022話 忍者の嘆き

放課後、大半の生徒は今日から始まる部活動見学に足を運ぶ。

あの二階堂だって見学に行くくらいだからな。

寮へ直帰する生徒はよっぽど稀有な存在だ。


「クシュンッ!おっと、これはこれは。どこかで美少女がワイの噂をしているな」


……まぁ、アイツは漫研とかだろ。アニメとか漫画好きだし。

俺も二階堂の様に何か熱中出来るものがあれば、部活に入るのも悪くなかった。

ただ、常日頃から喧嘩に明け暮れる日々だった俺にとって、部活とは無縁の存在。

興味がないとまでは言わないけれど、考えたことも無かったというのが本音だ。

いずれ入る可能性はあるけど、今日の所は寮へ帰る。


人の少ない帰り道。

通り過ぎる車を眺めては、楽そうで良いなと思った。

寮から学校までの距離は全く遠くない。

寧ろ、近いまである。

それでも楽に楽にと考えるのは現代人の悪い癖なのかも知れない。

ちょっとだけ悟った気になって、残りの帰路も歩くことにした。(歩くしかないんだけど)


程なくして寮へ着く。

扉を開けて、中へ入った途端、体が軽くなるのを感じる。

ようやく安息の地へと辿り着いたと体が理解しているのだろう。


リビングへ入ると5人の生徒がくつろいでいた。

これで俺だけだったら、部屋に篭って夕食の時間になるのをじっと待つ羽目になっていたと思う。

人がいた所で、会話をして急激に仲を深める予定もないが、ふわっとした同族意識が心の隙間を埋め、安心をもたらした。


安心すると、どっと喉が渇く。

コップ1杯のキンキンに冷えた水を、さながらサラリーマンが生ビールを呑むが如く飲み干したい。

キッチンの方へ向かおうとすると、窓から続く庭に思いがけず視線が移る。


「あれ、何やってんだ?」


庭で広げられている光景に思わず、疑問を投げ掛ける。

日纏が雨水を追い掛けているのか?

何がどうなれば、そうなるのか。

リビングにいる奴らは、見慣れたと言わんばかりに平然とスルーしているので気付かなかった。

外でこんなことしているのだから、少しは興味を持ってやれよ。


「天命のアニキじゃん。あれねー、日纏ちゃんと雨水くんが恋愛祭に向けて特訓してんだって」


リビングの窓を開けて、縁に座りケラケラと笑いながらたった1人観察していた斉藤が、俺の疑問を晴らす。


「特訓?俺には鬼ごっこしているようにしか見えねーぞ」


と言いながら面白そうなので、斉藤の隣へ腰掛けた。


「おぉー、天野くん今帰り?」

「た、助けてでござる〜!このままじゃ、死んじゃうでござ〜!」


幼い子供のように俺の後ろに隠れて、体を小さくして怯え出す雨水。

何をしたらこんな怯えるのか不思議だ。

殴る蹴るなどの暴力を受けた訳でもないだろうに。


「ちょいちょい!これじゃ、あーしが悪いことしてるみたいじゃーん!」

「そ、そうは言わないでござるけど!けど……、影分身は、そんな簡単に出来る忍術じゃないでござる!」


あぁ、その練習か。

確か昨日の夜にやった一発芸大会の時に言ってたな。

練習中って事は、影分身は存在するということだ。

なら、恋愛祭までに習得すれば大きなアドバンテージになるだろうな。

他クラスもまさか忍者がいるとは思わないし。


「あれは里に伝わる伝説の術。下っ端も下っ端の拙者が出来るはずもないでござ」

「それ、本気で言ってんの?」


その目はいつもの明るい日纏のものではない。

真剣そのものも目。

ギャップがありすぎて、見るものを圧倒する。


「うっ……本気でござる。そもそも、なんでそんなに拙者に構うでござるか。拙者は今まで通り、クラスの隅で誰にも気付かれずに大人しく出来ればそれで」


それでも雨水はネガティブなことを吐き付ける。

きっと彼の根っこにある部分がそうさせるのだ。

俺達はそれを否定出来ない。

いつだって選択をするのは自分自身だ。

急激に変わる環境に身を置いて耐え忍ぶか、それとも身を任せて楽に楽にと流されるか。


「まぁまぁ、2人とも。ほら、ここは落ち着いてさ。一旦、冷静になる催眠術とか掛けようか?なんつって……」


馬鹿を演じて場を和ませようと試みる斉藤だったが、効果はいまひとつ。

お通夜さながらの空気は、無関心だったリビングのメンバーにまで届き、全員をそそくさと自室へと戻す。


「あーし、迷惑だった……かな?ごめんね、気付かなかくて」


日纏は震えた声で謝り、どこかへ飛び出した。


「雨水、追い掛け「天野くん、君は日纏ちゃんの方を頼むよ。僕は雨水くんと話すから」


斉藤は冷静だった。

当事者同士で話し合いをさせるより、まずは落ち着かせる時間が必要だと瞬時に悟る。

俺が追い掛けてどうにかなるのかという不安もあるが、だからと言って放置する訳にも。


迷っている間に見失ってもいけないと、走って玄関に向かい靴に履き変える。

こういう時に限って踵が入らない。

そんな些細なことですら、苛立ちを覚えてしまう。


「落ち着け、俺。大丈夫、俺はやればできる男だ」


頬を強く叩いて気合いを入れる。

今から人を落ち着かせようってのに、俺が慌てていたらダメだ。

やっと靴を履き終えたので玄関の扉を開けると、強い風が吹き込んで来る。

彼女が追い掛けて来るなと警告しているようだ。


それでも外へ出たのは、始まったばかりの高校生活で、折角出会ったクラスメイトと仲違いのまま終わらせて欲しくないから。

きちんと話し合って、思いの丈をぶつけてもらう為に行く。

例え、それが俺のエゴだったとしても。


「どっちだ、どっちに行った?」


寮の敷地から出ると、左右を入念に確認する。

これで2択を外せば大きなタイムロス。

絶対に外せない。


「おっ、天命じゃないッスか。どうしたッスか?寮の前でキョロキョロして」

「犬子ッ!日纏見なかった?」


ガシッと肩を掴んで問う。

普段は見せない気迫に犬子は驚きを見せる。

しかし、急いでいる事を瞬時に判断して端的に答えた。


「ようちゃんなら、さっきすれ違ったッス。急いでるっぽかったから、どこへ行くかまでは聞かなかったッスけど」

「分かった、サンキューな」

「よく分かんないッスけどー!貸しにしといてあげるッスからねー!」


背中を見せて走っていく俺を見ながら犬子が叫ぶ。

この貸しが高くついたとしても、犬子には感謝することになるだろう。

いや、そうなる為に日纏を連れ戻す。

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恋愛学校の落第生共よ、恋を知れ 風野唄 @kazenouta4125

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