07 都落ち
しかし。
平家が火打城を攻めている間にも、義仲は着々と準備を進めていた――侵略の準備を。
火打城のあと、義仲は引きしぼられた弓の矢のように、進み出す。
義仲は
いや、義仲の方がむしろ少数の軍勢だったので、必死だったのかもしれない。
いずれにしろ、平家は負けた。
負けに負け。
義仲はついに叡山に達した。
その時――平家は、都を失うかとささやかれるようになった。
*
「落ちよう」
総領・宗盛のそのひとことで、平家は都から落ちることになった。
経正もまた、都落ちすることになり、その時、彼は真っ先に――
「出てくる」
何ごともなく、ただその辺を散策するかのような言い
しかし弟の敦盛をはじめとして、皆、
経正は慎重に騎行し、ついに目的の場所へと着いた。
仁和寺である。
*
「もうし、もうし」
経正が遠慮がちに門を
「おお」
行慶が
行慶は一も二もなく門内に経正を入れた。
「どうした」
もしかして、仁和寺に庇護をお願いしたいのか。
行慶は腕をまくりながら言った。
当時、仁和寺は僧兵を
「何の、義仲ずれが」
以仁王の子――北陸宮を擁する義仲に対して、自分はその北陸宮の伯父であるという気位を示していた。
実際、後白河法皇が義仲と対決した法住寺合戦では、僧兵を率いて後白河法皇の下に駆けつけたほどの気概を持つ。
「だから、かくまって欲しいのか」
鼻息荒く行慶が聞くと、ちがうと言って、経正は
「もはや平家は都におられぬ。ついては、この名器を返さんと来た」
*
守覚は寺の中庭に経正を呼んだ。
この時、経正はよろいかぶとを身に着けていたが、守覚が「そのままでいい」とのことで、経正はすぐに中庭に参じた。
守覚は
「こたび、都より落ちることになりました。落ちる途上や落ちた先で、この青山を保てるかどうかわかりませぬ。ならばと思い、返すことにいたしました」
守覚がまた平家が都に復する日もあろうと声をかけると、経正はそうなりましたら改めて拝借しますと答えた。
返す言葉を失う守覚の前に、経正は「ご無礼を」と言いながら、豪奢な袋に包まれた青山を置いた。
「思えば先代門跡(覚性のこと)の御意をたまわり、非才の身ながら、琵琶の道を歩ませていただきました。それも、稽古の頃からこの青山を奏でさせていただき、図らずも、名器にふさわしい名手と、先代からのお言葉をたまわり……」
経正はそこで、こらえきれず涙を流した。
琵琶を善くする者は何人もいるだろう。
だが、「これは」と見込んで、最初から名器を触らせてくれることなど、滅多に、否、絶無ではないか。
それだけの、覚性の経正への気持ちが感じられて、経正はそれ以上、話すことができなくなった。
これには守覚も感極まり、拒むはできぬと、豪奢な包みごと青山を手に取り、一首詠んだ。
――あかずして わかるる君が 名残をば のちの形見に つつみてぞおく
「この包みは開けずに置こう。先代門跡・覚性法親王への思いに名残を抱く経正卿の形見として、大切に包んでおこう」
守覚は、そういう意味で歌った。
さらに、青山の返しとして、覚性が愛用していた硯を渡した。
それを受け経正は、
――くれ竹の かけひの水は かはれども なほすみあかぬ みやの
と返歌した。
「御所の呉竹の筧の水のように、この世は流れて変わってしまいました。けれども今、この仁和寺の中は、なおも住み飽きません」
という意味である。
歌い切ると、経正は未練を断ち切るように立ち上がり、守覚に別れを告げた。
その時、仁和寺の稚児や坊官、侍僧にいたるまで経正の周りにやって来て、袖を引き、涙を流した。
この様子を「平家物語」では、
「経正の袂にすがり、袖をひかへて、名残を惜しみ、涙をながさぬはなかりけり」
と伝えている。
彼らを振り切り、経正は門外へ出て、馬に乗る。
仁和寺の一同は見送るしかなかったが、行慶だけはちがった。
行慶は桂川のあたりまで経正について来た。
しかし、その桂川を目にして、もうこれ以上はと経正に目顔で言われ、一首詠んだ。
――あはれなり
「山桜は老いも若きも哀れ。咲くのが遅くとも、花は残らない。あなたの平家もかようなものではないか」
という意味である。
経正、これに答えて一首。
――旅ごろも 夜な夜な袖を かたしきて 思へばわれは とほくゆきなん
「旅装にて、毎夜、袖を敷いてひとりで寝ることになるだろう。そういう夜を過ごして、私は遠くへと行ってしまうのだろう」
という意味で、経正は平家の運命を哀れんでくれた行慶に、その行慶と別れて一人で旅立つ哀れを詠んだ。
そして名残を惜しみながらも、郎党に平家の紅い旗をざっと差し上げた。
すると遠巻きに見守っていた平家の侍たちが集まり、百騎ほどの集団になった。
経正は馬に鞭をあて、侍たちも鞭をあて。
先を行く安徳帝に追いつかんと駆け出した。
さらにその先に、一ノ谷という戦場が待っていることも知らずに。
そう、経正は一ノ谷で討たれる運命にあった。
……あとに残った行慶は、はらはらと涙がこぼれるのを止められなかった。
あのような雅な公達が、慕った覚性より与えられし琵琶を返し、おそらくは死出の旅路であろう都落ちに行かねばならないのか。
その哀れに思いをいたし、泣いた。
のちに行慶が管絃講という、管絃を用いる弔いで経正を弔った時。
その管絃講に経正の霊があらわれ、そして消えたという。
そういう能楽の演目がある(「経政」)。
それは――このような行慶と経正の清げな心のあり方と、そして覚性の鍾愛によるものなのだろう。
【了】
鐘愛(しょうあい) ~平家物語「経正都落ち」より~ 四谷軒 @gyro
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