人にはモテないのに、蜘蛛にモテる人生

ぴよぴよ

人にはモテないのに、蜘蛛にモテる人生

※虫が出てくる描写があります。苦手な方はご注意を。


皆さんは蜘蛛をご存知だと思う。

何故か私は、子供の頃からこの蜘蛛に非常に好かれてきた。私はもちろん蜘蛛が大の苦手で、いつも見かけるたびに叫び声をあげ、隣の人を突き飛ばし、逃げ回っていた。

蜘蛛に好かれるとはどういうことか、皆さんにお話していきたいと思う。


子供の頃、床で横になっていると、天井で何か黒い塊が動いた。よく見ると、それは大きな蜘蛛だった。アシダカグモと呼ばれる種類の蜘蛛だ。私は特にアシダカグモを嫌っていた。大きくて毛が生えていて、パニック映画に出てきそうな外見である。


そのアシダカグモがどういうわけか、突然天井から落ちた。


足の粘着が甘かったからだろうか、そのまま私の顔の上に落ちてきたのである。私の目玉には蜘蛛の腹や足の節がハッキリと映し出された。

私は悲鳴も上げられず、その場で暴れ回った。蜘蛛もパニックになっているのか、私の顔の上で慌てて走り回っている。

ようやく離れた時、私は「うわあああああ」と叫んだ。蜘蛛が顔にはりついたのだから、当然である。騒ぎを聞きつけた母が飛んできたが、蜘蛛を見て、

「ああ、これはゴキブリを食べてくれる良い蜘蛛だから」と冷静に解説をした。

「さっき、これが顔に落ちてきたんだけど」とまだタップダンスを踊りながら私が言うと、「好かれてるんだよ」とだけ言って母は去っていった。

冗談じゃない。イケメンや美女に好かれるのと訳が違う。何でこんなデカい虫に好かれないといけないのか。

私がまだ一人で暴れていると、蜘蛛はさっさと床を這って去っていった。


私が寝ていた場所に蜘蛛が現れたこともあった。どう言うわけか、カーテンにしがみついており、ずっとそこから動かなかった。何週間もそこにいた。

母に相談すると、「ああ、あれはあなたを守ってくれているのよ。追い出したらバチが当たるからね」と言われた。幼かった私は、バチが当たるのを恐れて蜘蛛を追い出そうとしなかった。

眠ろうとすると、必ず視界に入る位置に蜘蛛がいる。怖いし、落ち着かないが、仕方ない。そうやって何週間か過ぎたある日、蜘蛛がカーテンから落ちていた。

駆けつけると、ひっくり返っており、死んでいた。

母は「死ぬまであなたを守ってくれていたのよ」と言った。よくわからんが、そうらしい。


これだけではない。私が風呂に入っていると、混浴を試みようとしてきた時もあった。

雄でも雌でも何でもいいが、突然風呂の中に飛び込んできたのである。

もちろん天井からの登場だった。蜘蛛は湯に浸かった瞬間、苦しみだし、バチャバチャと暴れていた。一体何がしたいのか。私は当然叫び声をあげ、パニックのあまり風呂の湯をかき回した。

風呂の中に渦ができて、私と蜘蛛がぐるぐると回りだす。もう無茶苦茶だった。

ようやく風呂から蜘蛛を放り出した時には、蜘蛛は死んでいた。

最期がこんな下らない人間との混浴とは、気の毒なものである。

母が私の悲鳴を聞きつけてまたやってきたが、「ああ、蜘蛛」とだけコメントしていった。「また蜘蛛が出たんだよ」と私が訴えても、「そうなんだあ」と気の抜けた返事をして立ち去った。

こんなことが5回ほどあった。小ぶりなものや大ぶりなもの、天井ではなく風呂の隙間からの登場など、バリエーションは豊富だったが、とにかく蜘蛛と混浴することがあった。蜘蛛が登場するたびに、私は暴れ出し、風呂の中で津波を起こし、蜘蛛を沈めていた。


またこんなこともあった。中学生の頃、トイレに本を持ち込んで夜中に読んでいた。

しばらくそんな感じで過ごしていると、どこからともなく、パリパリという音がした。

音の方向を見ると、これまた大きな蜘蛛が、大きなゴキブリを食べていた。

ゴキブリって咀嚼するとそんな音が鳴るのか。私は例外なく叫び、便器の蓋の上に乗って震えていた。蜘蛛はゴキブリを食べ終わると、素早い動きでドアの方へ走り出した。そして何故か食後の休憩を、ドアノブの上で行い出したのである。

はい、もうトイレから出られないことが確定した。何の嫌がらせだろうか。私は便器の蓋の上で、蜘蛛が立ち去るのを待つことになったのである。

結局しばらく蜘蛛はそこから動かず、脱出できたのは、1時間後だった。


高校生の頃、確か生物の授業だった。みんなで映像を見ていたことがあった。その時、部屋は薄暗かったのだが、天井から何かが落ちてくるのが見えた。ふわっと埃のように、軽やかにその大きな物体が落ちてくる。

そして私の座っていた机の目の前にそれが落ちてきた。それは大きな蜘蛛だった。

私は「ぐええええ」と叫び、隣に座っていた友人を突き飛ばした。友人は椅子ごとひっくり返り、額を負傷した。驚いたその隣の生徒がギャグ漫画のようにひっくり返った。

私の机を見た女子たちが悲鳴をあげ、生物室はちょっとした騒ぎになった。

映像は当然止められ、「どうしたの?!」と先生が駆けつけた。

「出ました、蜘蛛です!」と私が机を指さすと、

「わあ、本当だ」と先生は特に驚くこともなく、蜘蛛を手に乗せた。

「アシダカグモだね。益虫として有名ですよ」

先生はそうやって説明をしながら、蜘蛛を窓から放り投げた。一体何故大人は冷静でいられるのだろう。蜘蛛が怖くないのだろうか。母と言い、先生と言い、大人になると蜘蛛への耐性がつくのだろうか。

もちろんそんなことはないのである。


大人になったある日のこと。

洗車を行い、山の方を車で走っていると、トンっと何かが車の窓に落ちる音がした。

見ればこれまた大きな蜘蛛が窓にぶち当たっているところだった。

蜘蛛は赤い血を流しながら、フロントガラスを這い回り始めた。折角洗車したのに、何をしてくれているのだろうか。たちまちガラスは蜘蛛の血まみれになり、人を轢いたかのように真っ赤に染まり出したのである。

「やめてくれ」と私は車を停車させた。これ以上血まみれにされると困る。そこらへんで棒を拾ってきて、蜘蛛を乗せて捨てようと思った。

すると何を思ったのか、蜘蛛が最後の力を振り絞り、私の方へ向かってきた。血を流しながら、ゆっくり私のいる方へ近づいてきたのである。差し出した棒を登り、私の手の近くまできた。いつもなら棒ごと放り投げて叫びながら逃げるところだが、何だか死ぬ直前の蜘蛛が哀れで、この時は逃げることはしなかった。

蜘蛛は私の指に潰れた腕を乗せると、静かに動かなくなった。何故か最期の死に場所を私の指にしたのである。

いや、何だこれは。何で私を選んだ。

その後蜘蛛の死骸を草の上に乗せて、私は車を走らせた。

母に「蜘蛛が私の指の上で死んだんだけど」と言うと、「蜘蛛に愛されてよかったね」と全くタメにならない感想を言われて終わった。


他にも、新しい壁紙かと思ったら、蜘蛛がパソコンの画面に張り付いているだけだった。車の窓に蜘蛛が巣を5個も作っていたなど、たくさんエピソードがある。


今日も車に乗っていたら、蜘蛛が運転席側の窓で揺れていた。

人には全くモテないのに、蜘蛛にはモテる人生だ。

皆さんも特定の動物に好かれたことはないだろうか。

誰も寄り添ってくれない人生より、何かに好かれる人生の方がいいと思う。

その相手が蜘蛛だと言うのが未だに解せない。


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