


 全く何を考えているんだ、あのひきこもりは。人との約束をすっぽかして映画鑑賞? いかん、ちょっと腹が立つ。


 ボクはレイコの自宅の部屋に着いた。


「何を考えているんだ? 心配したんだけど?」


「ごめんね? 忘れていた」


 両手の人差し指をほっぺたに押し当てて笑顔の彼女。仕方ない、教えることにした。


「良いか? 人との約束は守らないといけない。もしも行けないだったら、連絡の一つでもするものだ。忘れないうちに予定をメモするとかさ?」


 彼女は親指を立ててイェーイ分かったと笑顔を見せる。


 はぁ。怒りたいけれども我慢我慢。


 レイコはニンマリしながら近づいて来る。


 ボクはドキッとする。


「一緒に映画観ない? 面白いよ?」


 はぁ。ため息が漏れ出す。


「どうしたの? またアルバイトで怒られたの?」


「違うに決まっているだろ」


「ため息ばかりついていると幸せが逃げるぜ? ヘイヘイ♪」


 彼女は変なダンスを踊る。


 うーん。この明るいひきこもりはどうしたものか。



 いつもの近所の公園。


 二人でぼーっとしている。


 ボクはゲートキーパー、なのに傾聴も満足に出来ない。アルバイトで怒られてばっかり。ため息が出る。


「ねえ、アキラ? 今度はデートしない?」


「え? デート?」


 ちょっと待って? デートって何をするんだ? そもそも女性とのお付き合い経験が少ないから不意打ちのような言葉だった。


「良いけど? デートするよ」


 すると彼女は天使のような笑みを浮かべてこう言った。


「楽しみだな♪」


 数日経ってデート当日。服装はオシャレに決めたつもり。ドキドキする。初めはあの明るいひきこもりを社会復帰させようと考えていた。でも、レイコとデートも悪くない。ちょっと上から目線だよな。


 約束の時間。駅前に彼女の姿は無い。


 あれ? おかしいな? まだかな?


 一応、連絡を入れる。


 けれども電話に出ない。


 ボクの期待は裏切られた。


 さらに数日後。住宅街でトボトボと散歩していたらレイコとばったり。向こうは信じられないことに笑顔でこう言った。


「散歩かい? 淋しいだろうから一緒に公園に行かない? ヘイヘイ♪」


 明るいひきこもりは変なダンスを踊る。


 ボクは怒りが爆発する。


「いい加減にしろ! ウソは言う、約束は守らない、電話に出ない! もう君とは会わない!」


 彼女は人差し指をほっぺたに押し当ててこう言った。


「別に良いけど? またね~♪」


 何なんだ? このひきこもりは!


 ボクは怒りに身を任せて帰宅。スマホの連絡先のレイコを消した。馬鹿みたいだ。ちょっとでも期待した自分が馬鹿だった。


 世の中には救えない人もいるものだな。


 アルバイト先から電話が。店長から怒られた。


 電話を切る。


 ため息が漏れ出す。


 ボクも救えない人だな。


「死にたい。消えたい」


 しかし、変なダンスを踊る人はそばには居ない。


 そっか。そうだったな。


 レイコとは縁を切ったんだ。淋しい気持ちと後悔の感情が襲う。


 ボクがレイコを責める資格は無い。でも必要なことだよな。


 それから、自宅の近所で彼女とすれ違い、変なダンスを踊りながら話しかけては来るが他人のフリをする。


 またレイコとすれ違い、向こうはボクの顔をじっと見つめていた。


 ごめん、レイコの為なんだ。心を鬼にしないとね?


 けれども数日後に彼女とすれ違い、何気なく表情を見てみた。暗い表情、まるで世界の終わりが来たかのような。


 ゲートキーパーは相手のちょっとした変化に気付いて声をかける、それを思い出した。


 ボクは頭の中で今までのレイコの行動を思い出したが、ここでそのサインを見逃したらゲートキーパー失格だ。


 話しかけようか散々迷う。


 あー! もう!


 仕方ないな!


 ボクと彼女はいつもの公園のベンチに座る。傾聴することにした。


「何があったんだ?」


 当然ボクの一言は冷たい口調。


「あのね? あたしは何をやってもダメなの。学校もアルバイトも長続きしなかった」


 そりゃ、そうだよな? 言わないけれど。


「あたし、このまま生きていて良いのかな? 人に迷惑をかけてばっかり」


 ボクはため息をついた。


「良いんだよ。その分、明るく生きたら」


 そう言って彼女の表情を見ると涙をポロポロこぼしている。ボクはドキッとする。


 そんなに思い詰めていたのか。


「だから、どうか、あたしのそばに居て? たくさん迷惑をかけるけれども、明るく生きたい」


 馬鹿だった。ボクは馬鹿だ。怒りに身を任せて後先をよく考えずに軽率なことをしてしまった。


「ごめん、レイコ。ボクも悪かった。本当にごめんね」


「ううん。良いよ? それでね? あたしは今度は本当にアルバイトの面接に行くの。本当に本当にだよ? だから」


「もう良いんだよ」


 ボクは涙をポロポロこぼす彼女に優しく抱きしめてあげた。


「本当にごめん、これからはボクがそばに居るからさ」


 彼女は子どものように声をあげて泣く。


 ボクも視界がぼんやりとなる。


 レイコ。本当にごめんね。


「話してくれて、ありがとう。レイコ」



 彼女の部屋で雑談している。何気ない言葉のやり取り。明るいひきこもりは相変わらずだった。ボクはと言うと、アルバイトの仕事でのメモを取り始めてから怒られることが減った。


 でも、ため息が出る。こんなボクでも良いのかな? って。


「ため息をついていたら幸せが逃げるよ? ヘイヘイ♪」


 レイコは変なダンスを踊る。


「あたしとスマホで映画でも観ようぜ☆」


 二人でスマホの画面を覗き込んで映画を観る。


 やけに距離が縮まる。彼女のほっぺたにボクのほっぺたが触れた。


 すると。


「ん? 今あたしのほっぺたにキスしたのかな?」


 明るいひきこもりはニンマリとしている。


「馬鹿やろう、ほっぺたにほっぺたが触れただけだよ」


「もー♡ 照れなくても良いのにー♪」


 ため息が漏れ出す。ボクはネガティブだ。けれども彼女はこんなに明るい。何だかクスッと笑えた。


「ねーねー? あたし、アキラのことを世界一大切だと思っているよ?」


 彼女はまぶしい笑みを浮かべている。


 ああ。そうか。


 ボクはレイコと一緒に居ることが幸せなんだな。


「ねーねー? 何か言いなよ? アキラ?」


 彼女はクマのぬいぐるみを抱きしめている。


「そうだな。ボクもレイコが大切だと思う」


 明るいひきこもりはニンマリとして変なダンスを踊る。


 いやー。


 やっぱり無し、かな?

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